第6話:もう後戻りは出来ない

 朝。目が覚めると目の前には彼の寝顔があった。昨夜の記憶が一瞬にして駆け抜けていく。恥ずかしくなり、寝返りを打って背を向けると彼の腕に囚われた。首筋を彼の柔らかい毛がくすぐる。


「……はぁ……好きやわぁ」


 独り言のように、彼は呟く。寝たふりをしていると、彼の指が僕の指に絡まる。そのまますりすりと愛しむように指先を撫でられる。

 昨夜の記憶をなぞるように、ゆっくりと。はぁ……と、彼の熱い吐息が首にふきかかる。


「あ、あの、東堂くん……」


 声をかけると、彼の手がぴたりと止まった。

 気まずい空気がしばらく流れた後、彼は寝返り打って僕に背を向けた。彼の方を向いて、身体に腕を回す。


「……僕も好きです。君のこと」


「……聞いてはったん?」


「……聞かれたくなかったですか」


「……ううん。……俺のどこが好き?」


「君のことを噂で聞いてから、ずっと気になっていたんです。今まで、僕と同じゲイの人に会ったことなかったから」


「……意外とおるもんやで。みんな、隠れて生きてるだけで。やから、大丈夫。先輩は一人やあらへん」


 そう言うと彼はこちらを向き直して僕を抱きしめた。


「……怖かったんです。君に関わってしまったら、両親に押し付けられる幸せではなく、自分の幸せを求めてしまいたくなってしまうから。自分がゲイだと認めるのが、怖かった。だから、ずっと君を避けてました。けど……昨日、君が男性と一緒にホテルに入って行くのを見たら、気持ちを抑えられなくなって……」


「……先輩が俺の恋人になってくれるんなら、もうあいつとは会わへん。約束する。あいつも俺じゃなきゃあかんわけやないから。なんなら今、先輩の目の前であいつに電話かけて宣言したってもかまへんよ。恋人出来たからお前とはもう会わへんって」


「……そこまでしなくていいです。信じます。君のこと」


「……恋人になってくれるん?」


「……一つ、良いですか」


「うん。なに?」


「僕はずっと、同性愛者になるなと言われて生きてきました。君との関係が家族にバレてしまえば、きっと君は僕をたぶらかした悪人扱いされるでしょう」


「……もう俺のこと親に紹介する気でいるん?」


「ち、違います。そうじゃなくて……いつどういう形でバレるかわかりませんから」


「ええよ。俺は今まで、散々悪者扱いされてきた。やから、平気。……周りから何を言われても、先輩のこと離したりせぇへんよ。俺が先輩のこと守るから」


 僕を抱きしめる腕に力がこもる。あぁ、この人となら茨の道を進める。簡単にそう思えてしまうほどに、彼の熱に浮かされる。


「……東堂くん」


「うん」


「……僕は強くなりたいです。君のように、堂々と生きたい。だから……」


「……『君に見合うくらい強くなるから待っててください』とか言わへんよな?」


「いいえ。僕は、一人で強くなれる自信はありません。きっと、君が居てくれないと強くなれない。頼りない僕ですが、どうか、恋人として側で支えて貰えませんか」


 沈黙が流れる。恐る恐る彼の顔を見上げると、その瞳からは涙が溢れていた。ギョッとしてしまうと、頭を胸にしまわれる。


「んもぅ! 回りくどいなぁ! 普通に付き合ってくれって言えや! 昨日あんなにめちゃくちゃに抱きながら逃げるんか! この意気地無し! って言いそうになったやんか!」


「す、すみません。恋人になるなら、守られっぱなしじゃ駄目だと思って。僕も君のこと、守れるようになりたいんです」


「なんなんそれ……自分、俺のこと好きすぎやん……」


「……はい。好きです」


「俺も好き。最初は一目惚れやったけど、先輩のこと知って、どんどん、どんどん好きになって……なんかもう、嫌いなところなんて見つからんかもしれんって思うくらい好き」


「これから見つかりますよ。きっと」


「やだ! 先輩のこと嫌いになりとうない!」


「なんですかそれ……ふふ」


 第一印象は、堂々としていてカッコいい人だった。その凜として堂々とした佇まいに憧れた。しかしこうやって騒いでいる姿はなんだか大型犬みたいだ。第一印象とのギャップがおかしくて笑ってしまう。だけどそんなところも好きだなと思った。恋心を認めてしまったからだろうか、彼のことが愛おしくて堪らない。


「東堂くん」


「……先輩、恋人なんやから、名前で呼んでよ。昨日は呼んでくれてたやん。陽希くんって」


「えっ。いつ?」


「……えっちしとるとき」


「えっ……」


「えっ。嘘やん。無意識だったん?」


「えっと……そう……みたいですね」


「な、なんやねんそれ。そんなん言われたら、先輩に名前呼ばれるたびに昨日の夜のこと思い出してまうやん……どうしてくれんねん」


「……じゃ、じゃあ、普段はハルくんって呼びます」


「陽希くんって呼んだらムラムラしとるって解釈すればええんやな」


「な、なんでそうなるんですか……やめてくださいよ」


「ははっ。冗談冗談。……これからよろしくな。幸人はん」


「はい。よろしくお願いします。ハルくん」


「うん」


 こうして僕は、彼の恋人となった。

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