第45話 命をかけたサバイバル
「さて、ここまで離れればもう大丈夫かな」
「そうですね、まあばれても別に問題はないんですけどね」
ミレーの村から少し離れた場所でリールさんが馬車を停める。そう、確かにこれからサバイバル特訓が始まる。本気で命をかけたサバイバルが。というわけで以下回想。
「どうしたんですか、こんな夜中に呼び出しなんて。それにエレナお嬢様はいなくてリールさんとアルゼ様だけなんて珍しいですね」
「ふむ、来週から子供達の村に行くだろう。その際に一つ頼みたいことがある」
なんだろう、いつになく真剣な顔をしているから酒を買ってきてくれとかいうわけではないだろう。うん、アルゼさんへの酒が絡んだ時の評価はぶっちぎりの低評価だからね。食べログの評価1くらいの信頼度だ。
「実はね、いろいろなところから情報を集めた結果、とある盗賊達のアジトがミレーの村の近くにあることがわかったんだ。ユウキくんには僕と一緒にその盗賊の討伐をお願いしたいんだ」
「えっ、盗賊ですか!いや、いきなりそれは難しくないですか?」
おいおい、さすがにそれはちょっと難しくないか。初めてライガー鳥を狩ってからちょくちょくリールさんと一緒に狩りに出ていたが、対人経験はアルゼさんとリールさんとシェアル師匠しかないぞ。それに討伐ってことはもしかして生死問わない系のクエストじゃね。捕獲玉と罠を持ってかなくてもいい系じゃね?
「いや、やつらは隠密を得意としている盗賊で戦闘能力はほとんどない。獲物を狙う時はかならず自分達が優位な状況でしか襲わない。姿さえ捉えてしまえばリールとユウキの2人で討伐は可能だ」
なるほど、はぐ○メタル系の盗賊ってことか。よくそんな盗賊達のアジトの場所を掴めたもんだ。
「エレナお嬢様は心配性だから少しでも危険がある盗賊の討伐など許可はされないだろう。だが、エレナお嬢様が奴隷の解放を望んでいるならば、そもそもの元を断つのも一つの手だろう。まあ私は奴隷などどうなろうが知ったことではないがな」
なるほど一理ある。奴隷については法律を変えるほかに需要と供給を断つというのも一つの手段だ。もちろん一つの盗賊を潰したところで焼け石に水、仮に今すべての盗賊がいなくなったとしてもすぐに同じような輩が現れるだろう。それでも1人でも奴隷になる人を減らせるなら十分に価値のあることだ。
アルゼさんも奴隷なんて知ったことがないとか言いながら工場にいるモラムさんやガラナさんやローニーと仲良さそうにお酒について語っているところを見ると思うところがあるのだろう。
確かにエレナお嬢様やその両親を裏切った奴隷は許せないだろうが、そんな奴隷ばかりではないことをアルゼさんもわかってくれていると思う。
「……わかりました。念のためなんですけれど本当に2人で大丈夫なんですね?」
「うん、問題ないと思うよ。敵の数は20〜30人ほどだし本格的な戦闘になる前に半分くらいは戦闘不能にする予定だからね」
あらやだこの人怖いんですけど!いや味方なら頼もしいんだけどね。本当この人のどこが庭師なんだろう。まさかこの世界の庭師がみんなリールさんみたいな人とか言わないよね。
「うむ、魔法を使える者もいないし、まあお前の実践訓練の相手にはちょうどいいだろう」
「いやさすがに命がかかっているし訓練は言い過ぎです。それで盗賊達は殺してしまうんですか?」
さすがに人殺しなんてしたことがない一般男子高校生にとって悪即斬は荷が重い。
「別に生死は問わない。盗賊を働いた時点で法律的に言えば殺しても構わんし、捕まえた場合も死罪か犯罪奴隷行きだ。盗賊どもの情報も欲しいから可能なら数人は生かしておいて欲しい。ユウキ達の馬車とは別の馬車を手配しておくからその者達に引き渡せばいいだろう」
まあ盗賊を働いた時点で生死問わずなのは納得できる。
「なるほど。リールさん、もしも可能な場合だけでいいんですけど出来る限り生け捕りにすることは可能ですか?」
