S シエラ
今回の事件では正当性を証明するという名目で、冒頭から佐藤ロミオに弁護士をつける事になった。
幸いにも佐藤は、自分に不利な証言や罪を容認した言動をとっていなかった。
『俺じゃない』を『俺の意思じゃない』と拡大解釈すれば、調書の改竄も可能だ。
警察が早くから無理矢理にでも弁護士を付けたのは、少しでも罪を軽くして警察側の傷を小さくしようとの考えだ。
つまりは、いまだに捕まらない先のテロリスト、赤坂雄二に何らかの脅迫を受けて行わされたとすれば、佐藤ロミオの罪は軽くなり、元警官の不祥事は追求されなくなると踏んだのだ。
勿論これは、とある本庁の警視生からの入れ知恵だ。
その警視はサイボーグ業界と懇意であり、警察とサイボーグ業界との
不本意ながら、この提案は警察にとって渡りに船だった。
弁護士は警察の指示に従う者をコネを使って選ばせた。
「分かってると思うが、うまく佐藤を説得するんだぞ」
「承知しています」
選ばれたのは日本に帰化した黒人女性弁護士。
青い瞳に金髪の黒人は、日本人の目から見ても、かなりの美人だ。
「元警官なので、安全の為に留置場で鉄格子越しの面談となります」
佐藤に抵抗の意思は無い様に見えるが、内情を知る者には注意が必要なので異例の顔合わせとなった。
「はじめまして、弁護士のシエラ・ランドールです」
「ああ、中は俺が見るから、担当刑事に報告を入れてくれないか?」
仮留置場の担当看守は、弁護士を連れてきた巡査に声をかけて、廊下に追いやった。
部屋の中には三人だけになった。
「大丈夫ですよ佐藤さん。私は赤坂さんの仲間です。田中さん、私に銃を向けて下さい」
「内部協力者って、あなたなの?」
天井の監視カメラをチラ見した看守の言葉に、リヤラーイも驚いている。
「リヤラーイなのか?」
「無事みたいねロミオ。赤坂さんの手配で助けに来たわ」
ウイッグと有色ファンデ、カラーコンタクトで化けてはいるが、田中リヤラーイだった。
胸の谷間からデリンジャー銃を出したリヤラーイは、言われるままに銃口を看守に向けた。
留置場にもカメラは有るのだ。
「では、銃で脅された看守は留置所の鍵を開けますから、このまま私を人質にして逃げて下さい。英雄のお役に立てるのは幸せです」
そう言って看守は、鉄格子の鍵を開けた。
看守は犯人に奪われる危険性が有るので、基本的に銃を持たない。
第三者に銃を持ち込まれたら為すすべがないのだ。
「いや、俺は・・・・」
否定しようとした佐藤ロミオを、田中リヤラーイは止めた。
「確かに私達はやってない!この事件は警察の陰謀らしいんだけど、赤坂さんは仲間を奮い立たせる為に利用するらしいのよ」
「確かに、このままなら死刑か終身刑だな」
彼女が小声で告げた内容に、佐藤は看守の言動を納得した。
赤坂は、巻き込まれた佐藤達を逃がしたいのだろうと理解できる。
その為には協力者に『佐藤達は悪を滅した英雄だ』と話した方が支援を受けやすい。
警察と赤坂達と協力者。更には佐藤と田中の認識と思惑が入り乱れていた。
「佐藤さん、彼女から銃を受け取って、私を人質として駐車場まで行って下さい。そろそろ都合よく巡回のパトカーが帰ってきます。それで逃亡しましょう。銃の取り扱いや人を盾にするのは、貴方の方が慣れている」
「確かに、そうだな」
室内の掛け時計を見て、看守が計画を話してくれた。
佐藤は言われるままに看守を盾にして、仮留置場を出た。
監視カメラで見ていた警官達が既に取り囲んでいるが、人質が居るので手出しが出来ない。
「佐藤!これ以上罪を重ねるな。悪いようにはしない」
「そんな嘘は、警官だった俺が一番よく知ってるんだよ!嘘ばかりだから、事情聴取の録音や録画をさせないのが警察だろうがぁ」
目の前に居る協力者の手前、佐藤は犯行の否定は出来ない。
佐藤は、日頃から警察内で感じていた矛盾を口にした。
警察は容疑者の共犯を探し出す為や、『私がやりました』と容疑者に言わせる為に、嘘の情報を問答に織り混ぜる。
