第92話 小さな村の歓迎
「ふう、なんとか日が暮れる前に到着したようじゃな」
どうやらギリギリ日が暮れる前に目的地の村に着いたようだ。すでに日は暮れかけ、鮮やかなオレンジ色の夕日が地平線の彼方へ落ちていくところだった。このあたりは建物など全くないから地平線の先までよく見えていた。
「すでに連絡がいっておりますので、我々が本日到着することは向こうも知っているはずです」
用心のため、村が見えたあたりで全員馬車から降りて村へ入る準備をする。ありえないとは思うが、村が魔物や盗賊に占拠されているという可能性もゼロではないからな。
「おおっ!領主様が到着なされたぞ!」
「あれがフローレン様か!なんて美しさだ、噂は本当だったのか」
「こんな辺鄙な村に領主様が自ら来てくれるなんてねえ!」
そんな心配ごとが起きることなく、村にいる人達が総出で歓迎してくれた。
「大変お待たせしましたわ。申し訳ございません、途中で魔物の群れに襲われまして到着が遅くなってしまいました」
相変わらずローラン様は猫をかぶってのご登場だ。確かにあの状態なら儚げで美しい御令嬢に見えるな。
「これはフローレン様、とんでもないです!ご無事で何よりです。この度はこんな何もない村にまでお越しいただきましてありがとうございます。私はこの村の村長をしておりますロウデと申します」
「ご丁寧にありがとうございます、ロウデさん。明日すぐに出てしまいますので、どうぞあまりお気遣いなさらずに」
「はい、なんでもこの先にいるワイバーンの群れを退治してくださると伺っております。朝までですが、どうぞゆっくりと休んでいってください。そして村の方でもご馳走を用意しましたので、ぜひとも楽しんでいってください」
「ええ、感謝いたしますわ」
どうやら王都の街の領主様が自分達の村によってくれたことで住民は大歓迎らしい。ご馳走というのは期待してしまうな。
その後は村長のロンデさんの案内で木でできた住居2軒に案内してもらい、馬車と荷物を置かせてもらった。街ではレンガや石造りの家が多かったが、ここでは木造の家がほとんどであった。
荷物を置いたあと、村の中央で大きなキャンプファイヤーのような火を村の住民で囲む。そしてその真ん中に歓迎されているフローレン家御一行様が座る。
「それでは我らが村に足を運んでくださいました領主様であるフローレン様、どうぞ乾杯の挨拶をお願い致します」
「はい。この度は妾達のために歓迎の宴を開いていただきありがとうございます。妾が領主となってからまだ一度もこの村に来れずに申し訳ありません。妾もようやく時間が取れるようになりましたので、これからはもう少し頻繁に寄らせていただきたいと思います」
「「「おおー!」」」
「それでは今後ともよろしくお願いします。この村の発展を願いまして、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
各々が持つコップを掲げて乾杯をする。乾杯の仕方は元の世界と一緒だ。
俺もコップを掲げた後に飲み物を飲む。馬車に乗っているだけとはいえ、長い道のりだったためかなり疲れている。そんな中、この甘いジュースが喉を潤し疲れを癒やしてくれる。
「ああ〜美味しい!これは何かの果物の果汁ですか?」
「はい、この村の近くで取れるドウブの果汁ですよ」
なるほど、この村で取れる果物の果汁か。街では味わったことのない果物で、しかもなかなか甘味が強くてケーキや果実酒にも使えそうだ。ふむ、街からそれほど遠いわけでもないし、定期的に仕入れるのもありかもしれないな。とりあえず帰りもこの村に寄るだろうし、屋敷のみんなへのお土産にいいかもしれない。
「ずっとただの水しか飲んでなかったからより美味しく感じますね」
「ええ、この分だと料理の方も期待できますね」
隣に座っているエレノアさんも美味しそうにドウブのジュースを飲んでいる。
「さあさあ、馬車での移動中の黒パンや干し肉じゃ寂しかったでしょう。うちの村の近くで取れた肉や野菜を料理したのよ。たくさん召し上がれ」
