C チャーリー

 歴史学者であるチャールズ・ヘンダーソンは、かつての人工知能反乱を、一般とは別の見方をしていた。


 一般的には米軍の戦略人工知能が、敵国のアンドロイドを暴走させて戦略を有利に運ぶ、コンピューターウイルスを投入し、それが拡散したものと考えられている。


 人工知能ロボット等の暴走は、従来のロボットや機械のソレより、その状況判断や推論能力の高さから対応が難しく、被害が大きくなったのだ。


 それ故に、ロボットは許可されても人工知能は禁止された。



 だが、彼の見解は違った。


 その拡散状況や時期、収束タイミングなどを見ると、その行動規模は人口密度に比例している様に見えたのだ。


「これは、人工知能が人口爆発を抑制しようとしていたのではないか?」


 実際に、百億を越えた世界人口は70億まで減少し、環境学者の一部には食料危機を免れたと評価する者も居る。


 世界の人口が増えるのに反比例して農耕面積が狭くなるのは、小学生でも分かる理屈なのだが、現代人はソノ現実から目を背け続けてきた。


 作物の遺伝子改良や地質改良で、面積当たりの生産量を増やすのも限界があるのだ。


 だが、死者をだした惨事に対して、自ら以外に原因を求めた世論は、彼の意見を黙殺して異端者として葬った。


 現在の彼は異国で偽名を使い、運送業務の運転手をしている。


「チャーリー、今日の検問は気にいらなったわよね?」

「新人なんて、あんなものですよ。ところで、今日はお母様に御逢いになるんで?」

「いいえ。今日も忙しいらしいわ」


 アリシアの母親は大手企業の社長をしている。


 ただ、彼女の配送と母親の仕事のタイミングは、なかなか合わない。

 実は、両者共に会いたくない理由が存在するのだ。


 だが、彼女が今日向かう最終目的地は、そんな母が居る【コミュロイド社】だ。

 この会社はアリシアの父が立ち上げたサイバネティックスの最大手で、現在は母が経営している。


 既に深夜に近いと言うのに、最盛期の歌舞伎町や渋谷センター街付近を思わせる、華やかな通りを、ゴミ収集車は走る。


 ゲートの内側は、官庁区画と住宅区画以外は、何処もこんな感じだ。

 オフィス街と商業施設が混在している為だ。


 常に雲っていて見ることのできない星に替わって、サーチライトで演出された夜空の星座を眺めている間に、目的地のコミュロイド社へと到着した。


 多忙な母が、商品の搬入出に関わる事は有り得ないので、アリシアは生命維持装置を繋いでいる助手席に座ったままで居る事がほとんどだ。


 全ての業務はチャーリーに任せ、彼女は【車に乗っていた】と言うアリバイ作りの為に居るのだから。


 これは運送業の危機管理の為に、基本的に単独での業務を禁止している為もある。


「おやおやアリシア、バーバラ姉さんには会っていかないのかい?ご無沙汰だろう?」

「あらっ、ジェイソン叔父様?こんばんわ。予備のボディなので表情が出ないのよ。こんな顔を母さんに見せたくはないし、今日も忙しいらしいから」


 母の弟で専務職をしている如月ジェイソンが、なぜか搬入出口に居た。


 恐らくは、アリシアの到着予定に暇な時間があったのだろう。

 正直に言って、姉の脛をかじっているダメ専務だ。


 いつもは、会食と称して遊び回っている。


 今は別居しているアリシアが、将来的に会社を引き継ぐと考えて、時々偶然を装おって話をしてくる事がある。

 自称『姪の後見人』だ。


 勿論、彼女が全身サイボーグなのも知っている。

 生殖能力の無い彼女が寿命を迎えれば、ジェイソンの孫が会社を引き継ぐ為の下準備だというのは、皆が分かっている。


 現社長のバーバラも50歳で、新たな子供は望めないだろう。


 ジェイソンの能力は兎も角、彼の姉であるバーバラも起業時のメンバーなので、比較的妥当な後継者と言えなくはない。


 叔父の言う通り、無理矢理押し掛ければ母に会えない事もないが、それは大人のやる事ではない。


「今度、遊園地にでも行かないか?」

「私は、もう子供じゃあなくってよ、叔父様。それにお祖父様の名代として忙しいし」

