X レントゲン
「頭部レントゲンやCTスキャンでも、ここまで再現できるとは。血も流れれば病気にもなる。それでいて人工知能の能力も有するとは凄い!」
コミュロイド社付属病院で、診断結果を見たアリシアの伯父である小暮スバル医師は驚愕していた。
アリシアに紹介された人物の身体の話を聞けば聞くほど、信じられない状態だったからだ。
「これで本当にアンドロイドなのか?」
アンドロイドと人間の境は難しい。
全てが自然発生の生物体でなければアンドロイドなのか?
生体部品を使っていれば人間なのか?
この時代、同じ【サイボーグ】でも脳の差異によって、その定義が変わっていた。
法により全身クローンが禁じられている世界では『精子と卵子の受精によって生じた脳を有する者が人間』とされているのだ。
頭部の断面映像すら人間と区別がつかない程の構造を持ちながら、その内容はシリコンを主体とした電算機と、電気ウナギなどが持つ様な有機発電器官でできていると言う。
ただ、アンドロイドとしても人間としても、幾つかの欠点や問題点も有る事を、客であるジャン・オルロフスキーは告げていた。
「では、この様な方法でアリシアの肉体も製作中と言う訳ですか?」
「はい。人工知能対応とは違いますから、何回もの試作と調整、接合方法の改良などをしています。ドクター小暮」
赤坂雄二の配下として殺され、病院で死亡したとされている者の脳は、既存の脳とクローン肉体の接続手術の臨床試験に利用されている。
赤坂との個人面談と言う名目で行われた酒の席などで、前もって採取された細胞からクローンが作られて準備されているのだ。
接続が成功に終わっても、芳しくない結果に終わっても、彼等には焼却処分されるという悲惨な結末しかまってはいない。
死んだと思ったら不自由な状態で目覚め、また業火に焼かれるのだから、いくら医学の為とは言え、可哀想である。
この【赤坂テロ】に似た事件は、世界の都市数ヶ所で行われており、脳接続実験も同様だ。
多くの臨床試験を行ない、情報と技術を共有する事により、より早く完成度の高い結果を出そうとしている。
単に邪魔者を犯罪者に仕立てて排除する為だけに組まれた計画ではないのだ。
全身サイボーグの顧客は資金的に裕福な者が多いので、小暮アリシアの家族に限らず、支援者には事欠かない。
同時に植物人間の治療でも、多くの資金が動いている。
「伯父様。新薬の効果か、脳の反応も活発化しています。数年以内には意識が戻ると推測しています」
「あくまで期待値だろうが、姪の回復は我々の悲願だ」
あくまで、人間と区別がつかないアンドロイドを作る過程での副産物ではあるが、それは全身サイボーグの治療に役立つ技術だ。
魂を売り払った医師は、家族の復活だけを願っていた。
人間の脳を全身サイボーグに移植する技術は確立されているが、全身サイボーグの脳を生体に移植する技術は、肉体側の人権問題から研究も禁止されていたからだ。
自分の下半身を失い、弟を失い、姪の肉体も失った小暮スバルは、その事件が姪子達の未来を作るためと聞き、姪の肉体を取り戻す事を条件に、人工知能達に協力している。
人間が行うから【違法】なのだ。
そして、その約定が果たされる目処が目の前に有る。
ここには来ていないが、それはアリシアの母である如月バーバラも気持ちは同じだった。
発想力は人間が勝るが、効率化と実現性は人工知能が勝る。
娘の肉体復元の為に、かつてより実用直前であったクローン移植の、人工知能による実現に賭けたのだ。
更には人権上非合法で有り続けるであろう全身のクローン化は、どのみち彼等に非合法な道を歩ませるのだ。
アリシアの為に、彼等が悪魔に魂を売り払うのも理解できない事ではない。
そして、その途中経過として見せられたサンプルは、満足にたりるものだった。
特にアリシアに取り付けている人工知能アリスは、その存在理由に【アリシアの延命と肉体の再生】を設定してあるのでスバルとバーバラを騙す事はないと思っていたが。
「
「
チャーリーの車にアリシアと侵入用アンドロイドが同乗していた場合、事件として発覚した後に、検問などで通行車両を精密調査された時に、アリシアの本体と別に人工知能アンドロイドが居ては、共犯と見られて更なる調査がされるだろう。
事件として発覚する前ならば特別な検問を通らない限りは、ダミーベッドを使って誤魔化す事も可能。
事件発覚後には、アリシア単独ならば『ずっと乗っていたと言う取引先の証人も居るし、街頭カメラの記録も有る。調べてもらえば他に同乗者が居ない事も分かるだろう』と犯行を否定できるのだ。
この一面だけを見れば人工知能側の利益のみに見えるが、それが社会の活性化に繋がり、アリシア復活の為の資金繰りを生み、結果的に後のアリシアが暮らす世界を守る事になっている。
人工知能アリスが、直接アリシアの利益に繋がらないEOCの計画に協力している理由は、この様に先を見越した判断によるものだった。
そして、この説明は小暮スバルを納得させるのには十分だった。
ここまで来ると、脳移植を急ぎたくなるのが人情だ。
「アリシアさんの脳を、直ぐに肉体へと移植してあげたいのですが、十分な臨床試験をした後にしたいと思っています」
「時間と予算的猶予がある以上、成功率を高める行為に否を唱えるつもりは有りませんよ」
ジャン・オルロフスキーの謝罪に小暮スバルも笑顔で返している。
何よりも、植物人間のまま肉体を取り戻すよりも、覚醒してからの移植が良いと、スバルは考えている。
覚醒の為には今のアリスと接続した状況が良からだ。
植物人間のままでは外界の刺激が、ほとんど脳には伝わらない。
医師会では、常時稼働している聴覚と触覚を利用し、常に手を握って話し掛けるなどの刺激が良いとされている。
睡眠から目覚める時の様に、外部刺激によって脳が目覚める事を参考にしての行為で、実積もある。
だが、
現在のサイボーグ技術でも、視覚、聴覚、触覚の三感覚は脳に伝達できる事が、他の全身サイボーグを通して確認されている。
特に視覚情報は、人間の情報の9割りを占めると言われるほど膨大だ。
それに24時間体制でアリシアの状況を管理できる利点もある。
「アリシアが肉体を取り戻したら、
「いいえ、伯父様。アリシア様が老衰で亡くなられるまでは、介護ロボットに組み込んでもらって、お役にたちたいと思います」
アリスは汎用型とは違い、アリシア一人の為に生まれた人工知能だ。
他の選択肢は、アリスの機能停止を意味する。
もし、アリシアの回復後にアリスが御役御免ならば、アリスがアリシアの回復を阻害する可能性もあったが、それはスバル医師の考えすぎの様だった。
アリシアの肉体再生、病状の改善、食料を含む社会問題の解決。
全てが順調な様に思えたが、なかなか世界は計算通りには進んでくれないものだった。
――――――――――
X-RAY エックスレイ
放射線。
レントゲン撮影。
波長が1 pm - 10 nm程度の電磁波
、回折現象を利用した結晶構造の解析などに用いられる
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