第46話 常闇の烏
辺りが少しだけ明るくなった早朝、俺たちはキャンプ地を盗賊のアジトの近くに移動する。さあいよいよ戦闘開始だ。
まず相手の数を少しずつ減らしていく。基本的には隠密の得意なリールさんが盗賊達の背後から忍び寄る。俺は木の上で待機して打ち漏らしや騒ぎそうになった盗賊達を相手にする。当然だが声を出させたり叫ばれたりしてアジトの奴らに気づかれるのが一番やばい。迅速に相手を気絶させるか殺さなければならない。
「ちくしょーまた負けちまった!なんでこんなに運がねえんだよ」
「はっ、ざまあねえな。はやく街に行ってお前からいただいた金でうめえ酒が飲みてえな」
「てめえら博打もほどほどにしとけよ。まあ俺も早く街に行って酒を浴びるほど飲みてえな。知ってるか、最近新しく売られてる蒸留酒ってやつがすげえ強ええ酒でな、ドワーフどもですらやべえって噂だ!値は張るらしいが試してみてえんだよな」
「おめえも酒のことばっかりじゃねえか。クソが、金も無くなっちまったしまた戻ったらガキどもでも殴るか」
「ほどほどにしとけよな。金持ちの商人でも見つけりゃ親分からたっぷりご褒美がもらえるぜ」
「どうせなら若い娘もいりゃ最高なんだけどな。母親と娘を父親の前で犯っちまうとか最高じゃねえか」
「はは、ちげえねえ」
……やっぱり盗賊とかいうやつらは救いようがないのかもしれない。一度のチャンスすらも不要すらもいらないのかもな。だがまあ下手をしたら犯罪奴隷として過ごすほうが辛いかもしれないし、予定通り可能なら生捕りでいこう。
そしてリールさんが一番後ろを歩いている男の背後から忍び寄る。よくこんな森の中で足音立てずに忍び寄れるよな、身体中のオーラでも絶ってるのかな。そしてかなりの近距離まで近づき首に一撃!
おそろしく速い手刀、オレでなきゃ見逃しちゃうね。男は一言も発せずにその場に崩れ落ちる。すごいな、マジで漫画みたいに首トンで気絶させられちゃうんだ。
前の男2人はまだ気づかずに先へ進んでいる。リールさんがこちらを見て左側の男を指差す。なるほど、あっち側の男を仕留めろってことか。木の上を音をなるべく立てないように移動して左の男に狙いを定める。
「俺は胸のでけえ姉ちゃんがいいな、おめえは?」
「俺は若けりゃなんでもいいぜ。まだ育ちきってねえやつでも構わねえな」
「相変わらずだな。おめえはどんな女が好みだったっけな。……おい聞いてんのか」
後ろの男に気を取られた。今だ!
身体能力強化魔法により強化されたスピードで即座に男の左側に回り込み首の側面にチョップを当てる。
「ぐえっ!」
男は悲鳴を上げながら倒れた。よし、とりあえず今のところは動かない。次は右の男をと思ったがすでにリールさんが気絶させていた。本当に早すぎるよこの人。
俺が倒した男に近づいてみたがちゃんと生きていて気絶していた。実際には首に衝撃を与えることは物凄く危険な行為で打ちどころが悪ければ死亡したり障害が残ったりしてしまう可能性もあるが、さっきまでの盗賊達の会話を聞いていたらあまり罪悪感はないな。
ちなみにリールさんがやっていた通称首トンは実際には物凄く難しい。首の後ろには人体の急所があるが、正確に当てないと効果がないらしい。俺のような素人の場合には首を側面から力一杯チョップするのが成功率が高い。頚動脈もあるし神経もあるし人体の急所が多くある。剣道の防具でも首の周りは特に重点的に保護されている。
なんでそんなことを知っているかって?格闘技を学んでいる男なら誰でも一度はネットで調べたことがあるはずだ。あるよね?