「できるかできないかで言えば可能だけど、余計に手間がかかる上に逃げられてしまう可能性も上がっちゃうよ。アルゼ様の言う通り生かしておくのは数人でいいと思うけど」
「いえ、もちろん可能そうな場合だけで大丈夫です。俺やリール様の安全が第一です。ただもし可能なら犯罪奴隷であっても一度だけチャンスを与えたいんですよね」
もちろん盗賊なんてやってる奴等だ。当然人も殺し、犯し、強奪もしているだろう。実際に俺が被害にあっていたら迷わず殺しているだろう。
だがそれでも俺はモラムさんやガラナさんのような可能性を見てしまった以上、すぐに殺すことはできないのかもしれない。
「……まあユウキくんがそこまで言うなら僕はいいけどね。ただし忘れないで欲しいのは、甘いことを言って盗賊を逃したら、そいつらはまた同じことを繰り返すよ。そして下手をしたらエレナお嬢様の屋敷に復讐にくる可能性もありえるからね」
「生死はどっちでも構わん。ただしきっちりと一人も逃さぬことを前提にしろ。下手に逃すのが一番厄介だ。……馬車は大きいものを手配しといてやる」
「はい、リールさんにアルゼ様ありがとうございます!」
なんだかんだ言いながらも2人は許可をくれた。うん、許可してくれた2人のためにもしっかりと期待に応えよう。そして攫われて奴隷にされる人達を減らすためにも頑張ろう!
「ああ、ちなみに相手の盗賊は君やサリアやマイル達を攫った常闇の烏だからね。そんなチャンスも与えなくてもいいと思うけどね」
……まじか、あいつらかよ。
というわけで今に至るわけだ。馬車を森の少し入ったところでアルゼさんが手配してくれた3人の仲間と合流する。この3人は戦闘要員というよりは捕まえることができた盗賊を街まで運ぶための要員だ。もちろんその辺りの魔物には負けないくらいの戦闘力はあるが今回はお留守番だ。
「いいね、今日は偵察だけだからね。でも偵察とはいえ戦闘よりも今日の方が難しいから油断しないでね」
「はい!」
「それじゃあ段取りを説明するよ。とはいえやることは簡単だ。僕とユウキくんで常闇の烏のアジトを探す。ユウキくんはサーチの魔法が使えるよね。森の中でサーチを使いながら奴らのアジトを探してくれ。絶対に奴らに気づかれては行けないよ。少しでも怪しい気配を感じたらすぐに逃げるやつらだからね」
「はい、気をつけます。俺が奴らに捕らわれた時は森の中の切り開かれた場所でテントをいくつも張っていましたね。見張りはいなかったんですけれど、あれだけ広ければ近づいたらすぐにバレてしまいそうです。あと近くの木にナイフで印をつけていましたね」
「なるほどね、印を見たら近くを探してみるよ。あとは魔物に見つかっても戦闘はせずに逃げた方がいいね。もし万が一敵に見つかった場合は騒がれないように即座に始末した方がいいね。その場合はすぐにここに戻ってくること。あとは見つからなかったとしても2時間おきには一度戻ってくるようにしようか」
なるほど、完全にステルスゲームと同じだな。違うのはリアルに始末しないといけないってところか。
「わかりました!」
「あとはとにかく森で迷わないことだね。身体能力強化魔法が使えるなら木の上を移動して木の上に印を付けながら移動するのもいいかもしれないね」
なるほど、確かにそっちの方がばれなそうだな。一瞬姿を見られたとしても猿とかと間違われて気にされない可能性もある。
「了解です、それでいきますね」
「そうだね、じゃあそろそろ行こうか。もしあなた達が盗賊達に遭遇した場合は無理をせずに逃げてくださいね。あるいはすぐに降参して可能ならば事前に渡しておいた目印を落として我々に位置を知らせてください」
「「わかりました」」
