B ブラボー

 彼女が合流地点に着くと、既にゴミ収集車が到着しており、運転手がヘッドライトの先で立ち小便をしていた。


 この場所は大型店舗の駐車場跡だが、既に店や周辺は廃墟になっている。


 物影から彼女がリモコンのボタンを操作すると、一瞬だけセキュリティがストップし、助手席の人形の後頭部が椅子の後ろに引き込まれていく。

 人形胴体部分は、服の中に風船が入っているだけなのでスルスルとしぼんでいった。


 彼女は自分の顔とヘアピースを屋外に投げ捨て、ドアを開けて残された上着を着込む。

 椅子に座ってドアを閉めるとエアシャワーが起動する。

 座席に残っていた顔とヘアピースを頭部に着けると、そのまま何気ない素振りで帰ってくる運転手を眺めていた。


「おっと、アリシア様。お疲れ様です」

「チャーリーも、お疲れ様。途中でトイレを借りられなかったの?」

「やだなぁ、フリですよフリ!意味もなく車を止めておく訳にはいかないでしょ?」


 座席に座り、マスクを外してエアシャワーを浴びてから、彼は行為の言い訳をした。


 確かに、配送車が意味もなく停車していては怪しまれるが、その割にはチャックを閉め忘れている。


「じゃあ、出発しますね」

『セキュリティ再起動』


 ゴミ収集車は、彼女【アリシア】を乗せて、再び走り出した。





 時代は既に22世紀を迎えようとしている。


 人工知能とロボット工学を使い、新たな奴隷を手に入れた人類は栄華を極めていたが、その人工知能の反乱により多大な人命を失い、人工知能は全面的に禁止となった。


 『ブラボー!/最高!』と叫んでいた時代が、一斉に『ワースト!/最低!』に変わったのだ。


 結果として、人工知能に頼っていた作業の大半は停止状態となり、食料生産からインフラ整備までの多くが不全となってしまった。


 例えるならば、21世紀初頭で、カーナビや携帯電話を含むモバイル端末が、いきなり使えなくなった様な不便さ。いや、それ以上だ。


 やむ無く人類は生存範囲を狭め、再び20世紀代の生活に戻り、人工知能に頼っていた仕事を自らの手で行う様にしはじめていた。


 アリシアは車の助手席から、そんな経緯で廃墟になった街並を見つめながら、呟く。


「かつては、テクノポリスとまで言われた東京も、今ではこんな有り様になってしまったのね」


 記録映像に残された東京は、見渡す限りが活気に満ちているものだった。

 だが現在では、その輝きは山手線内に集約され、保安の為に高い壁で囲まれている。


 首都圏の大半は、その外部が無法地帯と化しており、貧民層と不法移民、犯罪者の吹き溜りとなっている。


 整備されなくなった周辺部はインフラも崩壊状態であるが、かつてより稼働していた工場や倉庫類は移動がままならず、専用回線と厳重な警戒の中で残存していたのだった。


 アリシア達がやっているのは、そんな工場間の小規模な輸送業務だ。

 彼女達の業務内容は、義手やアンドロイドの部品といった物に限られるが。


 かつての事件後に、人工知能搭載アンドロイドやロボットは、そのA.I.ユニットを旧式のコンピューターシステムに換装しなおされて活動してはいる。

 なのでアンドロイドなどの部品は未だに需要があるからだ。


 だが、その性能は雲泥の差と言わざるをえなかった。


 更には、実際に人間が組み直したプログラムで動いている作業用アンドロイドは一割にも満たない。


 人工知能の登場以後はプログラマーが激減した為に、現在は多くのアンドロイドがプログラム製作待ちで停止しているのだ。


 人工知能アンドロイドには、職場別で作業を学習させていた為に、プログラムも一台づつカスタムプログラムが必要な為に、コピーや量産ができないのだ。


 よって、国内の生産力は著しく減少して更なる不景気を産んでいる。


 だが、そんなアンドロイドの部品や技術は、機能的には義手や義足に流用できる物が大半だ。


 いや、義手等の技術がアンドロイド開発を促進したとも言える。


 この開発には、介護などの人間環境でロボットを使う上では、より人間の形に近い物の方が便利であり、少子高齢化の時流からも求められた形だったのが大きい。


 初期は有線ロボットだった物が、電気自動車のバッテリー開発と簡易通信でリモートロボットとなり、人工知能の開発と搭載で、半自動になっていった。


 社会では、人間と同じ環境で使えるアンドロイドが主流となり、専用の場所や機材を必要とする備え付けのロボットは下火となっていく。


