第4話:茨の道

 それから数週間後のある日の夜。僕はたまたま見てしまった。彼が男性とホテルに入って行くところを。普通のホテルではなく、いわゆるラブホテルだった。足が止まってしまった。

 付き合いたいとか言っていたくせにと怒りが湧くと同時に、友達になることすら断ったくせに妬いている理不尽な自分にも苛立ちを覚えた。

 しかし、彼と男性はすぐにホテルから出てきた。『やっぱ男同士は駄目かー。ちょっと遠いけど家行こっか。タクシー代は俺が出すわ』と、彼ではない男性の声。彼は『そうやね』と素っ気ない返事をして、男性について行く。


「東堂くん!」


 気付けば僕は、彼の手を掴んでいた。彼は振り返り、僕だと気付くと「先輩も来る?」と煽るように意地悪く笑った。彼とは思えないほど冷たい表情だった。その顔のまま、彼は続ける。


「冗談や。つか、関わらんで言うたの先輩の方やん。手、離して」


「っ……」


「なんや。先輩が代わりに相手してくれるん? それなら別にそれでもええよ。マサくん、帰ってええよ」


「おいおい。んだよ。呼び出しといて」


「ははっ。悪い。タクシー代は出すわ。釣りは取っといて。ドタキャンしたお詫び」


 そう言って陽希は男性に一万円札を渡す。男性はそのお金を受け取ると、渋々去って行き、彼と二人きりになる。


「……先輩、行こか。俺一人暮らしやねん。セフレは家に入れへんけど、先輩なら特別に入れたるわ。おいで」


「……帰ります」


「あかん。帰さへんよ」


「は、離してください……」


「……そんな怯えんでも、なんもせぇへんよ。なんもせぇへんから、せめて話くらいはして行ってや。話したくて引き止めたんやろ。俺のこと」


「話したいことなんてないです」


 すると彼は深いため息を吐いた。


「ほんなら手ぇ放したるわ。二度と先輩に関わらんって誓ったる。けど、先輩も俺に二度と関わらんって誓ってくれ。俺がどこで何をしてても止めへんって。俺らは友達でもなんでもないんやから。ほっといてくれよ」


 語気が強まり、早口になる。苛立ちが伝わってくる。


「っ……」


「俺のこと心配してくれるんならうちおいでよ先輩。ちゃんと話しようや。意地張っとらんとさ。なぁ。自分に嘘つくの苦しいやろ?」


「僕は……」


「先輩はどうしたいん。俺と関わりたいん? 関わりたくないん? 俺は初めて会った時も言うたけど、先輩のこと知りたい。先輩と仲良くなりたい」


「それは……僕が仲間かもしれないからですか」


「……うん。正直、同情もある。エゴやも知れへんけど……俺は、同性を好きになるだけで世間の偏見や差別に苦しむことになる世の中を変えたいねん。やから俺は矢面に立っとるんや。隠れとったら、おらんことにされるから。俺はここにおる。あんたらと同じ人間なんや。化け物やあらへんでって。分かってほしいから。あんたみたいな人に、堂々としてええんやでって訴えたいから。大丈夫やでって。やから……先輩」


 彼が僕に手を差し伸べる。救いの手を。その手を取ろうとした瞬間だった。


「!」


 携帯電話の着信音が鳴る。親からだった。当時僕は実家で暮らしていた。家を出て一人暮らしをする勇気がなかった。


「……今、バイト帰りにたまたまと会って。今からこのまま、カラオケ行ってきます」


『ふーん。友達……』


「友達です。男友達」


『……まぁ良いわ。気をつけるのよ』


「はい」


『いつか紹介してね。その友達』


「……はい」


 電話が切れる。きっと母は、女性の恋人だと思ったのだろう。


「……今、友達言うたな。俺のこと」


「……言いました」


「ええんやね?」


 頷く。


「……おおきに。ほな、行こか。あー……えっと、一応念押ししとくけど、下心はカケラくらいしかないから安心してな」


「カケラはあるんじゃないですか」


「そこは聞き逃しぃや」


「……好きなんですか。僕のこと」


「……正直、タイプやなとは思うてるよ。やから言うたやん。先輩の恋人に立候補したいって」


 心臓が高鳴る。

 今ならまだ間に合う。引き返せと、もう一人の僕が囁く。初恋の彼が、友人達が、家族が僕の足を掴む。それでも僕は、重たい足を必死に引き摺りながら、彼の後をついていった。

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