第99話 ドラゴンブレス


 ドラゴン、龍、ドレイク。元の世界では空想上の生き物でもあるにも関わらず、世界中でその姿が言い伝えなどで残されている伝説の生き物だ。


 それが今、現実に俺の前にいる。ワイバーンの大きさは2m前後だがこのドラゴンの大きさはゆうにその7〜8倍の15m前後。どういう原理で飛んでいるのわからないが、バッサバッサとその大きな翼を広げ前後させて宙に浮いている。全身は美しい黒色の鱗に覆われており、頭には2本の大きな角がある。


 そりゃワイバーンがいるなら普通のドラゴンがいてもおかしくはないが、いくらなんでもいきなりすぎる!


「GRUUUU」


 黒いドラゴンが宙に浮きながらこちらを睨んでいる。誰も動くことができない。蛇に睨まれた蛙のように、圧倒的な存在と対峙した時、人は本当に身動きひとつできなくなるということを初めて知った。


「総員撤退!!空から狙われないよう森の中に逃げ込むんだ!」


 ニアさんの声でハッとし正気を取り戻す。くそ、完全に動けなくなっていた。確かにここは一旦引くしかない。こんな見晴らしの良い平地では空からの攻撃を防ぐ手立てがない。村の柵を強化したが空から襲ってくるドラゴンにはまったく意味などない。


 スウウゥゥゥゥ


 ドラゴンが息を吸い込む動作をする。おいちょっと待て!まさか……


「ブレスが来る!早く動け、死ぬぞ!」


 ニアさんが叫ぶ。やばい、俺は身体強化魔法をかけていたからすぐに避難できるが、他の人達はそうはいかない。くそ、一か八かこの刀でドラゴンのブレスを切れるか試してみるか?いや、初見では無理だし、そもそもブレスが切れるかどうかもわからない。


「アルシールド!」


「GYAAAAAAA!」


 火炎放射器のような炎の海が俺達の目の前に迫ってくる。だがその炎はギリギリのところで障壁により俺達からそれていき、村の柵と一軒の家を一瞬で燃やし尽くした。


「うう、なんで威力、そらすだけで精一杯です!」


「エレノア、よくやった!みな、今のうちに森の中へ!ここにいては良い的じゃ!」


 ローラン様が叫ぶ。エレノアさんの障壁魔法でなんとかブレスをそらすことに成功したらしい。危なかった、あれはこの刀でもおそらく切れるものではない。くそ、俺も障壁魔法を使えればいいんだが、あれは属性魔法が使えないと駄目なんだ。


「動けるものは動けないものを手伝い、森の中を通って森の入り口に集まれ!そこから周りの村に避難を呼びかけながら街を目指し、なんとしてもドラゴンが現れたことを伝えるのじゃ!妾達でしばらくの間ドラゴンを引きつけるぞ!」


「「「はっ!」」」


 こんな状況でも冷静に指示を出すローラン様。そうだ、今は怯えている場合ではない。まだ動けない村の人達が大勢いる。


 強化されたスピードでドラゴンを見て動けなくなってなった人達を森の中へ運ぶ。丁寧に運ぶ余裕なんかなかったから適当に抱き抱えて運んだ。ありがたいことにドラゴンはブレスを吐いた後は空に留まり降りてこない。何度もブレスは吐けないのか、こちらを警戒してかは分からないがとにかく助かった。


 ルーさん達と村の人達を全員森の中へ連れて行き、ローラン様と合流する。何も持たないまま森の中を歩き、街を目指すのはかなり危険だが、あのドラゴンの側にいる方が何千倍も危険だ。


「なんなんだよ、あのドラゴンは!」


 変異種の時はその大きさに驚いたが、こちらへの敵意がなかったためそれほど恐ろしくはなかった。だが、あれはやばい!圧倒的な力で、しかもそれをこちら側に向けてきている。


「ドラゴンなんぞこの付近で現れたのは下手をしたら数百年ぶりじゃぞ。妾もまさか生きてこの目でドラゴンを見られるなんて思わんかったのう。


 ワイバーン達が奥の山ではなくこの辺りに巣を作っていた理由がこれではっきりした。ドラゴンは奥の山のほうから飛んできておったし、奥の山のあたりがドラゴンの縄張りとなっているのじゃろう。


