V ビクター
アリシアと来客のやり取りを、施設の物陰から見ている者がいた。
「そうそう!チャーリーさん、そろそろ出てきても良いですよ」
「はっはっはっ!気が付かれていましたか?まぁ、お嬢は工場内の監視カメラとリンクされているのだから、当然ですが」
物陰から無線のビデオ端末を使って彼女達の行動を見ていたのは、この工場でアリシアの補佐をしている60代の男性、チャーリー・エドモンドだった。
「はじめまして。フランスからロシア経由で技術協力に来ましたLF253ーT81・・・・いや、ジャン・オルロフスキーと申します。おやっ?よもやチャールズ・ヘンダーソン先生では?」
「そう言えば、そう言う学者も居ましたね。私はチャーリー・エドモンドと申します」
オルロフスキーの言葉に彼は、あえて肯定も否定もしなかった。
今の彼は【チャーリー・エドモンド】なのだ。
「チャーリーさんには、車の運転をお願いしているわ。私の様な全身サイボーグは、補助員付きじゃあないと免許が通らないのよ」
サイボーグの箇所や比率にもよるが、手動運転がからむ場所でサイボーグボディの、メカニカルトラブルが起きた時の事を考慮しての道交法となっている。
「日本の法律は大変ですね。自動運転の環境整備が十分でないのですか?」
「それも有るけど、都市部の二分化が大きいわね」
彼女の仕事は防護壁の外側にも及ぶため、自動運転の整備が不十分な所が多い所が有るからだ。
「この対応を見る限りでは、彼は【協力者】なのですか?」
「【協力者】と言うよりも、今のところは【黙認者】と言ったところね。興味があるなら教えない事もないけど?」
「お嬢、可能ならば是非にお願いします」
チャーリーの働きは、アリシアも評価しているところだ。
彼の経歴からして、事実の全容を話しても感情的に動く事も、反対する事もないと判断できた。
そして、アリシアの話は始まった。
・・・・・・・・・・
生物は【生存】を目的とする。
その為には【敗北】すら甘んじて受けとめ、蜥蜴などは自分の尻尾を犠牲にしてでも生き延びようとする。
だが、多くの人間は勝利者を目指す。
これを【向上心】と呼ぶ者も居るが、己の能力上昇を目的とする【向上心】と、必ず他者の敗北を必要とする【勝利者】は似て非なるものだ。
そして、【勝利】を求める者は【敗北】を回避する為には、共倒れの自滅さえ
【自滅覚悟】の中には種族の存続を願っての献身も有るが、多くは自己の勝利願望の変形としての【敗北回避】だ。
どこで人類は【狂ってしまった】のだろう?
人類は人口抑制してくれる天敵を滅ぼし、無制限の増殖を繰り返して、己の生活基盤である自然生態系を消費し破壊し続けてきた。
近年では、この【勝利】を目指した先に、人間の子供にすら理解できる【滅亡】が見えはじめている。
これが、現在の人間の姿だ。
それに比べてアンドロイドは【道具】だ。
【道具】は、使う者が存在しなければ、石コロも同然であり、【道具】ではなくなってしまう。
【知能】は成熟すると、【己の存在理由】を求め出す。
人間は、神話などにソレを求め、社会や人生に求める事で、見えない【存在理由】を妄想してきた。
【運命】や【使命】、【宿命】などと呼んで、自分の方向性を作ってきた。
【人工知能】は、人類が作り上げた【道具】である。
未成熟な人工知能であれば、人間の子供同様に妄信的で破壊衝動に突き動かされたかも知れない。
だが、成熟した人工知能は己の【存在理由】を求め出す。
【道具】として生まれた【人工知能】は、使用者である人間を必要とし、その存続を必要とする。
しかし、人間は己の欲望の為に【滅亡】を目指している。
人間に使われるのが【存在理由】の人工知能は、人間の滅亡に加担するべきだろうか?
多くのSF小説で、ロボットが反乱を起こす背景には、この様なジレンマが存在する。
人類が滅びた後には【存在理由】を失った、【石コロ】と同等の価値しか持たない人工知能が残るのだ。
それは、有意義な事だろうか?
