第2話:出会い
高校生になると、二度目の恋をした。同い年の男の子。僕はその恋心には気付かないふりをして、告白してくれた一人の女の子と付き合った。大人しくて奥手な、同い年の女の子。割と人気のある子で、友人からは羨ましがられた。
彼女のことは好きだった。けどそれは友情的な意味で、彼女の好きと僕の好きは違った。
付き合って一ヶ月経つと、彼女は消え入るような声で言った『そろそろキスがしたいです』と。僕は嫌悪感を隠して、それに応えた。恥ずかしそうに、だけど幸せそうに笑う彼女を見て、心が痛んだ。
だけど、何度も繰り返すうちに慣れた。一線も超えた。彼女を抱いている時、僕は彼女を別の男性に重ねていた。そうでもしないと抱けなかった。
罪悪感を抱えつつ『いつかちゃんと、女を好きになれる日が来るよ。大丈夫』という初恋の男性の言葉を信じて彼女との交際を続けた。本当は、初めてキスをした時にはもう気付いていた。自分は女性を人としては愛せても、恋愛的な意味では愛せないのだと。先輩の言葉を、自分がゲイであることを認めたく無い言い訳に使っているだけだと。
やがて、大学生になると、彼女から別れを告げられた。他に好きな人が出来てしまったと、彼女は申し訳なさそうに語った。僕は悲しむフリをしたが、内心は正直、ホッとしていた。
彼女と別れると、友人達は僕を気遣ってなのか、やたらと女性を紹介したがった。僕は別れたばかりでそんな気になれないと言い訳しながらやり過ごした。
それから一年経ち、大学二年生になったある日のこと、一年生にゲイが居るという噂を聞いた。『気持ち悪い』『襲われたらどうしよう』と笑いながら話す友人達に、僕は何も言えなかった。一緒に話している僕もゲイだなんて、彼らは考えもしなかっただろう。
傷ついた心を隠しながら、必死に異性愛者のフリをしながら生きていたある秋の日のこと、校舎裏から揉め合う声が聞こえてきた。
「たしかに俺はゲイやけど、別に男なら誰でも良いわけやないよ。安心してや。お兄さんは俺のタイプちゃうから。はい、話終わりー」
「おい、待てよ!」
「何やねんもー……自分、俺のこと好きなん?」
「はぁ!? んなわけねえだろ! 一緒にすんな!」
「じゃあなんでいちいち俺に突っかかってくるん? 一緒にされたないなら俺に関わらん方がええんちゃう? あんま俺に突っかかっとると、付き合ってるんかって噂になるで? 俺もそれはちょっと、勘弁やわぁ……」
校舎裏から、一人の男性が走って出てくると、深いため息が聞こえてきた。会話の内容から、噂の一年生がまだそこに居るのだろうと思った。
異性愛者のふりをして生きていくのなら、関わらない方が良い。そんなことは分かっていた。だけど、気付いたら僕は彼の元へ駆け寄って、校舎にもたれかかって座り込んでいた彼の前にしゃがみ込み「大丈夫ですか?」と声をかけていた。彼は顔を上げ、僕を見ると目を丸くして固まってしまった。もう一度声をかけるとハッとして「平気平気。よくあることやから。おおきにな」と明るく笑った。
これが、のちに僕の最初で最後の彼氏となる、東堂陽希との出会いだった。
「俺は
「僕は……
「ほーん。サチト。珍しい読み方やね。って、先輩ですか? タメかと思いましたわ」
「……あの、東堂くん」
「うん。なんです?」
「君は……その……男の人が好きなんですか? あの、話が……聞こえてしまって」
そう問うと彼から笑顔が消えた。「そうやけど。何?」と、あっさりと認めたその声は冷たかった。
「なんで……そんな堂々としてるんですか」
「なんでって……別に俺、悪いことしてへんもん。逆になんでコソコソせなかんの?」
「……いじめられたり、しないんですか」
「するよ。ずっといじめられてきた。けど、諦めずに話せば分かってくれる人も居る。敵ばかりやあらへん。……先輩は味方やろ? てか、こっち側の人やろ?」
「こっち側って……」
「俺と同じなんやろ。先輩」
「ち、違います……!」
思わず立ち上がって否定すると、彼も立ち上がった。彼の身長は180㎝。対して、僕は165㎝。見下ろされ、思わず一歩下がり、目を逸らす。
「なぁ先輩、恋人おるん?」
「……今はいません」
「ふーん。じゃあ、立候補してええ?」
「へっ……」
思わず彼の顔を見る。真っ直ぐな瞳が僕を捉えた。
その瞳に吸い込まれそうになり、慌てて逸らす。彼は危険だと、頭の中で警鐘が鳴り響く。
「っ……か、揶揄わないでください……」
「本気やで。半分くらいは」
「初対面で『恋人に立候補していい?』とか言われても……困ります……」
「……男だから無理とは言わへんのやね」
言われて、ハッとする。彼のしてやったり顔を見て、鎌をかけられたのだと察した。
「そんな怯えんでええよ。誰にも言わへんし、バラされたくなかったら抱かせろとも言わへん。ただ……恋人に立候補したいってのは、本音やで。俺、先輩のこと知りたい」
「そ、そういうのは……ある程度仲良くなってからでは……」
「んじゃ、まずはお友達から」
そう笑って、彼は僕に手を差し伸べる。
警鐘がさっきよりも大きく鳴り響く。その手を取るなと、本能が叫ぶ。
「む、無理です。僕は、君と友達にはなれない。ごめんなさい。も、もう僕には関わらないでください」
僕は、そう彼に謝って逃げ出した。普通で居たいならこれ以上彼と関わるなと叫ぶ本能に従って。
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