第3話:虚無の道

 それから僕は彼に関わらないようにしていた。しかしある日のこと、彼の友人を名乗る九条くじょうくんという男の子からペンを渡される。落としたのを陽希が拾ってくれていたらしい。


「俺は先輩に避けられてるから代わりに届けてくれって、陽希から」


「……わざわざありがとうございます」


「……あの。ちょっと話せますか?」


 場所を移して、九条くんと話をすることに。彼は語った。自分はずっとゲイである自分を認められずに生きてきたと。


「あいつに出会って、やっと認められるようになりました。……俺も彼も、男なら誰でも良いわけじゃない。だから、そんなに避けないでやってください」


 そう言って彼は頭を下げる。そう言ってくれる味方が居る彼が羨ましく、そして妬ましく思えた。


「別に、彼がゲイだから避けてる訳じゃないです。……単純に、苦手なんです。ああいう人。それだけです。ペン、わざわざありがとうございました。彼にもありがとうと伝えておいてください」


 そうやってまた逃げて。本当に良いの? と、もう一人の自分が問う。聞こえないふりをして、逃げるように早歩きで歩いていると、誰かにぶつかった。陽希だった。


「あ……先輩……」


「っ……!」


 僕は彼の姿を見た瞬間、反射的に逃げ出した。陽希は追いかけて来なかった。




 それから数日後、友人から聞かれた。


「倉田。お前さ、大丈夫?」


「何がですか?」


「いや……噂の一年。お前、なんかされたんだろ?」


 先日僕が彼の顔を見て逃げたところを友人は目撃していた。それを見た友人は彼が僕に何かしたと誤解したらしい。


「あぁ、いや……大丈夫。何もされてませんよ」


「気をつけろよ。お前、あいつに狙われてるらしいから」


 狙われてる。それを聞いて彼の言葉が蘇る。


『恋人に立候補したいってのは、本音やで。俺、先輩のこと知りたい』


 胸が高鳴る。その感覚の正体を、僕は知っている。知っているけれど、気付かないふりをする。認めてしまえば、彼の手を取ってしまえば、その先に待つのは茨の道だから。例えその茨の道の先に、僕の望む幸せがあるかもしれないとしても、僕にはその道を進む勇気が無かった。幸せなんてなくても良い。平和に過ごせればそれで良い。そう言い聞かせて、何も無い虚無の道を選ぶ。光の差さない道を、心を殺して、無心で歩く。痛いのは嫌だから。怖いのは嫌だから。苦しいのは嫌だから。いじめられるのは嫌だから。


『ずっといじめられてきた。けど、諦めずに話せば分かってくれる人も居る。敵ばかりやあらへん』


 虚無の道に、陽希の言葉が反響する。


『あいつに出会って知りました。男を好きな男も、俺たちと何も変わらない同じ人間なんだって』


 陽希の友人の言葉が反響する。


『先輩は味方やろ? てか、の人やろ?』


 茨の道の前で、陽希が手招きをする。一歩足を踏み出そうとすると、家族に、初恋の彼に、友人達に引き止められた。そっちは危険だから行ってはいけないと。

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