その内容は録音もされないし調書にも記載されないので、『容疑者が認めた』と言う事実以外は残らない。
実際に、この様な事が有るから、
実際の警察は、【正しい解決】よりも【早い解決】を重視している。
それには、真実を追求して時間をかけている警官を【無能】や【怠慢】と批難するマスコミや大衆にも原因があるのだが。
「おい!そこの巡査。パトカーの鍵を寄越せ。下手な事をすれば、殉職者が出るだけだぞ」
巡回のパトロールから帰ったばかりの警官達は、この騒ぎで署内に入る事が出来ずに居た。
佐藤ロミオの事は署内でも知れ渡っているので、小細工は悪手だと直ぐに理解できる。
巡査から鍵を受け取ったリヤラーイは運転席に座り、佐藤と看守は後部座席に潜り込んだ。
「何処へ行くんだ?」
「高速で長野方面に行けば、次の協力者が居るはずよ」
車を出したリヤラーイは、最寄りの首都高入り口へと急いだ。
サイレンを鳴らし、警察無線を傍受している彼等は、とても有利だ。
「巡回中の警官より逃走者のパトカーは、京橋で首都高を降りたとの報告アリ」
時折、声色を変えて誤情報を流されるのは、現場に居た佐藤でも嫌な手口だ。
土地カンと事情を知る佐藤は、それを有効に使っていた。
「それで追っ手から逃げられるの?」
「一時的に警戒網を薄くできる。だが、道路にはNシステムってのがあって、道路上の車のナンバープレートを監視しているから動向は筒抜けだ。しかし情報が捜査員に伝わるまでのタイムラグは稼げる」
ある意味で悪ふざけにも見える行為にリヤラーイは疑問を感じるが、ロミオは成果を確信している様だ。
一時間後、佐達のパトカーは関越道を走っていた。
高速道路にもNシステム系の監視カメラは有るので、既に追っ手は掛かっているだろうが、時間稼ぎのお陰か、距離がある。
制服姿の看守も乗っているので、途中での充電で疑問視される事も無かったのだ。
Nシステムにも死角は有るので、ここで更に車を乗り換えると追尾は無理となるだろう。
「この先に有る、廃止された高速バスのバス停で車を乗り換えます。私はパトカーの中に放置しておいて下さい」
協力者の保身も大切だ。
首都圏を離れると、監視も手薄になる。
高速道路のカメラも、多くが死んだままになっていた。
幾つもの山を越え、縛って目隠しをした看守を後部座席に寝かせた状態で、パトカーは指定された高速バスのバス停に到着した。
バス停に止まっていたのは白いベンツ。
高速下の街へと繋がる階段は、とうの昔に廃止されて閉鎖されていたが、それを抉じ開けて登り降りを繰り返す人影が見える。
「赤坂さん。貴方がわざわざ?」
「はい。どうやら御迷惑を掛けてしまった様なので」
リヤラーイの話では、赤坂の計画では無いのだが、テロを起こしている彼にも責任の一端はあると自覚しているのだろう。
「では、ここから降りて下の一般道を移動します」
そう言って赤坂は、白ベンツのドアを開けて誘った。
万が一、協力者である看守が警察との二重スパイだった場合、佐藤達はココから下に逃げたと認識するだろう。
駆け付けた警察も、状況的にソウ判断する。
だが実際には、白ベンツで更に先へと逃げるのだ。
看守はパトカーの中だし、白ベンツも昔の様なカソリン車ではないので無音発進ができる。
佐藤達は更に新潟寄りの街を目指して、逃亡を続けた。
――――――――――
SIERRAシエラ
人名としては名字にも女性名としても使われている。
スペイン語で「山脈」の意味。
車やアメリカの企業名としても使われている。
シエラ・エンターテインメント - アメリカのコンピュータソフトウェアメーカー (en:Sierra Entertainment)
PMC-Sierra - アメリカのファブレス半導体メーカー
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