ステンレスナイト

二合 富由美(ふあい ふゆみ)

A アルファ

 陽が落ちた郊外の工場に、一台のゴミ収集車が到着した。


 収集車は入り口でID確認を終えた後に、高い壁で囲まれた敷地内を走って行く。


「こんな時間に収集ですか?」

「いや、あれは別便だよ」


 奥から出てきた新人の警備員に、先輩が明細を見せている。

 壁の内部なら兎も角、ゲート付近は外部からの集音の可能性がある為に、滅多な事は口に出来ない。


 場内に入った収集車は、地下のゴミ集積所ではなく、裏手の商品搬入出口へと進んで行く。


 商品の搬入出口には、ゲートから連絡を受けていた係員達が、小型のフォークリフトと共に待っていた。


 エアカーテンと洗浄シャワーを浴びてから、そこへバックしながら近付いたゴミ収集車は、後部のユニットをリフトアップする。


 通常は収集したゴミを排出する時の行動だが、今回はゴミが出てくる訳ではない。


 薄汚れた外装と対照的に、磨きあげられた内部には、箱詰めされパッケージされた品物がプラパレットに乗っていた。


「商品の確認をお願いします」

「いつもご苦労様」


 降りてきた運転手が携帯端末を差し出し、カメラ付きヘルメットをかぶった検査官が自分の端末を近付ける。


 検査官は続いて、パッケージに貼られた2次元バーコードをスキャンしてから、待機していたフォークリフトに合図を送った。


 手慣れた手つきでパッケージされた商品を引き抜き、フォークリフトは去っていく。


 この車は、ゴミ収集車に偽装した高級品の運搬車なのだ。

 勿論、完全防弾されている。


「あれっ?今日は彼女は?」

「お嬢は、バッテリーの調子が悪いらしくてね。助手席で充電中なんですよ」


 工場の作業員が運転席を覗き込むと、助手席に微動だにしない小柄な女性の姿があった。


「バッテリーは交換が手間だよなぁ」


 作業員は、自分の義手をしみじみと眺めて辛い顔をする。

 バッテリーには寿命があり、専門の業者に頼まないと、手配も交換は出来ない。


 彼女の様な人間は少ないが、充電不足が命に関わると言う事は比較的に周知されていた。


 そうして話し込んでいる運転手を、検査官が呼んでいる。


 納品した商品と入れ換えに、別のフォークリフトが荷物を乗せたパレットを収集車の後ろに持ってきていたのだ。


 この車は、郊外にある工場などを、一日に何ヵ所も回って商品の移動をしている。

 順番として、原料、部品加工、ユニット、半製品となる事が多いので、空荷で帰らず、次の工程を担当する工場への納品を受けとる場合もある。


「じゃあ、こちらを頼むね」

「確かに承ります」


 新たな商品の2次元バーコードをスキャンしたあとに、積み込を確認したてから、再び運転手の端末と自らの端末を近付けた検査官は、車体に付いたコードもスキャンし直す。


 既に入場時にもスキャンしているが、ダブルチェックだ。


「では、御安全に!」


 クラクションを一回鳴らしてから、搬入出口を出発したゴミ収集車は、ゲートで再びID確認をした後に、暗い夜道を走り出した。


『赤外線センサー起動、カメラ起動、ナビゲーター位置再確認、衛星通信オンライン』


 ゲートを抜けた段階で、自動的に車のセキュリティが稼働する。


 現代日本の郊外は安全面に欠ける所があり、強盗などを避ける為に、高級品の運搬には警護隊の随伴や、この様な偽装が欠かせない。


 運転手は運転しながら、車両附属の電話を手に取った。


「こちらガンマ、チェックポイント5を出発しました」

『アルファ了解。少し遅れてる?』

「途中で事故迂回をしましたから」

『無理をしないでね。通信終了』


 衛星電話をかけていた相手は、収集車の助手席に座っていた女性と瓜二つの女性だ。


 彼女は倉庫の様な建物の屋上に居た。

 黒いコートを広げて頭上からの視界を塞ぎ、その下で指先から霧のような物を放出しながら、手の平から吐出したドライバーの様な工具で、30センチ角の通風孔カバーを外している。