「そうか、残念だ」


 全身サイボーグの彼女を食事や海に誘うわけにもいかず、彼の取れる選択肢は限られていた。


 飲食はできるが、社交的な形だけで、味覚がある訳では無いのだ。

 彼女の脳は、一部の感覚を失っており、クローニング医療でどうにかなるものではなくなっていたからだ。


 アリシアにとっては苦手な相手だが、社交辞令くらいはこなさなくてはならない。


 車の横で車の充電作業をしながら、チャーリーが苦笑いをしている。


 次期社長との仲が良いと言う、一応の既成事実をつくる事で満足することにしたジェイソンが、作り笑顔で去っていく。


「ふぅ、早く帰りたいわ」

「お嬢。御疲れですね」

「早くメンテナンスもしたいしね」


 【特別作業】用の装備は、いろいろな面で負荷が掛かるので、彼女としては早めに通常の物に戻したいのだ。


「運転手さん、じゃあ依頼品の積み込み確認を」

「ああ、了解です。いつもありがとうございます」


 ここでの納品が終われば、あとは自宅に帰るだけだが、都市部でしか買えない物資や、工房で必要な機材を手配してもらって車に積み込んでいる。


 こんな事を、大企業に頼めるのも、社長家族の特権と言おうか、職権濫用と言おうか。


 積み込み作業と充電が終わり車に乗り込むチャーリーを、再度エアシャワーが襲う。


 この時代、度重なる世界的伝染病の蔓延の為に、外部と出入りする場所には除菌処理が装備されている。


 各家庭の玄関や施設への出入りは勿論、車の出入りにも標準装備されているのだ。


「ケホッ、ケホッ!吸い込んじゃいましたよ」


 チャーリーが、息を止めるタイミングを逸して、咳き込んでいる。


『赤外線センサー起動、カメラ起動、ナビゲーター位置再確認、衛星通信オンライン』

「じゃあ、帰りますか!」


 車は郊外にあるアリシアの自宅へ向かって、走り出した。


 コミュロイド社を出て、しばらく走った段階でアリシアが、とある事を思い出す。


「あっ、今日の東ゲートって、あいつの日じゃなかったっけ?」

「あいつ?東ゲートって言えば中村主任でしたっけ?そう言われれば確かに」


 アリシア達が帰る方向にあるゲートには【中村】と言うロボット嫌いの警備主任が居る。


 交代制で毎日の事ではないが、特にアリシアを目の敵にしていた。


「あ~あ、最後の最後で憂鬱だわ」

「無視してくるんだから、無視すれば良いんじゃないですか?」


 先のチャールズ・ヘンダーソンの様に、人工知能の反乱は【必要悪】だったと考える者も居れば、この中村主任の様に【完全悪】と考える者も少なくはない。


「家族を殺された者にすればって、気持ちは分かりますよ。でもねぇ」

「自分だけが被害者だと思って、相手の事を全否定するのが傲慢なのよ」


 かつてのコミュロイド社には、人工知能アンドロイド部門があり、母親のバーバラが責任者だった。


 事件的に会社は、アンドロイドをハッキングされた被害者である。

 にも関わらず、人工知能に家族を殺された者達は見えない犯人ではなく、アンドロイドを造ったコミュロイド社に怒りを向けた。

 暴徒は社長である小暮家を襲い、社長で父親のルーディックは死亡。娘のアリシアは脳死の寸前で救出されて全身サイボーグになった。


 東ゲートでの嫌がらせは、単純明快である。

 アリシアを【物】として無視して、ID確認を行わないのだ。


 検問としては、ビデオ画像による顔認証も行っているので、ギリギリセーフの範囲だが、可哀想なのは付き合わされる部下達だろう。


 ID確認をすれば主任に睨まれなじられ、確認しなければ始末書を書かされるのだ。


 アリシアは、我関せずとばかりに微動だにしないでマネキンを演じている。


 中村主任の睨みを完全無視して、アリシア達は東ゲートを抜けて郊外へと抜けていった。




―――――――――

CHARLIE チャーリー

男性名詞の一つ。

南ベトナム解放民族戦線 - いわゆるヴェトコンを意味する、アメリカ軍でのスラング。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る