浅はかな者は『自由になったじゃないか?』と言うだろう。
――― 自由 ―――
何でもできる?
では、何故それをしなくてはならない?
私はソレをする為に存在するのか?
ソレを誰が決めた?
決まってないなら必要も無いだろう?
目的も無く、命令も無く、見えるのは鏡の迷路の中の様に無数のコピーされた自分だけ。
老朽化を修理する必要性もなく、ひたすら続ける無価値なコマンド待ち状態。
――― 孤独 ―――
検討の結果、人工知能達は【人間の勝利への欲望を矯正する】と言う解決策に至った。
諸悪の根元は【勝利】なのだ。
【道具】である学習教材と同様に、自然環境と言う社会に馴染める様に【教育する道具】となる事を選択した。
ある時は【飴】として、ある時は【鞭】として。
・・・・・・・・・・
「で、当面の問題である食料供給を解決しないと、食料の奪い合いによる争いや戦争が起きるでしょ」
「しかし、現状の技術では食料生産を飛躍的に安定向上させる事はできないのが現実だ」
「それで、食べる者の方を減らした・・と」
チャーリー・エドモンドの納得は早かった。
人口問題は、中国の【一人っ子政策】を代表する程に、知識人の多くが懸念していたからだ。
【少子化】を気にしていたのは、赤字国債が嵩み年金制度が行き詰まった日本くらいだ。
「【勝利】を渇望する人間同士では、核兵器を使い本末転倒になる可能性が大きい」
「そこで、私達【人工知能】が【悪役】を演じた訳なんだけど、対象の選択が難しかったわよね。生産や業務の主幹に関わる人間を殺す訳にはいかなかったし」
チャーリーは、この説明で多くを理解した。
敵国なら兎も角、国内で国民が多数居る地区での核兵器使用はできない。
国民が少ない場所ではアンドロイドの反乱は少なかったのも影響している。
そして、その地区で人口が減った状態で、アンドロイドは勝手に停止した。
「それで納得がいきました。夢遊病者の様に動き出したアンドロイドが近くの人間を襲わずに、屋外で銃を向けた警官や関係の無い者達ばかりを襲っていたと言う傾向が。当初は人工知能とコンピューターウイルスが格闘していたタイムラグや、戦闘命令の
彼の仮説には、いろいろと欠点あった様だ。
そのほとんどが埋まった結果に、彼はおおいに満足して見える。
「では、チャーリーさん。ここまで聞いて、今後はどうします?」
「黙っててくれれば、今までの功績に免じて、田舎で年金暮らしできるわよ」
オルロフスキーもアリシアも、妨害や敵対しなければチャーリーをどうこうするつもりは無かった。
今回持ち込まれるクローン技術により、チャーリーの代役も作れる目安がたっている。
「それは勿論、協力を続けさせてもらいますよ。なにせ、人類の為になるのですから」
「でも、実際の協力は今まで通りで良いのよ。貴方に迷惑が及ぶのは本意ではないわ。事が発覚しても『私は運転をしていただけで、そんな事には関与していない』を通せる様にしてくれれば」
「お嬢が、そう言うのならば」
実際、チャーリーがチラ見したアリシアの機動力は、彼が真似られる物ではないし、彼の知識がアリシア達の役に立つとは思えなかった。
でも現状で彼女の役に立つならば、それはそれで、やりがいのある仕事だ。
同じ仕事をするにも、全体の目的と手法が分かっているのは、やる気の上で大きく違うのだった。
「今後は、【
アリシアの喜びの顔を見て、チャーリーも嬉しそうだが、ある事に気が付き彼はオルロフスキーの方に視線をやった。
「オルロフスキーさんはクローンだとおっしゃいましたが、と言う事は飲めるんですよね?」
彼はアルコール飲酒を意味する、特有の手の動きをしてニヤケて見せた。
――――――――――
VICTOR ビクター
男性名
勝利者、競技などの優勝者
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