第85話 今更ゴブリンなんて


「よし、これで肉の確保は大丈夫だね。たださっきみんなが言っていた小さい方が気になるね。もう一度サーチの魔法で近くにいるか確認してくれるかい?」


「「万物のものよ我が前に姿を現せ、サーチ!」」


 2人がサーチの魔法を使う。


「まだあっちの方に小さいのが3体います!」


「そっちの方にはさっきまでいなかった大きいのと中くらいのがいます」


「うん、もう肉は大丈夫だからそっちの小さい方に行ってみようか」


「「はい」」


 解体したガロノジカを他の獣に食い荒らされないように隠し、小さな3体の方へ向かう。このサイズで群れているということはおそらくはあいつらかな。




 音を立てないようにしながら4人でそちらの方に向かう。ゆっくりと進んだおかげで、相手に気付かれずに近付くことができた。


「ゲギャゲギャ」


「ギャキャ」


 背が低く、濃い緑色の肌にずんぐりとした体型。鼻は平たく耳は尖り、醜悪な顔立ちをしている。ボロい布切れを腰に巻き、太い棒切れを持っている。元の世界のゴブリンのイメージそのものだ。


 この世界にはゴブリンがいる。だが、多種族間で交配はできないし、繁殖力もそれほど高くはなく、それほど人類の脅威にはならないそうだ。しかし放っておくと田畑を荒らしたり、人を襲ったりする。


 俺も森で初めてゴブリンに遭遇した時にはとても驚いたが、リールさんがいうには動きが遅く行動も単純でよく初心者冒険者の相手として選ばれるらしい。まあ猪よりも弱い害獣と思えばいいそうだ。変異種の時にあれだけ凶暴化した魔物を相手にしてきた俺にとっては今更ゴブリンなんてといった感じだ。


「やっぱりゴブリンだったね。あいつらは食べれる訳じゃないけど、人を襲ったりもするから見かけたら駆除するようにしているんだよ。とはいえ、あいつらに殺された人も大勢いるから絶対に油断は禁物だよ」


「「はい!」」


 うん、いくら弱いと言っても木の棒で殴ってくるわけだし、頭に何度も食らったら当然死ぬ可能性だってあるから油断は禁物だ。


 


「よし、サリアちゃん。今度は僕がいくよ」


「ええ、わかったわ!」


 今度はマイルが行くようだ。マイルの火魔法は森の中ではなかなか使いにくいからな。さすがに変異種の討伐の時のシェアル師匠のように山火事とか考えずにファイヤーボールをぶっ放すことはないと思うが。


「赤く輝き荒ぶる炎よ、我が敵を貫き燃やせ!ファイヤージャベリン!」


 マイルの目の前に激しく燃え上がる炎の槍が3本現れる。さっきのガロノジカは魔法を撃つ直前にこちらに気付いたが、ゴブリン達は全く気付く様子がない。マイルの3本の炎の槍がゴブリン達の胸の中心部を貫いた。


「ギャ!」


「ゲギャギャキャ!?」


「キャギャ!!」


 3体のゴブリン達は悲鳴をあげてその場に倒れ込む。しばらくは微妙に動いていたが、すぐに3体とも動かなくなった。これほど正確な射撃ができるのなら森の中でも火魔法を使っても問題なさそうだ。


 しかしサリアの風魔法もそうだが、属性魔法って本当に強いよな。これだけ強いと、おれ最強とか勘違いをして、人がゴミのようだとか言い出してもおかしくはない。どうかマイルが中二病を発症して「邪王炎○黒龍波」とか「残像だ」とか言い出さないことを切に祈ろう。