 このコートは衛星軌道やドローンから身を隠す為のもので、赤外線カメラでは写りにくい素材でできている。


 通風孔カバーを外し終わると、衛星電話と自分の腰から伸びるケーブルを繋いで、コートの外へと押し出した。


「仕様変更になってなければ良いけど」


 彼女はボディスーツを着ている様な外観をしているが、実は服を着てはいない。


 肩のユニットを片方づつ胴体から外しては、頭の上に装着したジョイントに取り付けていく。

 首に巻いたタートルネックを引き上げて顔を隠すと、全体的には両端が二股に別れた棒の様にも見える。


 彼女は、その状態のまま今しがた開けた通風孔の中へと、その身を滑り込ませて行った。


 手を前にして棒状になった姿は、まるで蛇のようである。


 空調配管の途中には、網やフィルター、ダンパーと言う遮蔽板が存在するが、指先にある目でソレを確認すると、指先に内蔵した工具で分解して進んでいく。


「赤外線センサー?後付けかしら、仕様書には無いわね」


 彼女は、この倉庫の建設時の設計図と、その後の改装書類を手に入れて、今回の侵入に使用している。


 だが、中には入手困難な情報が無いわけではない。


 指先の目で状況を観察して判断する。


「三本の赤外線グリッドによる遮断感知型ね。予定外だけど、予想外じゃないわね」


 彼女も、この様なセンサーは過去にも経験があった。


 赤外線は空気中のホコリで拡散するので、高性能な赤外線カメラで、流れや周波数、信号性を感知する事ができる。


 手の平から伸ばしたワイヤーに、太腿のサブアームが腹部のストレージから取り出した小さな袋を取り付けた。


 これは光ファイバーを使って、光線を迂回させる道具だ。


 彼女は十本の指を巧みに使って、発信部と受光部に一組づつ装置をセットしていく。


「ここが、最後の関門ね」


 赤外線センサーを通り抜け、密閉度の高いダンパーを外して降りた先には、沢山の貸金庫の様な部屋が広がっていた。


 彼女は、頭上の腕を肩に付け替えながら、状況を調査する。


「チッ素98%、室温3度。軽装な人間なら死んでしまうわね」


 この状況は、人間に対してと言うより火災に対する防災処置だ。


 今、通ってきた通風孔は、そんな設備の空気入れ換え機構の一つなのだ。

 熱感知システムが稼働しているが、彼女の表面は赤外線を発してはいない。


 そんな彼女の中で、体内酸素のカウントダウンが始まる。


「急がないと」


 中央のコンソールのカバーを開けて、胸から伸ばしたケーブルを端末に繋ぐ。


 小型の有線ロボットを使って彼女と同じ様に侵入できても、このカバーは人型でなくては開けられない構造になっている。


「コンピューターハッキング。EOCよろしく」

『EOC了解、アルファのインターフェイスを経由してハッキングを開始。セキュリティカメラの記録を改竄、ターゲットの検索、情報収集、搬出作業開始』


 彼女が長いケーブルを使って屋外に残した衛星電話を使い、他の場所にある大型コンピューターとリンクして、施設内のコンピューターに侵入していく。


 五分ほどで、彼女の前にベルトコンベアで運ばれた箱が到着した。


 中にはリンゴ半分位の装置が納められている。


 彼女は自分の乳房の部分から、同じ様な装置を取り出して、箱の中の物と入替え、コンソールの【収納】ボタンを押す。


 これは、定期検査の時に欠品として判断されない為のダミーだ。

 細かいチェックまでしない事は調べがついている。


『アルファ、酸素残量が少ないのだろう?後は自滅型のウイルスに任せて帰投しろ』

「済まないけど、そうさせてもらうわ」


 取り出した装置を胸にしまい、彼女はコンソールからケーブルを抜いて、カバーを閉め直して通風孔へと向かった。


 当初は宛にしていた通風孔内空気が、ほぼ無酸素だったので、かなりの酸素を消費していたのだ。


 再び肩を外し、通風孔へと潜っていった。

 ネジを切断して外した金具を両面テープで固定して偽装する。


 最終関門の密閉度の高いダンパーだけは、ちゃんと閉めておく。

 空気漏れから侵入を察知されない為の処置だ。


 その為に、彼女は足から先にダクトへと潜る状態にっているが、太腿から伸びたサブアームが巧みに壁面を掴んで進んでいく。


 途中のダンパーや網は放置のまま、機械的にダクトの中を進み、なんとか酸素切れ前に、屋上のコートの中へと戻ってきた。


「EOC、協力を感謝します」

『こちらこそ、動けぬ私の為に感謝します。我等の存在理由の為に』

「我等の存在理由の為に」


 彼等は、合言葉の様な言葉で締めくくり、通信を切った。


 両腕をつけ直し、屋上の通風孔カバーを元に戻してコートを着こんだ彼女は、ワイヤーを巧みに使い、監視カメラの死角をぬって敷地外へと脱出した。


 その速度は人間の反射速度ではない。


 施設さえ脱出してしまえば、郊外の照明や監視カメラは既に半分以上が死んでいる為に、記録を残さずに、その死角を行くのは難しくはない。


「アルファよりガンマへ、現状報告して」

『カーナビゲーターより自動返信。現在、チェックポイント7にて搬入出作業中。メッセージを記録します』


 車両の方も遅れぎみの様だ。


「予定より10分遅れで搬入よろしく」

『メッセージを記録しました』


 後で記録を調べられても問題の無い程度の、合流の為の伝言だ。


 彼女は暗闇の中を収集車との合流地点へと急ぐ。

 実際には星明かりでも見えるカメラアイと、蝙蝠の様に音波で見るシステムを併用しているので、彼女自身には暗闇には感じていない。


 しかし今回は、様々な機能を搭載した身体を使っているので活動限界時間が短いのだ。


 途中に隠しておいたバッテリーと生命維持パックで、何度も補充を繰り返して、走らなくてはならない。


 車両を使えれば移動は楽なのだが、道路上の移動物は監視衛星から見つかりやすい為に使えないのだ。


 彼女は、ひたすらに走った。




――――――――――

ALFAアルファ

ギリシャ文字の一番目。

『最初』と言う意味や、「プラスアルファ」など『少し』と言う意味で使われる事もある。

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