第9話:陽希の夢
彼と暮らし始めて数ヶ月経ったある日のこと。彼の部屋の掃除をしていると、中学生の頃の卒業文集を見つけた。彼に許可を得て、中身を見る。そこには彼の将来の夢が綴られていた。
「父のような公務員になりたい……ですか」
「……ほんまは違うんよ。そこには書けへんかった。笑われる思うて。……俺のほんまの夢、聞いてくれる?」
「はい。ぜひ聞かせてください。笑わないと約束しますから」
「ありがとう。人に話すの初めてやから緊張するわ」
そう言いながら彼は何故かパソコンの前に移動した。そしてとあるサイトを開く。小説投稿サイトだった。
「俺な。小説書いとんよ。趣味で」
「……読ませてもらっても?」
「うん。ええよ。あんたに読んでほしい。あ、未公開の部分はまだ読まんでな」
「はい。では、拝読させてもらいます」
「拝読て。お偉いさんに企画書渡しとるみたいで余計緊張するわ……」
当時彼が書いていたのは、異性愛者を自認していたホモフォビアな男性が、ゲイに恋をしたことをきっかけに自身の差別心と向き合う物語だった。
「世の中男女の恋愛物語ばっかやん。で、俺はそれを頭ん中で男同士に置き換えることで楽しんどったんやけど、ある日気づいたんよ。そんなことせんでも俺が自分で書けばええんやって。それで、好きな恋愛ドラマを男同士に変換した物語を書き始めたのがきっかけ。いつか、俺の描いたBL小説が映像化するのが夢なんや。まぁ、これはちょっとBLというかヒューマンドラマやけど」
「……素敵な夢じゃないですか」
「……夢のまた夢やけどな」
「諦めるんですか?」
「……まぁ、半分な。そもそもあんま読まれへんし。やけど……毎回毎回、俺の作品に熱心にコメントくれる人がおってな。この人、俺の作品に救われた言うてくれたんよ。やから、映像化は諦めても、書くことはやめられへんのよ。俺の物語に救われたと言ってくれる人がいる限り、書き続けたい。それが、俺の今の夢。欲を言えば、映像化して、もっと広く伝えたい。ゲイであることで堂々としとってええんやでってな」
「……全く君は。どれだけ人を救えば気が済むんですか」
「同性愛者が同性愛者であるだけで絶望する必要のない世界になるまで気が済むことはあらへんよ」
あまりにも真面目な顔で言うものだから、あまり他人に優しさを振り撒きすぎないでほしいとは言えなくなってしまった。すると彼はふっと笑って、僕を抱き寄せた。
「心配せんでも、俺が恋愛的な意味で愛してるんはあんただけやで」
「……知ってます」
「ほんまかー?」
「ほんまですよ」
「俺がモテすぎて誰かにとられるんちゃうんかって心配してへん?」
嫉妬心を煽るように、彼は嬉しそうに言う。そこまで言うなら挑発に乗ってやろうと思い、彼を寝室に連れていき、ベッドに押し倒す。
「怒ってはるん?」
「そうですね。なので、今日は優しく出来ません」
「せんでええよ。俺はあんたになら、何されたってかまへん」
「……なら、僕だけを見ていてください」
「浮気なんてせえへんよ。あんたの悲しむ顔なんて見たない。俺の隣で、一緒笑っとってくれ」
「妬かせようとしてるくせに」
「悲しむ顔は見たないけど、妬いとる顔は好きやねん」
「全く君は……悪い子ですね」
「せやで。やから、お仕置きしてや」
期待するように彼は言う。このまましたらお仕置きではなくご褒美になる気がして、彼の上から退く。
「あ、あれ?」
「分かりました。じゃあ今日は何もしません」
「えぇー! なんでぇ!?」
「君には何もしない方がお仕置きになるので」
「一人でせぇってこと?」
「それも駄目ですよ。我慢してください。君は悪い子なんですから。お仕置き、されたいんでしょう?」
「ガチギレやん……」
「煽って怒らせたのは君です。反省してください」
「……本当になんもせえへんの?」
「しません」
「……もう勃ってるんやけど」
「弄っちゃ駄目ですよ。陽希くん」
「ど、どういうプレイやねん……これ……」
その後、彼はあらゆる手を使って誘ってきた。僕はその誘惑に負けることはなく、なんとか耐えていたが、彼の方から「もう無理」と言われてしまい、結局抱いてしまった。
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