R ロメオ

 佐藤ロミオの銀行口座にも、田中リヤラーイと同様に高額の振り込みがあった。

 テロ行為に関わるつもりはなかったので返金しようとしたが、口座番号が分からず電話を掛けても出る気配がない。


ピンポーン


 そんな、特に連絡もない日が数週間続いた後に、彼の所に小さな小包みが届いた。

 時々利用する宅配便だが、配達員の顔を覚える程には使っていない。


「どう言う訳だなんだ?」


 受け取ってから明細を見たが、差出人の欄は佐藤の住所になっていた。

 旅行先から自宅に荷物を送る時に使う書き方だ。

 当然、佐藤に覚えのない荷物だったが、これでは受取り拒否もできない。


「いったい、何が?・・・って、何なんだコレは!」


 小包みを開けた彼が、中の荷物に直接に手を触れなかったのは流石だと、ロミオ自身も思った。


 入っていたのは、ロシア製の拳銃【トカレフ】。

 タイプは古いが、ちゃんと整備されている様だ。

 手袋をして調べると、弾倉には何発か弾が残っており、銃口には硝煙の匂いが残っている。


「新品じゃなくて既に使われた物だな。こんな物を送り付けてくる奴は、アイツしかいないだろう」


 佐藤の頭に浮かんだのは、赤坂の顔だ。

 再び電話を掛けてみるが、出る気配はない。




ピンポーン!


 途方にくれた佐藤の身に、更に訪問者が訪れた様だ。


「はい、どなたですか?」

『佐藤?い、居たのか?なぜ・・・いや、早川だ。ドアを開けてくれるか?』

「先輩?どうして・・・・少し待って下さい」


 来訪者は元の職場の先輩であり、上司でもある早川はやかわあきら警部だ。


「タイミングが悪すぎる!誰かが全てを見ているのか?」


 佐藤は、トカレフをビニール袋に入れて、トイレの貯水タンクに投げ込んだ。

 可能な限り平静を装って、深呼吸をしてから玄関のドアを開いた。


 ドアを開けると、エアカーテンを通り抜けて、早川警部が玄関に入ってきた。

 背後には私服の科捜研と刑事らしき男達の姿も見える。


「早川警部、お久しぶりです。今日は何か?」

「佐藤!まさか、お前が自宅に居るなんて」

「いや、俺の家ですから当然・・・」


ガチャッ!


 突然、自分の手に掛けられた手錠に、佐藤の思考は止まった。


「えっ?何で!」

「佐藤ロミオ。長谷辺慶一殺害の容疑で逮捕する。俺は、いまだに信じられないよ!」


 手錠を掛けた早川の顔は、今にも泣き出しそうだった。

 別の刑事が、逮捕状と家宅捜索の礼状を提示して、佐藤の家へとドカドカ入り込んでいく。


 佐藤は、まだ固まっていた。


「殺害容疑?いや、何で!そんな筈はない!」

「佐藤ロミオ。今さら何を言っているんだ?」


 数人の刑事に身柄を拘束されて、佐藤は覆面パトカーに連れ込まれた。








「いや、確かにコレは俺だが、俺じゃない!」


 取り調べ室にて調書をとられている佐藤ロミオは、幾つものビデオ画像を見せられて、混乱している。

 佐藤の居た所轄とは違う署だが、証人としての早川も同席していた。


 ビデオ映像では、警官の警備の中を挨拶までして近付き、突然に走り出して二丁の銃を乱射。

 恰幅のよい男性を射殺して、逃げる時に警官まで撃ってから、女性の運転する車で逃走する自分がビデオに写っているのだから。


 見覚えのある服装、女性は田中リヤラーイだろう。


 中でも〔12月24日10:15A.Hayakawa〕と表示されたビデオは衝撃的だった。

 行動確認の為に警官に持たされている記録ビデオ映像の一つだ。


『まさか佐藤か?』

『早川先輩?チッ!』

『なんで!お前が?』

『・・・・』


 この声は、確かに佐藤自身の声だ。


「応援で行った先で、こんな再会をするとは不運だったな」


 同席している早川の声が佐藤に届く。

 風景からして、現場の管轄は早川や佐藤達の所とは違っていた。

 事件がテレビ放映されていないのは、元警官の不祥事として情報公開が抑えられていたのだろう。


「でも、俺じゃない!この時間なら八重洲の地下街で人と会っていた」

「さっきもソウ言ってたので調べさせたが、その時間に御前が言う喫茶店のビデオカメラにも、八重洲地下街の防犯カメラにも写っていなかったよ」


 犯行ビデオが記録された時間は、逮捕前日に田中リヤラーイと会っていた時間だ。

 つい話し込んで、喫茶店に三時間も入り浸っていたのは初めてだった。


「現場に残されたトカレフに御前の指紋が残っていたし、自宅で発見された銃のライフリングマークと警官に撃ち込まれた弾丸のソレが一致した」


 銃の弾丸には、発射した銃の指紋とも言えるライフリングマークが残る。


「あの銃は、朝に届いたばかりだ!」

「だが、宅急便の荷受け現場にも御前の姿が録画されていたし、受領日付けは一週間前になっている」

「自宅の防犯カメラを調べてもらえば・・・」

「あれは、止まっていたぞ」


 そう言えば、宅急便の日付けなど見ていなかったし、自宅の防犯カメラは一ヶ月以上確認をしていなかった。

 インターフォンには録画機能がない。

 状況から、自宅に届いたトカレフにも佐藤の指紋がついていただろう事は、想像に難しくはない。


「トカレフは、うちの所轄の保管庫から昔の証拠品が十二丁紛失していた内の二つだと判明した。更には、御前と例の赤坂との接点も確認されている」


 早川警部が残念そうに呟く。


「第一、俺にはアノ男を襲う動機が・・・有るんですか?」

「御前が問題を起こした人物とは別だが、コミュロイド社専務の一人だ」


 この短期間にビデオ映像などの物証が揃いすぎている。

 これだけ揃っていれば佐藤でも疑いようがないし、早川警部は直に確認までしているらしいのだ。

 動機も充分だろう。


 隠蔽していても情報は、いずれ広がる。

 警察が佐藤を陥れるメリットは無い。デメリットばかりだ。


 テレビ放映されているロボット関係者の殺害は佐藤も知っている。

 だが、ロボット推進派が身内を犠牲にしてまで佐藤を犯人に仕立てるメリットも想像できない。

 佐藤は既に何の権力も武力も持たない一般市民だ。


 赤坂にとっても、本物ソックリの代役を使う手間と意味が無い。


「これで俺が否認をしても、誰も納得しないですよね?」


 結果、佐藤が赤坂のテロリズムに賛同しての行動と見るのが、一番合理的だった。


 佐藤自身も取り調べを行った時に経験は有るが、犯人の大半は最後まで罪を認めない。

 今回の様に複数のビデオ映像が有っても過半数は他人の空似で済まそうとする。


 今回よりも少ない物証で、罪状認否のまま実刑がくだされた案件を、佐藤も沢山見てきている。

 佐藤ロミオは、記憶にある犯人達と同じ様に、ただ項垂れるだけだった。




 佐藤を仮留置場に入れてから、早川は科捜研に赴いていた。


 科捜研で再度、物証を確認してみたが、確かに現場や防犯センターで押収した物だ。

 現場に捨てられた銃からは、わずかだがDNAも検出されており、佐藤の物と確認さている。


 ただ、横を見ると一人の職員が、しきりに首をひねっているのが早川も気になった。

 手にしていたのはビデオにも写っており、自宅から押収された佐藤の普段着だ。


「どうかしたのですか?」

「それが、押収した佐藤警部補の上着なんですが、袖から出る筈の硝煙反応が無いんですよ」


 銃を発砲すると銃弾の薬莢やっきょう内の火薬が燃焼し、銃の外に酸化窒素を含んだガスが放出される。

 よほどの強風内でないかぎり、手や袖、頭髪などに付着して発砲の痕跡となるのだ。

 身体の硝煙反応は洗い落とす事が不可能ではないが、袖や頭髪は落ちにくく、服に至っては匂いなかなか取れない。

 銃の発砲が多い刑事が、特定の服を仕事着として着潰しているのには、それも理由としてある。


 早川は証拠品の服を見直したが、同じ物の様にしか見えないし、残っているビデオ映像の物とも差異は認められない。


「同じ服が二着存在するのか?」


 変な違和感を感じたが、ソレが佐藤の無実を証明するには至らない事も、また事実だ。


「いったい、どうなってるんだ?」




――――――――――

ROMEOロメオ

男性人名。日本語ではロミオと呼ぶ事もある。

またはシェイクスピア著の有名戯曲の主人公。

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