「ありがとうございます」
目の前に料理が運ばれてきた。豪勢な肉の丸焼きや炒め物、スープ、パンなどが所狭しと並んでいる。どうやら自分自身で好きなものを皿に取って食べるようだ。さすがにローラン様の分はリーダーのニアさんが取って毒見をしてから食べるようだ。
それじゃあ俺もいただくとしよう。いろいろな料理を皿にのせてきた。
「いただきます」
それじゃあまずはこの肉からだ。
「うん、美味しい」
シンプルに塩のみの味付けだが、その分肉の旨味がしっかりと伝わってくる。やはりこの世界の肉は元の世界の肉よりもうまい気がする。
それじゃあ次は肉と野菜の炒め物をいただこう。これは何種類かあったから少量ずつ取ってきた。
「………………」
よし、次はスープだな。スープも2種類あったから両方とも取ってきた。
「………………」
うん、えっと、なんで言っていいのかわからないが普通の味だ。というかサリア達の村に行ったときも思っていたが、村で食べる料理の味付けは塩味しかないんだよな。
この世界では胡椒はそこそこ高価なものだし、醤油や味噌も手に入りづらい。味付けが塩だけになってしまうのもしょうがないと言えばしょうがないのか。
そしてパンも酵母を使っていない硬いパンだ。街の方では今ではほとんどの店が酵母を使ったパンのレシピを買って柔らかいパンを使っているが、この村ではまだ酵母を使ったパンを作っていないようだ。
屋敷での食事に慣れてしまった俺にとってはちょっと物足りない気がする。いや、肉は美味しいし、なによりこの村の人達は俺達を歓迎して貴重な食料を振舞ってくれているんだからそんなことを思うのは失礼だな、うん。
「いかがですか、フローレン様。料理は楽しんでいただけけておりますか?」
「えっ、ええもちろんです!お肉もお野菜もとても美味しいですし、特にこの果物の果汁が美味しいですわ」
うん、肉や野菜、果物自体はとっても美味しいよね。料理が美味しいとは言ってないけど。
「はっはっは、そうでしょう!馬車の中での食事はどうしても味気ないものになってしまいますからね。楽しんでいただけて何よりです」
「そっ、そうですわね。とても感謝しておりますわ」
「それはよかったです。ささ、いくらでも食べてください。まだまだ料理はありますからね」
「えっ、ええ。とはいえ妾は少食ですので程々にいただきますわ」
嘘つけ!昨日一昨日と散々おかわりしていただろうが。
「おっと、これは失礼しました。それにしてもこの村の領主が貴方様に代わってから、不正を働いていた代官を処罰していただき、税率も下げていただきましてこの村の生活もだいぶ豊かになりました。村の者全員、フローレン家に多大な感謝をしております」
「いえ、当然のことですわ。税率に関してもこの付近の村と比べて明らかに高額すぎました。むしろこれまでが国の怠慢にて厳しい生活を強いてしまい、誠に申し訳ございません」
「とんでもございません!フローレン様にはなんの落ち度もございません。貴方様が不正を正してくれなければ、今も我々は苦しい生活を送っていたでしょう。我々を救ってくださいまして誠にありがとうございます」
どうやらローラン様がこの村の領主になってから不正を働く代官を処罰したらしい。なおかつこの村の税収も下げ、生活を豊かにしてくれたというのならこの村の人達の歓迎も理解できる。
ローラン様は聡明な人だし、仕事は有能だから不正を働く者は処罰され、真面目に暮らしている人達はしっかりと恩恵を受けるのだろう。
「食料を補充したいとも聞いております。何もない村ですが、なんでも持っていってください。街に戻る際にもこの村にお越しいただければ幸いです」
「こちらこそ本当に助かりますわ。ぜひ帰りにも寄らせていただきますね」
食料も無事に補給できそうでなによりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます