side幸人
第1話:初恋
四十年前。倉田家という由緒正しき家に生まれた僕は
幸せになってほしいという願いを込めているのだと、両親は語っていた。ただし、その幸せは、両親が納得出来る形の押し付けの幸せ。普通に異性と恋愛をして、普通に結婚して、普通の家庭を育む。それが両親の望む幸せ。二人は、それ以外の形の幸せは認めなかった。同性愛者の僕にとっては、この名前は両親から最初に貰った呪いだ。
今から語るのは、一人の男性との恋をきっかけに、家族や世間からかけられたいくつかもの呪いを打ち払い、自身がゲイであることを認め、倉田という姓を捨て、東堂家の養子になるまでの話だ。
まずは、僕がゲイであることを自認した初恋の話からしよう。初恋相手はもちろん、男性だった。だけど、当時の僕は知らなかった。恋愛が異性間だけのものではないことを。恋愛は異性間でするものだと、両親や世間から刷り込まれていたから。
派手な化粧をして、女性言葉で話して、男性に対して平気でセクハラをし、女性には厳しい。それが僕の家族の、ゲイのイメージ。『あんな風になっては駄目よ』母はいつもそう言っていた。その母の教えを信じて生きてきたが、中学生になると、一人の男の子に恋をした。一つ上の、部活の先輩。これが僕の初恋。
当時の僕は文学部に入っていた。兄と姉は運動が得意だったが、僕は壊滅的に運動が出来なかった。体育の授業は、いつも憂鬱だった。
先輩も僕と同じく体育嫌いだった。体育が嫌いで、本が好き。そして好きなジャンルまで同じで、気が合った。
ある日、先輩がこう言った。『俺、お前が女だったら告ってたわ』と。
何気なく言われた言葉が、僕の心をざわつかせた。僕が固まってしまうと、先輩は慌てて続けた。『別に俺はホモじゃないから』と。
その先の会話はよく覚えていない。その頃には、僕は薄々気付いていた。先輩の僕に対する好意と、僕の先輩に対する好意が違うことに。気付かないふりをしていたが『女だったら告ってた』という先輩の一言で見て見ぬフリを出来なくなってしまうほどに、感情が溢れてしまって、泣きそうになる。だけど泣けなかった。男は人前で泣いてはいけないと、父に呪いをかけられていたから。
先輩は僕が何かを抱えていることを察して、訳を聞いてくれた。先輩の優しさを信じて、僕は言ってしまった。『僕は先輩が好きです』と。その時の凍りついた空気は思い出したくもない。
しばらくの沈黙の後、先輩は笑って言った。『俺も好きだよ。さっきも言ったけど、女だったら告ってたくらい』と。その引き攣った笑顔を見てしまうと、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
翌日、先輩は何事も無かったかのように僕に接してくれた。告白の件を謝ると先輩は『俺も悪かったよ。冗談を間に受けてごめんね』と笑った。何も言えなくなってしまう僕に、先輩は苦笑いしながら言った。『冗談じゃないと思うのならきっと、気の迷いだよ』と。
そして続けた。『いつかちゃんと、女を好きになれる日が来るよ。大丈夫』と。
先輩にとってそれはきっと、励ましのつもりだったのだろう。だけど僕にとっては呪いだった。
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