「うん、2人ともすごいね。分かっているとは思うけど……」


「ゴブリン達みたいな魔物は死んだふりをする可能性があるんですよね」


「うん、その通りだよ。気を付けてね」


「「はい!」」


 ゴブリン達も賢くはないが、何も考えていないわけではない。武器の使い方も学ぶし、死んだふりをして相手の油断を誘おうとしたりする。


「じゃあサリアちゃん、行くよ!」


「ええ、マイル!行きましょう!」


 マイルとサリアが腰に差していたナイフを手に取る。左手には杖を構え、右手にはナイフを持って倒れたゴブリン達にゆっくりと近付いていく。大丈夫だとは思うが、俺も身体能力強化魔法と硬化魔法をかけて万が一のために備える。


 ザクッ、ザクッ


 倒れているゴブリンの首にナイフを突き刺してとどめを刺していくマイルとサリア。あまり躊躇いはないらしい。


 俺はというと害獣とはいえ、やはり二足歩行の生き物の命を奪うという行為に最初はかなり躊躇われてしまった。だが、そこで見逃してしまえば他の者が襲われてしまうとリールさんに言われて吹っ切れた。


「……ゲゲッ!」


 とどめを刺そうとしていた最後の一匹がいきなり起き上がってマイルを狙う。持っている武器は少し太い木の棒とはいえ頭に当たったら危険だ。刀を構えるがマイルは慌てている様子には見えない。


 ガッ


 マイルは冷静に持っている左手の杖でゴブリンの木の棒を受ける。そして空いている右手のナイフでゴブリンの喉を切り裂いた。


「ギャ……」


 辺りに青い血を撒き散らしながら崩れ落ちるゴブリン。この世界の魔物の血の色は赤以外も多いらしい。まあ俺もよく知らないけど、元の世界でも赤以外の血の色をしている生物はいるらしいから、ゴブリンが青い血の色をしていても不思議ではないのか。


「……うん、もう大丈夫そうだね。2人とも初めての実戦だけど問題ないね。今度から森に来る時は2人のどちらかを一緒に連れてきてもいいかもしれないね」


 もちろん盗賊狩りがない時だけだ。2人にはそこまで危険なことをさせるつもりはない。屋敷での仕事や書類仕事をやってくれるだけで大助かりだからな。


 全員でゴブリンの死体を土深くに埋める。死体を放置しておくと疫病などの原因になる可能性がある。それにこの異世界ならゾンビとかになっても不思議ではない。




 ゴブリンを埋め終わり、採取したものと解体したガロノジカを荷馬車に積んで街に戻る。帰りは何もしてないからと言ってリールさんが荷馬車を運転してくれた。それを言ったら俺も何もしていないんだけどな。


「ユウキ兄ちゃん、僕達の魔法はどうだった?」


「正直に言ってね!これで何かあった時はサリア達もみんなと一緒に戦える?」


「ああ、もちろんだ。2人とも俺が思っているよりもずっと強くなってるよ!少なくとも遠距離からの攻撃はもう俺じゃ勝てないな」


 今の俺では遠距離攻撃をまともにできないからな。一応身体能力強化魔法で強化して石などを投擲するという手段はあるが、属性魔法に比べて威力は落ちそうだし2人の障壁を破れる気もしない。そして範囲攻撃手段に関しては皆無だ。


 もしみんなで協力して戦うことになったら俺が前衛で2人が後衛になりそうだ。まあ2人が戦う事態が起きないことを祈るしかない。


「本当に?嘘じゃない?」


「もちろんだよ。もう2人になら俺も安心して背中を預けられるよ。短い間に2人とも本当に強くなったね」


「「やったー!!」」


 なぜか俺に認められたことで大喜びしている。というより実際に屋敷の襲撃ではもう2人に助けてもらったからな。俺の刀も強いのだが完全にガチガチに固められたフルプレートアーマーとかはやっぱり厳しい。


 それにしても2人とも魔法を習い始めてから短い期間で本当に強くなった。リールさんやアルゼさんだけじゃなくて、もう2人になら十分背中を任せられる。……この前の変異種の討伐戦のことを考えると、シェアル師匠にだけは背中を預けるのは少し不安だということは本人には言えないな。

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