第101話 黒色火薬


 俺がこの世界に転生してきて、元の世界の知識を使い様々な物を作ってきた。それは唐揚げだったりケーキや発酵パンなどの食べ物から始まり、リバーシやトランプなどの遊具、そして武器である日本刀の知識をこの異世界で広めてきた。


 だがこの異世界で元の世界の知識を使う際にひとつだけ意識したことがある。それは元の世界の拳銃のような殺戮兵器の知識だけは広めないようにすることだ。ただでさえ物騒なこの世界で盗賊や暗殺者などが銃を持った後にすることなど考えたくもない。


 日本刀についても武器の知識となるが、刀や剣に関してはいかに切れ味が鋭くとも、基本的には元々この世界にあった武器の延長線でしかない。だが拳銃や地雷、ミサイルなどの兵器に関してはこの世界では明らかに異物だ。


 ではなぜそんな殺戮兵器の要である黒色火薬を使った大砲という武器がここにあるのかというと、秘密が漏れることのないよう秘密裏に俺自身が一人で作成していたからだ。


 さすがにエレナお嬢様とアルゼさんにだけは特殊な武器を作成したいということだけは伝えているが、製法に関しては2人に対しても秘密だ。かなり前から屋敷の片隅に小さいが頑丈なコンテナのような部屋を用意し、そこで一人でコツコツと開発を続けていた。


 製法に関しても絶対に書物などには残さず、すべて頭の中でまとめている。これならそのコンテナの部屋の中を見られたとしても、そう簡単に火薬の製法に辿り着けはしない筈だ。


 火薬の材料は硫黄、硝酸カリウム、木炭である。硫黄に関しては鉱山などで取られた物が街で二束三文で売られていた。この世界では畑の虫除けくらいにしか使われていないらしい。そもそも火薬を作ろうと思ったのも市場で硫黄が安値で売られているのを見つけたからだ。


 次に硝酸カリウム、これは水にすぐに溶けてしまう硝酸が、雨で流されないような屋根などがある軒下の土を水で溶いて更に灰汁を加える。その上澄み液をひたすら煮詰めていって残った物が硝酸カリウムとなる。


 そして出来上がった硫黄、硝酸カリウム、木炭を一定の割合で配合してひたすら細かく砕いていく。この配合作業がものすごく神経を使った。なにせ爆発の危険性があるのだ。当然火花などが発生しないように作業場に金属製のものは一切置かず、硬化魔法をかけて身体を限界まで硬くし、少量ずつ丁寧に作業を行った。


 もう作業中は常に心臓がバックバクで、一番最初にやる時なんかはリアルに手がプルプル震えていた。だが開発に長い時間をかけ、手間もかなりかけただけあって、俺一人で作ったにも関わらず実用レベルで使用ができるようになった。


 こうして出来上がった火薬をローニーに工場で作ってもらった金属の筒に入れ、砲弾を込めて蓋をしてある。次に撃つことは考えない、単発式の大砲の完成である。




「ドラゴンは相変わらず空中に留まっている。これなら十分狙えそうだ」


 ドラゴンは相変わらずニアさん達を狙い続けている。ニアさん達も槍や石などを投擲しているが、ドラゴンが羽ばたきをすることにより、その風圧でドラゴンの身体までは届かない。やはり空を飛べると言うだけで戦闘においては破格のアドバンテージだ。


「ものすごい音がするからここから少し離れていてくれ。あとアガヤさん、火魔法で火種をください」


「ああ、わかった」


 火魔法で木の枝に火をつけてもらいローラン様達には離れてもらう。この大砲の下の方には火縄銃のように火薬へ引火させる小さな穴がある。蓋を開けてここに火種を突っ込むことにより、火薬が爆発して砲弾が発射される。


「大地より生まれたる力よ、我に堅牢な守りを与えたまえ、プロテクト!」


 硬化魔法を使って俺の身体と金属の筒、砲弾を硬くする。この金属の筒はそれだけでは火薬の爆発に耐えられないほどの量が詰めてある。硬化魔法で強化しないと暴発する仕組みで、単純に威力も向上する。


 耳に詰め物をして爆発音から耳を守り、ドラゴンに狙いを定める。狙いはその胸、例え狙いが多少ずれたとしてもダメージは与えられるはずだ。もちろん何度も試しに撃ってはいるが、空中にいる敵を狙うのは初めてになる。こちらの弾数はたったの1発。さすがに1m程もある金属の筒を何本も持ってくるわけにはいかなかったからな。


 一発限りの大勝負!これを外したらこちらにはもう攻撃手段がない。


 落ち着け、大丈夫だ。砲弾もでかいし、的であるドラゴンもかなり巨大だ。しっかりと狙って撃てば絶対に当たるはずだ。


「ふう〜、はあ〜」


 深く息を吸い込み、深く息を吐く。


「いっけえええええええ!!」


 火種を大砲の筒に突っ込む。それと同時に巨大な爆発音が発生した。



 ズガガガーン



「GYAAAAAAA」


 そして俺が撃った大砲の弾は見事に……


「外しちまったああああ!」


 ドラゴンは未だに空中に留まっている。ということは俺が撃った大砲の弾は見事に外れてしまったに違いない。


 あんだけいろいろと準備をしたり、勿体ぶっていたのにこの一発勝負で、ものの見事に外しちまった!本当にすみません、あとで土下座でも何でもします!


「……いや、ドラゴンの高度が落ちてきておる」


「へっ?」


 ローラン様の言う通り、確かにゆっくりとだがドラゴンの高度が下がってきている。俺の撃った砲弾は外れてしまったのに何故だ?


「よく見るのじゃ、やつの右翼に大きな穴が空いておる!ユウキの撃ったものは当たっておるぞ!」


 えっ、マジで!?


 ……本当だ、よく見てみるとドラゴンの翼には先程までにはなかったはずの砲弾の大きさ程の穴が空いていた。


 しかしあんな小さな穴がひとつ翼に空いたくらいで飛べなくなるものなのか?いや、そもそもあんな巨大な身体があんな小さな翼で飛んでいる原理がわからなかったから、小さな穴ひとつで飛べなくなる理由もわからなくて当然か。


「でかしたぞ!飛べなくなったドラゴンなら妾達でもなんとかなるかもしれん!」


「よっ、よし!計画通り!」


 実は翼を狙っていたんだよな、うん。どこかの死神のノートを持った主人公ばりにニヤリと笑う。


「さっき思いっきり外したと叫んでおったではないか……」

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