D デルタ
人工知能に対して、世論は
・利便性を
・ネットワーク非接続により安全性を確保しての使用推進派。
・人工知能に不安は感じるが必要性を感じる容認派。
かつては完全排除派が主流だったが、現在は制限された生活苦から、容認派が増えている。
一部に、法案の改正を求める動きも無いわけではない。
事件から二十年。
だが、遺族の記憶が消えるには早いし、いまだに事件により負傷して義手や義足になっている者を見掛ける。
実質、人工知能反乱事件の傷は、社会的にも人心的にも癒えてはいなかった。
中村主任の様に、あからさまな行動に出る者も少なくはない。
だが、当面の問題は、農業従事者の不足と、輸入業者の人為不足による食料不足と言える。
検問を使った都市化とスラム化は、
そうは言っても、郊外にもマトモな生活が無いわけでもない。
事件により、生家を失ったアリシアは、現在は祖父と共に郊外の工場に住んでいる。
チャーリーも、工場内の宿舎に住んでいる。
ここはインフラもセキュリティも万全で、生活必需品は先のコミュロイド社で手配してもらっているので不自由は無い。
ある意味ではコミュロイド社の下請け工場なので、物資の手配先として支援されている事になっている。
サイボーグボディを部品から製造できる工場だが、研究所的な面が高く、量産には向いていない施設だ。
工場に戻った彼女達は、荷物の処置をチャーリーに任せ、アリシアは居住スペースへと入っていく。
玄関にあるシャワールームで身体を洗い、簡素な部屋着に着替えて、彼女は祖父の居る部屋へと向かった。
花粉症、伝染病の家庭内感染予防が定番化してきてから、玄関にエアカーテンが付き、帰宅直後に浴室で洗浄するのはスタンダードとなっている。
「ただいま帰りました。お祖父様」
『おかえりなさいアリス。ドクターは、既に就寝されております。首尾は?』
帰宅の挨拶に返事をしたのは、リクライニングチェアで寝息をたてている老人に繋がった機械だ。
時間は既に午前1時を回っている。
「万全よブレインズ。では、インストールと改装を頼むわ。私は換装するから」
『お任せを』
彼女は、収集した機械を胸から出すと、テーブルの上に置いた。
部屋の天井から伸びてきたマジックハンドが、それを掴むと、幾つもの配線を繋いでいく。
その作業を見てから、アリシアは別の部屋へと入って行って行った。
服を脱ぎ、棺桶の様な箱に身体を沈めていく。
蓋がされた後、中では頭部から頭蓋骨にも似たユニットが分離され、併設された別の箱へと移動されていく。
この部屋には、その様な箱が幾つも有り、その一部が繋がっているのが見てとれた。
この工場は、広い敷地に多機能な機械や設備が並んでいるが、全てが自動化されており、人間は、祖父を含めた三人だけだ。
現在の業務は、義手などの研究開発と、元人工知能アンドロイドの改修とメンテナンスが主だ。
人工知能を外され、簡易的に汎用コンピューターOSを組み込まれたアンドロイドを、現場の仕様に合わせてカスタマイズプログラムする仕事も受けている。
全身サイボーグは、製造や調整にも多大な費用が掛かり、メンテナンスも大変なので、誰でも可能と言う訳ではない。
アリシアの場合は、会社の後継者と言う必要性と、この様な設備が身近にある為に可能なのだ。
翌朝には、標準装備のボディに入れ換えられたアリシアが、箱から出てきた。
表面加工の蒸気が、彼女の輪郭を歪めている。
「やはり、このボディが安心できるわ」
標準装備のボディは、生命維持に特化しており、生命維持装置も、バッテリーも充実している。
外部接続や頻繁に補給が必要なボディは、生命の危険と隣り合わせなのだ。
シャワーを浴び、再構成された髪をカットして全身乾燥器に入る。
下着を着けて、女性用のビジネススーツに身を包むと、彼女は部屋の中央でポーズを決めた。
鏡などは無いが、部屋の各所にあるカメラとリンクすれば、あらゆる角度からの映像が見れるのだ。
「よし、準備OK!」
身なりを確認したアリシアは、祖父の部屋へと向かった。
「おはようございます、お祖父様」
「おはよう、アリス。昨夜はご苦労様。アリシアの加減はどうだい?」
「アリシア様は御元気です。容態は変わりませんが」
椅子に掛けた祖父のディアスは、少し悲しそうな表情をした。
「そうか。まぁ、元気なら良い」
「現在は新薬の開発にも力を入れさせております。気を落とされませぬ様に」
「そうじゃな」
毎日の事だが、意気消沈した祖父の気を紛らわす為に、彼女は話題を変えた。
「本日は、ククリファームに納品に行って参ります」
「ああ、そうだったな。気を付けて」
祖父に差し出された箱には、これから向かう農場の、アンドロイドに付け替える制御装置が入っていた。
アンドロイドの主要な頭脳は後頭部の一部だけであり、ボディを新調する時に前の物を付け替えられる様に、カートリッジ式の制御装置になっている。
