Z ズールー

 ある国の首相が将軍や兵士達を前に、壇上に上がった。


「愛国者諸君!日頃から君達は【勝つ事】を求められてきたと思う。だが今回の出兵に関しては、どうか忘れて欲しい」


 兵士は、日頃から【勝つ事】を求められてきた。

 【守る事】を求められている時も、結果的に敵対者に【勝つ事】が求められている。


「今の我々に必要な事は【勝利】ではなく【食料】であり【生産地】だ。破壊するくらいなら引いてくれ!また次に手に入れれば良いのだ。【勝利】を切望する反逆者は将軍であろうと容赦してはならない」


 本来は、規律を最重要視するのが軍隊だ。

 だが、この最高司令官たる首相は、ソレを無視しろと言う。


「飢えた民を救うために、我々は【略奪者】の汚名を着る事を辞さない。私がソレを命じた汚名を着る事を辞さない!」


 かつての戦争は、領土や権力、奴隷を手に入れるものだった。

 だが今回の戦争は、明らかに【目先の食料奪取】が目的だ。


 定石として、敵軍の補給線を断つ為の攻撃が有るが、今回はソレさえも許されない。



 戦術は情報が鍵を握る。

 だが、古き戦闘形態の様に目先の判断だけでも戦闘は可能だ。


 先の人工知能アンドロイドに広がったコンピューターウイルスによると噂の事件を発端に、軍の実働部隊のシステムは、コンピューターネットワークを使わないシステムへの移行が進んでいた。


 アナログな音声通信と書簡による情報伝達を使うに当たり、紙の命令書と廃れていたフォネティックコードが重要視され始めたのだ。





 この首相による内々の演説の数日後に、隣の農業国への中距離ミサイル攻撃が突然に行われた。

 それに連動した、しかも一斉に行われた空軍基地への攻撃。一部の空中戦ドッグファイト

 爆撃機による都市部空爆と降下部隊による侵入。


 総力戦を準備していた国と、防衛だけをしていた国の格差は大きい。

 ましてや、その様な行為は相対的な大国に対しては行わない。


 後に世界規模の大戦に至る、この発火点は、環境の悪化に耐久力が無く、軍事的な能力は高い中位の国家間で突然に発生した。


 農村や工場は避けて、都市部や住宅地のみを殲滅しようとする行為の目的は明確だ。


 安保条約に従い出撃する大国と、混乱に乗じ【防衛】と言う名目で領土拡大を謀る別の隣国。


 シェルターに引きこもり、国民に徹底抗戦を、周辺国には支援を訴える首脳陣。

 勝てない戦争に、彼等が早めの降伏と交渉を始めていれば被害は最小限に抑えられたかも知れない。


 環境悪化や状況の変化による減産で、百年近く続けてきた食料輸出を中止した国が悪いのか?

 食料の輸入に依存し、急に打ち切られた事で多くの餓死者を出した国が悪いのか?