森の中を一人で歩くのは神様にこの世界に落とされた以来だな。まあ今は武器もあるし、かなり強くなったはずだからあの時とは違うのだよ。とか言いつつも実は結構ビビっている。いくら訓練で強くなったとしても性格は対して変わってないからな。
それにもしこの場で盗賊に遭遇したら俺は殺すことができるのだろうか。よく読んだ異世界ものでは初めて人を殺した時に何も感じなかったり、その場で泣き崩れたりと様々だけど俺はどう感じるんだろうな。まあ今考えてもしょうがないことか。
木の上を移動しながら索敵を続ける。しかし木の上で奴らを探していると木の下の方にナイフで傷があるかはわからなくなるな。見つからないことが第一だからしょうがないけど。
だいたい1時間半くらいたっても盗賊を見つけることは出来なかった。サーチにかかったのは、そこそこの大きさの魔獣が何体かくらいだった。木の上に付けていた印を目印に元の場所に戻る。
本当なら少し離れたところを探しながら戻るのがいいんだろうけど、素人の俺がそんなことをしていたら間違いなく道に迷うだろう。今でさえ印があっても見失わないように元の場所に帰るだけで必死な状態だ。
なんとか無事にキャンプ地に戻ったがリールさんの姿は見えなかった。
「ただいまです。リールさんはまだ帰ってきてないですか?」
「おかえりなさい。リールさんは一度戻ってきてまたすぐに探しに行きましたよ。今度はあちらの方角です。ユウキさんに次はあっちの方を探して欲しいと指示をいただいております」
さすがリールさん、仕事が早い。俺も早く次へ行こう。このキャンプを中心に円を描くように少しづつ角度を変えて索敵をする予定だ。2人で360°一回りしたらキャンプ地自体を移動してそこからまた円を描くように一回りする。これを3〜4回くらい繰り返せば予想されている盗賊達の潜伏場所をくまなく探せる予定だ。4日探しても見つからない場合には諦めて街に戻る予定だ。
「わかりました、俺も行ってきます。こっちの方角ですね」
「あっ、はい。方角はそっちですけど少し休憩された方がよろしいのでは」
「ありがとうございます。でも身体強化魔法を使ってますし、水も食料も持ってますから大丈夫ですよ。それじゃあ行ってきますね」
実際のところ身体能力強化の魔法はかなり優秀でほとんど疲れることがない。常時使用していればそれほど魔力も使わない。むしろところどころで使っているサーチのほうが魔力を使うくらいだ。今回は時間が有限だからな。索敵時間が少なかったために発見できなかったなんてことが絶対にないようにしないとな。
索敵を初めてから2日目の昼頃リールさんが奴らのアジトを発見した。キャンプ地を一度移動してからすぐに見つかったから早い方だろう。リールさんは一度キャンプ地に報告に来て、しばらく盗賊達の様子を観察するそうだ。俺はまだ隠密行動は学んでないのでお留守番だ。
夜にリールさんが戻ってきて作戦会議が始まった。奴らのアジトは俺が捕まっていた時とは様子が違っていたからおそらく場所を移したのだろう。全面を監視するのが難しいためか、半面を急斜面な山を背にしているらしい。逃しにくくはある地形だが、奇襲は難しい地形となっている。
一応屋敷で話していたとおりの作戦で行くことになった。あいつらはだいたい同じ時間帯に数人単位で獲物を探しにアジトを離れる。そこを狙って離れたグループを制圧、それを繰り返して敵の数を減らしていく。
アジトにいる残った盗賊達が気付いたら俺とリールさんが正面から突っ込んで盗賊達を制圧。残った3人は捕まえた盗賊達を見張りながら、俺たちが取り逃しそうな盗賊達を制圧してもらう。
さて、いよいよ明日には人相手の戦闘が始まる。正直に言って盗賊達の生死にはあまり興味がない。チャンスはあげたいとは思っているが、まずはここにいるみんなの命が最優先だからな。だれも傷つかないといいんだがな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます