第87話 使用人のレンタル?


「ああ、俺にできる限りのことなら何でもするよ」


「……なにそれほど難しいことではない。半月くらいになるが少しの期間、お主をアルガン家から借りたいのじゃ」


「うん?俺をアルガン家から?」


 俺をアルガン家から借りる?使用人のレンタルということか?この屋敷にはルーさん達や他のメイドさん達も結構いるがまだ足りないのだろうか?


「実は少し先にとある場所にまで遠征をする予定となっておるのじゃが、その遠征で日々の食事を作るものがいなくての。当然妾の屋敷には食事を作るものは大勢おるのじゃが、遠距離を旅しながら食事を作れるものはいないというわけじゃ」


 なるほど、長距離の遠征となると、若い女性や高齢の人を連れて行くのは少し難しいのか。屋敷の厨房で食事を作るのも勝手が違うわけだしな。


「エレナお嬢様やアルゼ様に確認を取ってみて問題なさそうなら別に構わないよ。でも俺もそんなに凝った料理とかは作れないぞ。一応エレナお嬢様の口には合うみたいだけど、ローラン様の口に合うかはわからないしな」


「なに、妾も遠征中にそこまで贅沢な物を食べようと思っているわけではない。ただ傭兵や冒険者のような者が食べているものでは少し辛いからのう。この前貰ったサンドウィッチなるものもなかなかじゃったから、あのレベルのものであれば問題ない」


 そういえば変異種の討伐の時にサンドウィッチを少しお裾分けしたっけな。あの時はサリアとマイルが作ってくれたけど、レシピは俺が教えたし俺にも作れる。あのレベルの物でいいなら大丈夫そうか。


「わかったよ。エレナお嬢様とアルゼ様に確認して大丈夫そうならオッケーだ。それくらいじゃローラン様から借りた恩とは全然釣り合わないかもしれないけどな」


 あの襲撃からしばらくたち、実行犯であるドルネルも死んだことにより、屋敷や工場の警備を固めたしある程度落ち着いてきた。少しの間俺がいなくとも問題はないだろう。


 それに遠征に同行をして食事を作るくらいならたいした労力でもない。それくらいではローラン様に手伝ってもらった恩には釣り合ってないかもしれないな。まあ、あとはいつも通り新作ケーキを毎月持ってきて少しずつ返していけばいいか。


「おお、そうか、そうか!アルガン殿には妾からも話しておこう。細かい日程が決まったらまた連絡するからのう」


「わかった。それでどこら辺まで行くんだ?」


「ここから北の方にあるガティレーニ地方じゃ。馬車を使って片道1週間くらいじゃな」


 ふむふむ、片道1週間くらいか。この世界では1日2食だから片道14食、往復で28食作らないといけないんだな。当然護衛の人もついていくだろうし、結構な量の食事を作ることになるから、いろいろと準備をしていかないと。


「了解だ。その時に一緒に行く人数とどれくらいの食材を持っていくか教えてくれ」


「うむ、承知した。そうそう、目的はドラゴン狩りじゃからな、ちゃんとそっちの準備もしてくるのじゃぞ!」


「……ドラゴン?」


 なにそれ聞いてない………………





「というわけでローラン様から借りを返して欲しいと言われたのですがどうしましょうか?」


「……ふむ、ガティレーニ地方か。確かにあそこはフローレン様の領地ではあるな」


「ええ、どうやらローラン様の領地の村でワイバーンが大量発生しているらしいです。もちろん冒険者に頼む方法もあるそうですが、ちょうどその領地の村に訪問する予定もあったので、領主であるフローレン家で討伐することになったそうです」


 この街にはエレナお嬢様を含めて3人の領主がいるが、それぞれの領主には当然この街以外にも領地がある。普段は王都にいるが、自分の領地で何か問題が起こればこれを解決しなければならない。


「でもユウキ、ワイバーンの群れって危険じゃないの?」


 エレナお嬢様が心配そうに聞いてくる。確かにドラゴンと聞いて驚いたが、詳しく話を聞いたところ、ワイバーンというそれほど大きくはない魔物が大量発生したらしい。


 あまり大きくないとはいえ、ドラゴンはドラゴンである。もちろん肉食で人も襲うし、気性もかなり獰猛らしい。当然ゴブリンよりも強く、駆け出しの冒険者レベルでは相手にならない。だが、中級レベルの冒険者ならば十分対処は可能だそうだ。


「いえ、俺は戦わなくていいそうです。基本的には食事の用意や荷物の番や解体などが俺の役割みたいですね」


 実際にワイバーンを討伐するのはルーさんやラウルさん達だ。俺は本当に雑用をするだけって感じだな。


「ワイバーン程度であれば、たとえ群れであったとしてもフローレン様の護衛の敵ではないでしょう。道中もそれほど危険な地方ではないので、おそらくですが危険は少ないでしょうな」


「今回フローレン様にはとてもお世話になったから、できる限り協力はしてあげたいけれど…… じい、どう思う?」


「そうですな。ドルネルの襲撃以降、屋敷や工場の警備を大幅に強化しましたし、屋敷のこともマイルやサリアやリールがおりますから問題ないでしょう。半月程度なら大丈夫かと」


 ……一応シェアル師匠も屋敷にいるからね。


「う〜ん、危険が少ないなら大丈夫なのかな。でもユウキ、危険なことは絶対にしないようにね。フローレン様にも危険なことはさせないように伝えておくわ」


 さすがエレナお嬢様だ。確かにローラン様なら特攻しろとかいう無茶な命令も出しかねない。まあ昔よりも奴隷である人達には多少優しくなったから、もうそんなことは言わないと思うが。


「はい、わかりました。大丈夫ですよ、本当に危なかったらローラン様をおいて逃げて帰ってきますから」


 ふっ、身体能力強化魔法をかけた俺の逃げ足に勝てるやつは数少ないぜ!……あまり自慢できないけどな。


「そんなことを言って自分から突っ込んでいきそうだから心配なのよね。フローレン様には念押ししておかないと」


「同感ですな。ユウキは追い詰められると敵に突っ込むことが多いですから、前線には立たせない方がよいと伝えておかないといけませんね」


 ……あまり信用がない。確かにエレナお嬢様を守る時も、シェアル師匠の魔法を切る時も、黒の殲滅者を相手にした時も真っ直ぐに突っ込むだけだった。でも無属性魔法しか使えないんだから仕方ないじゃん!


「えっと、今後はできる限り無茶はしないようにします」


 ドルネルの襲撃以降は更に訓練を厳しくしてもらったからあの時よりも強くなっているはずだし、更に秘密兵器もある。よっぽどのことがない限りはピンチに陥ることはないと思う。……いや、これ以上はフラグになるからやめておこう。


「今回はフローレン家に大きな借りができたのは事実です。今後のことも考え、危険が及ばないことを前提に受けた方がよろしいかと存じます」


「そうね、そうしましょうか。ユウキ、無茶はしないこと、いいわね?」


「はい、わかりました」


「……あとはフローレン様に変なことはしないようにね」


「いや、しませんよ!」


 さすがに隣の領主様に何か粗相をしたら大問題だ。最初に出会った時にはチョップをした気もするがあれは忘れる約束だったからな。


「……ユウキはこの前フローレン様のことを綺麗って言ってたわよね?」


「いや、なおのことしませんよ!」


 確かに綺麗とは言ったが、ローラン様に手を出す気なんかこれっぽっちもない。いや、この世界に来てからいろいろといっぱいいっぱいで、恋愛とかそっちに方面に関しては意識する余裕なんてなかったぞ。それに今回はローラン様を崇拝してるローラン様の親衛隊がいるのにそんなことをするわけがない。


「……さすがにフローレン様に手を出せば、この屋敷から放り出すだけではすまないだろう。その場合はお前はすでにこの屋敷をクビになっていたことにするからな」


 ひどい!元の世界の会社での尻尾切りみたいだ。アルゼさん、この辺りはドライなんだよなあ。まあ問題を起こしたやつをかばう必要はないとは思うけど。


「だからそんなことはしないんで大丈夫ですってば!」


「……わかったわ。でも本当に気をつけてね」


「はい!」


 ふう、とりあえずこれでエレナお嬢様とアルゼさんの許可は取れた。あとは予定通り何事もなく終わればいいんだけどな。

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