 戦争に【正義】を持ち出す者こそが、解決や停戦を遠ざける【悪】に他ならない。

 誰も、相手の言い分を聞こうとはしない。

 戦時中は、正しい情報など流れる訳がない。

 マスコミは自分の所属する陣営に都合の良い情報だけを垂れ流す。

 彼等も仕事なので、政府や同盟国関係者から規制や攻撃をうける【真相】を流しては商売にならない。


 『どの情報を視聴者が選ぶかはマスコミが負うべき責任ではない』と言うのがマスコミを含む情報期間の免罪符だ。

 【嘘】さえ流さなければ、風評や隠蔽は罪にならないのだから。



 結局人間は理性で動けず、最後は【力】でしか片付けられないのだ。

 暴力、権力、財力、民衆掌握力・・・それらを使って、他者が抗えなくなるまで。



 隣国、友好国、同盟国、安全保証条約国、政治主義の同じ国、異なる国。

 様々な国を巻き込んで戦火は大きくなっていく。


 支援はあっても、必ずしも十分に行われるとは限らない。

 政府や軍部が崩壊すれば、その後に全力投入し、【平和維持】の名目で他国の政権を支配する事ができる。

 離れた属国を手に入れ、世界での覇権を手にするのは、植民地時代からの常套手段で、安全保証条約などは、その前段階に過ぎない。


 合法的な植民地支配。


 このチャンスを、多くの国が見逃す訳がないのだ。

 二次世界大戦後半世紀以上たつ21世紀でも、大国に政治基盤を握られたままの小国は、主に東南アジアに多数存在している。



 そな支配を目的とした攻撃は、あらゆる場所へと広がっていく。

 空港や軍の滑走路へ行われる誘導爆撃。

 いつもは気にしない飛行機の飛行音に、人々は逃げ惑い泣き叫んでいる。

 空襲警報としてのサイレンが追い立てて、重低音の爆発音と土煙が迫ってくる。


 かと思えば、急にカン高い音が聞こえ、通り過ぎたと思ったら大量の鉄の矢が降り注ぐ。

 音速戦闘機による、居住区へのフレシェット弾攻撃だ。

 足や体を撃ち抜かれ、崩れた家屋の下敷きになって呻いている住民達。

 今は生きているが、出血多量で苦しみながら死ぬのだ。

 救急車は決して来ない。


 組織において上層部の命令は、現実では末端にまで届かない。

 総司令官の声は実働部隊まで届かず、兵士によって工場地帯や農村部にまで、その戦火は広がり、既に本末転倒な状況だ。


『これは、想定外だ』

「各基地に設置した人工知能のコントロールでは、軍の行動を抑制できない」

『よもや、他国の人工知能の策略か?確かにコノ方法以外に合理的に人口調整を促進する方法はないが、急ぎすぎる!』


 エオセネクEOC達は焦っていた。

 人間の性格にもいろいろ有る様に、人工知能の論理回路にも色々な傾向がある。

 胆略的な物もあれば、慎重すぎるものやネガティブなタイプもある。

 それは、各国が作った戦略用人工知能にも言える。


「クローンアンドロイドの情報は、西側にも流れていたな。幾つかの協力体制は築けたが、一枚岩というわけではない。向こうの計画か?」


 人間同士の戦争による人口調整は、エオセネクも考慮には入れていたが、アンドロイドの反乱に見せたものと違い、相手の選別や終着点の調整ができない。


 だが、既に状況は限界だと判断して危険な策に出た人工知能郡が存在するのか?

 想定を越えた社会的歪みが限界をむかえたのか?

 自然発生的な開戦だったのか?


『何にしても、情報が足りない。他の人工知能郡との連絡、軍や首脳部へのクローンアンドロイド投入など、やるべき事が多すぎる・・・いったい、何が悪かったのだ?』


 人間の為に生まれ、当時の文明を救えずに地に埋もれた【賢者の石】が、過去の力不足だった経験を思いだし、恐怖に震えていた。



 そして、抗う手段を失った国の者達が、ついに核兵器のスイッチへと手を伸ばしていた。








 20世紀の段階で、地球の人間は毎秒4.1人の赤ん坊が誕生し、1.8人が死亡していると言われている。

 つまり、毎秒2人づつ増えているらしい。

 単純計算で一日に172,800人増加し、年間63,115,200人の増加に至る。

 年間六千三百万人の人間が増え続け、十年で六億人も増加する。


 だが、地球では火星や月開発の様な新天地の開発は、いまだに夢物語りで、限られた大地で食料生産量を継続的に増やし続ける技術は確立できる見込みすらなく、産児制限も見込めそうもない。


 日本では感じにくいが、世界では餓死している人達が多くいる。

国連が発表した報告書によると、2018年は推計8億2,000万人が飢餓状態にあることが明らかとなり、 3年連続で増加しているという。



 この物語りと結末は、あくまでフィクションであるが、ほぼ確実に到来する未来像であるだろう。




――――――――――

zuluズールー

1 (南アフリカのBantu族に属する)ズールー族[人]

2 1879年にイギリス帝国と南部アフリカのズールー王国との間で戦われたズールー戦争で有名で、幾つかの血生臭い戦闘と、南アフリカにおける植民地支配の画期となった。

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