 想像じゃが、近くに巣を作っていた同種族であるワイバーンが倒されているのを見てこちらの方に様子を見にやってきたといったところかのう」


 数百年ぶりか。どうやらこの世界のドラゴンは変異種よりもレアらしい。そりゃあんなでかくて炎を吐くようなやつが頻繁に現れたら人類は一瞬で全滅するぞ。


「ローラン様、これからいかがいたしましょう?正直に申し上げて、あれの相手は今の我々には手に余るかと。ワイバーンよりもはるかに高い位置より降りてきません。魔法で撃ち落としたいところですが、アガヤの魔力は今は切れております」


「例え魔力が回復したとしてもあれを撃ち落とせる気はしませんよ」


 魔法を使えるアガヤさんがそういうのも無理はない。俺も身体能力強化魔法で強化した力で投擲をしても、あのドラゴンを撃ち落とせる気なんてまったくしない。しかもアガヤさんが使える魔法は火属性魔法だからな。ワイバーンには十分効いたが、あんな炎の海のようなブレスを吐くドラゴンに通用するとはあまり思えない。


「……う〜む、そもそもドラゴンを倒すにはあの変異種を討伐するのと同程度の戦力が必要じゃ。いや、戦力というよりも、空からドラゴンを撃ち落とす手段が必要じゃな。さすがにあんな高いところからブレスをずっと吐かれたら手も足もでんわ」


 確かに戦う以前にどうやって地上に撃ち落としたらいいのかがわからない。こういう時にシェアル師匠がいればなあ。あの人なら多分とんでもない規模の魔法でドラゴンでも撃ち落とせる気がする。


「残念じゃが村は放棄するしかないのう。村の住民達が森の入り口に到着するまでの時間をここで稼ぎ、妾達も逃げるとしよう。幸いそこまで妾達に興味があるというわけでもなさそうじゃからな」


 ドラゴンからしたら俺達はそこらにいる虫とかと同じ感覚なのかもしれない。そこいらにいたからとりあえずブレス吐いてみよう的な。同種族の仇を取るため怒り狂って暴れ回るとかよりは全然マシだけどな。


「街に戻り次第国に報告し、ドラゴンの討伐部隊を編成してもらうべきじゃな。あんなものが存在しているだけでこの付近の村や街の住民は安心して眠ることもできん。


 妾とラウルとアガヤとユウキ以外は草原でやつの相手じゃ。ただし、少しでも危険だと判断したらすぐに森に引いてそのまま逃げるぞ。この村の者には悪いが、妾達の命の方が大事じゃ」


「「「はっ!」」」


 そりゃあんなヤバイやつが街の近くにいると思うだけで安心できない。あいつがどれくらいの速さで飛べるか分からないが、下手したらここからたった1日で街まで来る可能性もある。そして街を囲っている高い壁もあのドラゴン相手には全く意味を成さないだろう。


「エレノア、先程の障壁はあと何回張れるのじゃ?」


「感覚的にはあと3回ほどはいけそうです。ただ先程の以上の威力ですと防げるかは自信ありません」


「私の防具は耐火処理が施されているので、エレノアは私の後ろへ。他の者もエレノアを最優先で守るように」


「「「はっ!」」」


「ドラゴンのブレスを3回塞いだら撤退じゃな。ドラゴンがブレスを吐かなくとも、30分から1時間ほど耐えたら撤退するぞ」


「「「はっ!」」」


「こちらからは手も足も出ないのが辛いのう。せめてもう少し高度さえ落ちてくれればやりようはあるのじゃがな」


 確かにあの高さはかなり厳しい。強化した身体能力で全力で投擲したとしても大したダメージは与えられないだろう。だが……


「ローラン様」


「なんじゃユウキ。悪いが今はお前の我儘に付き合っておる暇はない。お前も戦闘に加わりたいのかもしれんが今は大人しくしておれ」


 前に一度討伐部隊に参加したいと我儘を言ってしまったからな。だが今回はそうじゃない。


「もしかしたらあのドラゴンに攻撃する手段があるかもしれない」

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