第7話:決別

 彼と付き合い始めてから、今まで以上に友人達の同性愛差別的な言葉が刺さるようになった。今までは黙って聞き流せたことも、聞き流せなくなった。


「僕、最近、噂の東堂くんと関わるようになったんです」


「マジか。あんなに避けてたのに」


「大丈夫だって、分かったので。だから……あんまり彼のこと悪く言わないでください。話してみればわかると思いますが、彼は普通の人間です。僕らと何も変わらない」


 これが精一杯だった。自分も彼と同じゲイであることや、彼と付き合ってることは言えなかった。

 しかし、効果はあった。少しずつ、彼が危険な人では無いことが大学内に広まっていき、差別的な声がだんだんと減っていくと同時に、自分も同性愛者だと名乗りを上げる人が少しずつ増えていった。

 それでも僕は言えなかったけれど、ある日、彼が男性から告白されている現場を目撃してしまった。


「俺、東堂のこと好きなんだ。最初から、ずっと。堂々としているお前に憧れてた」


 以前、陽希の代わりに僕のペンを届けてくれた彼だった。

 いてもたってもいられなくなり、物陰から飛び出す。


「ごめんなさい。たまたま聞いてしまって。その……東堂くん——陽希くんは僕の恋人なんです。だから……その……あの……好きになってしまったものは仕方ないと思うんですけど……えっと……」


 しどろもどろになってしまうと、陽希がぷっと吹き出した。


「幸人はんのそういうところ好きやわ」


 優しい声で呟かれたその言葉を聞いて、彼の友人は俯いてしまう。なんて声をかけていいかわからなくなってしまうと、彼はそのまま「彼のこと不幸にしたら俺、許さないですからね」と僕に言う。


「安心せぇ。俺はこの人と付き合えて幸せやで。……おおきにな。九条くじょう。お前の気持ちには答えられへんけど……俺のこと愛してくれてありがとう。味方になってくれて、ありがとう。ほんまに、感謝しとる」


「っ……」


 彼は泣きながら走り去っていく。陽希と彼は大学で知り合った仲だったが、よほど気が合う仲だったらしい。


「上京して、初めて出来た友達があいつなんや。浮いてた俺に向こうから声かけてくれて」


「……そうなんですね」


「妬いてはるん?」


「……妬いてます」


「……じゃあ今日、うち来る?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて、誘うように、彼は僕の耳元で囁く。小悪魔とはこういう人のことを言うのだろうと思った。




 それから一年も経たないうちに、僕と彼の関係が校内に広まった。あからさまに僕を避けるようになった友人も一部居たけれど、今までの差別発言を謝罪してくれた友人も居た。

 話せば分かり合えることを知った僕は、両親とも分かり合えるのではないかと考えるようになった。しかし、恐らく時間はかかるだろう。家を追い出される覚悟はしなければならない。いや、むしろ追い出された方が良いのかもしれない。あの家に居てもストレスが溜まっていく一方的だから。


「ハルくん。僕、ゲイであることを両親に話そうと思います」


「おっ。マジで?」


「はい。……多分、受け入れてもらえずに、家を追い出されると思います。なので……もし追い出されたら、ここに住んでも良いですか?」


 話し合いたい気持ちは確かにあった。しかし、正直、家を追い出されたい気持ちの方が大きかった。


「あははっ。幸人はん、強かになったな」


「そうでしょうか」


「うん。強くなっとる。ええよ。追い出してもろて、一緒に住もう」


「はい」


 彼と交際が始まって一年が経った秋の日。僕はついに、恋人が男性であることを両親に打ち明けた。案の定、空気が凍った。彼を見習って堂々としてみたが、効果は無かった。母には泣かれてしまい、父には殴られた。


「出て行け! お前はもううちの息子じゃない! 二度と顔を見せるな!」


 その言葉を待っていた。


「言われなくても出て行きます」


 本当に出て行こうとすると、母が慌てて引き止めにきた。僕を抱きしめて優しい声で母は言う。「そんな風に産んでしまってごめんなさい」と。

 思わず手が出そうになった。しかし、なんとか堪えた。ここで手を出せば相手の思う壺だから。耐えて、そっと払い除けて家を出た。

 もうあの家に帰らなくていいんだ。そう思うと嬉しくて仕方ないのに、心は痛かった。駅に近づくに連れて、足取りが重くなっていく。それでも引きずりながらなんとか歩いていると「幸人はん!」と、僕を呼ぶ愛しい声が聞こえてきた。駅前に、笑顔で手を振る彼の姿があった。僕は駆け寄り、飛びつき、人目も憚らず彼の胸で泣いた。

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