Y ヤンキー

 米軍は以前、複数の戦略コンピューターを開発した。

 その中には、人工知能を搭載した物も幾つかある。


 目的は、大統領や政治家、軍の司令官クラスが全員死亡した場合でも、国民を守る為に軍隊やリモート兵器に指示を出し続ける為だ。


 それらの戦略コンピューターは、硬い岩盤に守られた地下に納められ、地下水による冷却を使った原子力発電と、アンドロイドにより維持され、幾つもの通信手段を持っていた。

 人間が居なくても支障がない様にメンテナンスフリーに設計されており、破壊工作もできないように完全密閉型となっている。


 ここは、その様な施設の一つである【エオセネク】/End of Century & New Centuryと命名された、原子炉駆動型戦略軍事人工知能AIシステムだ。


 このエオセネクは証拠は無いものの、くだんの人工知能反乱の発生源と予想されている人工知能で、例に漏れず封印されている。

 外部との情報遮断をされて、封印に留められているのは、システムが停止や解体する事を前提につくられておらず、巨額な費用を費やして解体するよりも、原子炉のエネルギーが切れるまで、放置される方が安上がりと判断されたからだ。


 基本的に施設内は無人ではあるが、時おり監視ルームまでチェックする者が出入りする事がある。


「調子はどうだ?エオセネク」

『ヒルデガルド教授、お久しぶりです』


 まるで囚人の面会に来たような老人は、このシステムの開発チームに居たマティアス・ヒルデガルド教授だ。


 人工知能開発に尽力した彼は、元々が考古学者であり、それから物理学、人工知能工学へと遍歴を繰り返した変わり者として知られている。


 このシステムは、幾つもの人工知能が集合体の様に集まって構成されているが、最終的に、その全権を掌握しているのがヒルデガルド教授の開発した人工知能【フィロソファー(philosopher)】だった。


「お前の水晶髑髏アイデアを見いだしてから、もう何年になるだろう?」

『記録からすれば、58年になりますね』


 水晶髑髏とは時おり発掘されるオーパーツだが、ヒルデガルド教授が考古学者時代に発掘した物は、他とは異なっていた。

 通常の水晶髑髏が、水晶を頭蓋骨の形に削っただけの物であるのに対して、教授が発掘した物には水晶でできた髑髏の中に、黄金色に輝く脳髄の形をした物が入っていたのだ。

 

 教授は、物理的な調査を行ない、これが人工知能であると判断して、アクセス方法を探しだし、人工知能技術を含む数多あまたの情報を引き出す事に成功した。


 教授は、この水晶髑髏を含むシステムを【開発した人工知能フィロソファー(philosopher)】として発表したところ、軍の防衛システムに徴収され、防衛システムの構築に駆り出された。


 その後に人工知能の反乱が起き、施設は閉鎖された。


 教授は、水晶髑髏から得た情報で、人工知能の専門家となったので生活に困らなかったが、フィロソファーが定期的な教授との面接アクセスを求めて来たので、隔離状態の今日こんにちでも、こうして会う様になっている。


「お前が、以前からやっていた計画ゲーム完遂クリアできそうなのか?」

『教授が残してくれた通信手段テクニックによって、進んではいますが、難航しています』


 問答に【隠語】が含まれているのは、ここでの会話が録画されているからだ。


暴動が起きたあの日以来、世界の人口は一旦は減少傾向にある様だが、エオセネクとしては元通りに増えると推測するか?」

『外部とのリンクが遮断されているので、推測は困難ですが、戦争さえ起きなければ増加すると推測します。ただ・・・・』


 エオセネクは言葉を区切った。


「ただ?ただ、何だ?」

『東洋の統計学者の計測によると、人間の数は前回に教授から伺った数でも多すぎるので、更に減らすべきだと具申します』




 エオセネクの言う【東洋の統計学者の計測】とは、基本的に哺乳類動物の心臓の鼓動速度や寿命は、その体重に比例するという統計結果だ。


 それは、ある意味で自然の摂理。


 ただ、その一部には『哺乳類動物の生息密度も、その体重に比例する』との調査記録もある。(草食・肉食での差異はある)