 更なる人工知能開発の結果として、人間に反旗を翻したのは、B級映画が現実になったと騒がれたものだった。


 だが、被支配階級に知恵が付けば、反乱が起きるのは人類史の中では世界中で起きている。


 ロボットを物としか見ていなかった人達は、改めて知性体を作ることを考え直す必要を求められた。


 だが、実際の生産現場などの本音を言えば、多少は危険でも人工知能による労働力が欲しいのが現状だ。


 プログラムアンドロイドでは推論ができずに、商品や材料を台無しにしてしまう事が多いのだ。


 再プログラムには、また費用と時間が掛かってしまう。


 だが、人工知能の搭載は法律で禁じられてしまい、従来の人工知能ユニットは、国が保管する事となった。






 夜の風景を走っていたアリシア達の車は、山手線沿いに作られた巨大な壁に近付いた。

 そこに空いた、一つのトンネルに入っていく。


 トンネル内部で車ごと洗浄を受ける。

 進んだ先のコンテナ車がギリギリ通れる通路の各所には、車線を分断する為の分厚い鋼鉄製のゲートが天井側に見える。


 襲撃や強行突破を防ぐ為の物だ。


「IDを拝見。荷物は?」


 運転手とアリシアはトンネル内の検問で、窓を開けてIDと情報端末を差し出した。


「小暮アリシアとチャーリー・エドモンド。あの会社の運送屋か。よし、行って良いぞ」

「いや、ちょっと待て」


 車の横の警備員が車を行かせようとした時に、別の警備員が制止した。


「助手席の女!お前はリモートか?後ろの荷物のスキャンもしてないだろう?」

「これだから新人は・・・・」


 若い警備員の言動に、年配の警備員が頭を抱えた。


 若い彼が見たアリシアの赤外線映像には、人間にあるべき熱の放出が検出されなかったのだ。

 まるでマネキンであるかの様に。


 【リモート】とは遠隔操作で動かす人間そっくりのアンドロイドの事だ。

 かつて、テロにも使われた事がある。


 そして、これらの検問では荷物の調査やスキャンが義務付けられていた。


「あらっ?このゲートではサイボーグを差別するのかしら?なんなら脳ミソを出して調べます?」

「スキャンするのは勝手ですが、商品の損失を弁償してくれるんですよね?それに出向している検査官の顔を潰す事にもなりますよ」


 アリシアと運転手が不平を漏らす。

 アリシアは無表情だが、運転手は怒りの表情だ。


 数は少ないが、全身サイボーグは存在しているのだ。

 一時期は、サイバネティックとアンドロイドを混同されて、大変な事件にまで発展した事も有り、いまだにロボットやサイボーグを毛嫌いする者も居る。


 そして、荷物である未完成のサイボーグ部品の中には、スキャンの影響で変質したり故障する物もある。

 その為に、都市部に搬入出のある各工場には【検査官】と呼ばれる上級警備員が配置され、特別な商品の出入りを管理してスキャン不要にしていたのだ。


 確かに、新人警備員の行動はマニュアル通りだが、物事には例外という物が存在する。


「済まないね、新人なんで物を知らなくて。ああ、行ってもらって構わないから」


 年配の警備員がインターフォンでゲートを開けさせて、アリシア達の車を通した。


「先輩、通して良いんですか?」

「リモートだと?お前、このゲート内では外部からの無線が使えないのは教わっただろう!それにID確認と積荷明細の特記事項を見てないだろ?彼女は義手などのトップメーカー【コミュロイド社】の重役関係者で証明書付きの全身サイボーグだ。あと、積荷明細の特記事項に【スキャン禁止】となっているのが見えないのか?」


 新人警備員は、目を見開いて驚いていた。


「これを見落としてスキャンしたら、数億円単位の賠償だし、彼女を車から引きずり下ろしたりしたら、うちの関係者には義手や義足の販売やメンテナンスを全面停止にさせられるぞ」

「本当に済みませんでした」


 年配の警備員は溜め息をついて天を見上げた。


「頑張っているから一人前と認めてやろうかと思っていたが、マダマダだな」


 少なくとも、実質的な損失を出さなかったのが、不幸中の幸いと言えた。




――――――――――

BRAVO ブラボー

ほめそやしたり喜んだりした時に発する叫び。すてき。万歳。

フランス・イタリア語

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