前頭葉側にはボディを動かす為の機体別の
この分離システムのお陰で、人工知能である制御装置のみを取り外し、従来のコンピューター式にする事が容易だったとも言える。
そして、自社アンドロイドの制御装置換装作業も、コミュロイド社の業務の一つだ。
ユーザーの業務内容に合わせてプログラムをカスタマイズした物を届けるのだ。
アリシアは、工場の車庫でワンボックスカーに乗り込み、出発した。
白色の無地な車で、後部座席には何も積んでいないのが透明なガラス越しに見てとれる。
郊外で下手に内部を隠したりすると、食料輸送用と勘違いされて襲われる事もある為だ。
ただ、運転席だけはミラー処理されて見えない様になっている。
特に乗員が一名の場合は、
運転席が見えない場合、助手席の者が重装備でいた場合などはリスクが大きすぎる。
大量の飲食品や、よほどの物でない限り大勢で襲うメリットはないし、武装していた場合の被害を考えれば、襲わないのが無難なのだ。
他には、明確に大企業の関係者ならば、誘拐して企業に身代金を請求する場合もある。
だがしかし、世の中には第三のメリットを持つ者が居る。
それが復讐者だ。
彼等は、敵対者に接触する全てを巻き込む。
企業に対しては、責任者や従業員は勿論、取引先や客にまで毒牙を伸ばす。
恐らくは、工場から出てくる車をツケていたのだろう。
アリシアの運転する車に接近する、数台の車両があった。
「あら?珍しいわね!でも、予想外じゃないわ」
後ろから迫ってきては、後部タイヤに銃撃を始めた。
あいにくと、車体から伸びたパネルがタイヤをガードしている。
次に車を並走させ前輪を狙うが、既に半球形のカバーが競りだしていた。
仕方なく運転席のガラスやドアを撃つが、貫通する気配はない。
「クソッ!カスタムカーかよ」
一見、普通車に見えるが、タイヤやガラス、ボディも防弾処置が施されている。
車体が重くなるので、自動車のバッテリー消費が激しいのが難点だ。
それを補う為にエンジンはトラック用を使用し、後部座席の半分は増設したバッテリーで埋め尽くされている。
銃撃で止められないと見るや、体当たりで道路脇の建物にぶつけようとしたが、一気に加速され、後部のフェンダーに傷を付けるだけに終わってしまった。
襲撃犯がアクセルを踏み込み、アリシアの車の前に出ようとした時に、犯人の車を衝撃が襲った!
頭上からボンネットに何かが撃ち込まれ、ハンドルも利かなくなって、壊れた信号機に突っ込んで止まった。
見れば、他の車も同様に白煙を上げている。
「何が起きたんだ?」
前方には走り去っていくアリシアの車が見えている。
『銃の発砲と、危険行為を認識。こちらはシティポリスだ。車から出て地べたに這いつくばれ!抵抗や逃亡は射殺する』
3メートル近い巨大なドローンが5機ほど、襲撃犯の頭上を旋回していた。
遠隔操作されたもので、パトカーが来るまでの時間稼ぎをするものだ。
現在も日本は銃規制された国家で、許可の無い所持や発砲は犯罪であり、射殺されても文句は言えない。
「畜生!聞いてないぜ。なんで市警が間に合ってるんだよ?」
犯人達にしてみれば、襲撃が有ってから郊外へ警察が来るのには、時間がかかる筈だった。
「内通者か?まさか、あいつ等が裏切ったのか?なんで上手くいかない?」
骨折した足を引き摺りながら車を降り、うつ伏せになった。
逃げようとした数人が、銃の連射音と共に倒れている。
「クソッ!クソッ!クソッ!」
上空のドローンが発するローター音が、事故以後に響く耳鳴りと重なって、不快感が増している。
更に聞こえて来るのは、最寄りのゲートから来るパトカーのサイレンだろうか?
「クソッ!クソッ!なんでロボット野郎とグルなんだよ?俺達は家族の仇を取りたいだけなのに!」
加害者には、加害者なりの理由が有るが、それが必ずしも正当なものとは限らない。
人間には感情があり、それが多くをねじ曲げてしまうのだった。
襲われた、旧市街地を出て、しばらく走れば主要道路に出る。
「あとは、自動運転に任かせられるわね」
都市間を結ぶ主要道路は、整備と警備が充実しており、パトロールもされているので、先の様な待ち伏せは皆無だ。
実際、先ほどの襲撃は衛星写真で不審な車が有ったので、先んじてドローンの手配を依頼していたのだ。
廃れた郊外に不法投棄された車も多いが、毎日の映像を比較すれば目新しい待機車両を割り出せる。
警察には、街中で生き残っている監視カメラに不審な車が多数映っていたと通報したが。
「ありがとう、EOC」
『君に何か有ったら、困るからな』
――――――――――
DELTA デルタ
キリシャ文字の四番目
『三角』の意味で使われる事もある。
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