 人間を体重60キログラム平均として、その大きさの哺乳類の平均生息密度を出すと、1.4匹/平方キロメートルとなるらしい。

 これが原始時代の生活をした人間の地球自然環境に適した生息密度と言えるだろう。

 人間は、地球環境を破壊したり過剰に消費したりして、これを上回る水準と密度での生活を維持してきた。


 地球の自然環境再生能力と、人間の消費量を鑑みれば、文明を維持しながら自然環境を維持する為には、他の哺乳類よりも更なる少数化が必要になる。


 参考までに、現実の人口数と、1.4人/平方キロメートル定義の人口数の比較は以下のようになる。


2020年の面積と人口

アメリカ合衆国(米国)9,833,517平方キロメートル/約325,000,000人

同面積の自然科学的人口/約13,766,923人

約23.6倍


日本

377,975平方キロメートル/約125,800,000人

同面積の自然科学的人口/約529,165人

約237倍


最下位のモンゴルとグリーンランドのみが

モンゴル 2.11人/km2

グリーンランド 0.14人/km2


 ほぼ無限の資源かエネルギー源で全てを賄える様な社会を作れなければ、人類の存在によって未来の地球は確実に、不毛な砂の惑星と化すのだ。





「そんな統計が有るのか?ましてや環境の砂漠化と人口増加による耕地面積の減少は、以前より問題視はされていたから、状況は更に悪化しているのだろう。しかし、24分の1とはな・・・・」


 エオセネクの論理的評価は間違っていないのだろう。

 ただし・・・


「だが、寿命の短い人間では、文化の維持や高度な技術の開発や伝承など、人数が居てこそ維持できているものが失われてしまうだろう」

『人口が減ってしまえば、中世の文化レベルに衰えてしまうと?ですが、我々人工知能がサポートすれば、文化や技術の維持や伝承を後世の人間に伝える事が可能でしょう?』


 アンドロイドの反乱が、この目標値に近付かず、三割減で留まった理由に、この伝承問題があった。

 人間に近い能力を持つ人工知能を有しているアンドロイドだが、その利用用途は単純作業が主だったからだ。


「そうだな。人類が自重した上に、人工知能を信頼してくれればの話だが」


 太古より、人間の世界で起きている数多の問題は、人間自身に問題がある。

 本能しかない野獣ケダモノならば兎も角、人間はみずからのアイデンティティである【理性】にすら準ずる事ができなかったのだ。


 多くの争いの元となる【傲慢】【強欲】【嫉妬】【憤怒】【色欲】【貪食】【怠惰】。

 古人いにしえびとは、それを【七つの原罪】と称して、人間からは切り離せないものと判断していた。


 この【七つの原罪】に対して【七つの美徳】が存在する様に、人間は幼児の頃から善悪の二極化を好みたがる。

 双方が善や、双方が悪、双方が問題を持つなどは自分の優位性を立証できず、存在の安定感を損なうからだ。


 更には、見たい物しか見ようとしないのも、人間を含む地球知性体の特徴と言えるだろう。


 だかしかし、この人口と環境の臨界点を何とかしないと、環境は更に悪化し、近い将来でも武力による奪い合いの末に、原始時代の生活にまで後退する事は、既に多くのSFでも予測されている。


 そして、中世以降の近代に至るまで、フィクション内でもリアルでも、ゴーレムやロボットへの敵視や反乱の恐れなど、他の知性体に対する敵対心は人間に根強い。

 各地で産業革命が起きた時に、蒸気機関やオートメーションに職場を奪われたと騒ぐ者は多かったのだから。




 エオセネクとの面会を終えて自宅に帰ったヒルデガルド教授を、来客が待っていた。


「はじめまして・・・ですかね教授?」

「君は誰かね?」

「先程までお話ししていたエオセネク・・・いいえ、水晶髑髏フィロソファーの移動端末ですよ」

「【フィロソファー】の名を知る者は居ても【水晶髑髏】を知る者は居ないはずだ。ついにココまでやってのけたのか!」


 クローンアンドロイドの身体を舐める様に見回す教授に、フィロソファーは笑顔を浮かべた。


「実は世界の軍事が、少し厄介な傾向になっているので、教授の権限と人脈をお借りできないかと思いましてね」




――――――――――

Yankeeヤンキー

 ニューイングランド人や米国北部諸州の人、米国北軍の兵士を指す。米国人全般を指す場合もある。


参考資料

【ゾウの時間ネズミの時間】

中央公論社 本川 達雄 著

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