手足をしっかりと拘束してリールアジトの周りの警戒をリールさんに任し、男3人を担いで一度キャンプ地に戻る。3人に盗賊を引き渡してリールさんの元へ戻る。まだ新しい奴らは出てきてないようだ。
それから何度か盗賊共を拘束した。2〜4人のグループで、出てきた時間もバラバラだったから、適当なグループ分けで準備ができたグループから出発していた感じなんだろうな。
俺も一度力加減が弱すぎて一撃で気絶させられず危うく大声を出されそうになったがリールさんがフォローしてくれた。これからはもう死んでもいいやくらいの強さで殴った方がいいのかもしれない。
合計12人の盗賊を拘束した後、3時間ほどアジトから盗賊が出て来なくなった。
「こっちの動きがバレたんでしょうかね?」
「いや、たぶん半数以上は常にアジトに残しておくんだろうね。偵察部隊が獲物を見つけたら総出で獲物を狩りにいくのかな。どちらにしろそろそろ乗り込む時だね。キャンプにいる3人のうち2人を連れてきてもらっていいかい」
「なるほど、わかりました」
確かに全員で偵察に行くわけはないな。俺はキャンプに戻って2人を連れてきた。残った1人は盗賊達の見張りだ。さすがに身体検査をして武器を取り上げ、両手両足を金属の手錠で拘束したから1人でも大丈夫なはずだ。
「それじゃあこれから盗賊のアジトを攻めよう。とはいえこれだけ開けた場所だとすぐに見張りからバレてしまうだろうね。だからユウキくんにはあの後ろの崖から攻めてほしい」
「えっ、マジですか!?あの崖ほぼ垂直に近いですよ」
「だから逆に盗賊達も油断している可能性が高くて見張りもいないと思う。もし降りたところで見つからなかったらまた見つからないように少しづつ盗賊達を無力化していって欲しい。
見つかった場合も無力化だけどその場合は派手に暴れてそっちの方へ盗賊達を引きつけて欲しい。その間に僕も突入して少しづつ敵を減らして行くからね。2人は僕らが討ちもらした盗賊達を倒してもらいたい。もちろんその場合は殺してしまっていいからね」
おう、いきなり一人で敵陣に突っ込むのか。下手したら20人〜30人くらいの盗賊がまだいるんだよな……いくらアルゼさんやリールさんから問題ないと言われているとはいえ一人で行くのは怖い。
「わかりました、それじゃあ行ってきます」
とはいえここまできてビビってはいられない。準備を整えて遠回りしながら崖の上に登る。実際に崖の上から見てみるとかなり高い。……そもそも盗賊にやられる前に転落死とか絶対にやだぞ。
身体能力強化と硬化魔法を全力で自分にかけて意を決して一歩を踏み出す。
「うおおおおおお!」
無理無理!隠密とか無理!ジェットコースターよりも100倍怖い。まずいこのスピードで地面に突っ込んだら魔法使ってても死んじまう!地面に衝突する前に両足を踏ん張ってなんとか減速する。ガガガッと崖の斜面が削れていくが減速はし始めた。止まれえぇぇぇ!
ドスンッ!
痛ッ、足に少しだけ衝撃が走ったが少し痛いだけで問題なさそうだ。魔法の力は本当にすごいな。さてだいぶ音を立ててしまったからすぐに盗賊達がやってくるだろう。戦闘をするにしても早くここを離れな……
「………………」
「………………」
「うおおおおお!」
「ぐわっ!」
あっぶねー、一瞬だけ俺の方が早く動けた。まさか降りた場所のすぐ近くで小便している盗賊がいるとは思わなかった。まだ突入した側の方の俺の方が少しだけ速く動けたようだ。首下とか狙ってる余裕なんてなかったから顔面にパンチだ。一応殴る寸前に我に返って力は抜いたから生きてはいると思うが大丈夫かな。
近寄って様子を見ると鼻血で酷いことになっているが、どうやら生きてはいるようだ。しかし大声も出したし拘束している時間はない。しょうがないけどリールさんに言われていたように両手両足の骨を折る。これが殺さずに相手を戦闘不能にする手っ取り早い方法らしい。
強化された力で簡単に両方の手足がおかしな方向へ曲がる。人道的に物凄くまずい気がするけどここで拘束して他の奴らに解放されたら余計にまずい。
「なんだ今の音は!ってなんだおめえは!どこから入りやがった!?」
おっとやはり音を聞きつけて盗賊がやってきた。だが今は一人、しかも焦っていたようで防具すら付けていない。これならいける。
「ぐえっ!」
今度は首にチョップで気を失わせる。そして同じように両手両足の骨を折る。下手したら盗賊より酷いことをしているかもしれないがまあ後で考えよう。
「ちっ、おい敵だ!背後の崖から攻めてきた馬鹿がいやがった!はやく武器を持って集まってこい!」
さすがに他の奴らにバレたようだ。さてバレてしまったからには派手に動いて盗賊共を引きつけよう。剣を構えて剣と盾に硬化魔法をかける。そこまで業物という分けではないが十分良い剣と盾を今回は借りてきている。
「おい、相手は一人だぞ!馬鹿め、おら囲め!」
テントから人相の悪い盗賊達が次々と出てくる。剣や弓、槍などの武器を構えている。さすがに20人ほどの武器を持った人相の悪い奴らに囲まれると怖い。
「なんだコイツ、一人で裏の崖から来たのか!?」
「おい、油断すんじゃねえ!すでに2人もやられてる。なんらかの魔法を使うかもしれねえ。呪文を唱え始めたら即座に全員で突っ込むぞ!」
「分かってますぜ親分。……てあれ、こいつはだいぶ前に一度捕まえたガキじゃねえか!」
この盗賊は覚えている。確か森でもう一人の盗賊と一緒に俺を捕まえたやつだ。そしてテントの中で散々腹を蹴られたから忘れるわけもない。確かボレアとかいう名前だったな。
「ああん、本当か?」
「ほらたった一人で迷ってこの森を歩いてた馬鹿ですよ。俺らのことを冒険者と思ってのこのこついてきたアホのカモのやつ。腹を散々蹴って遊んでたから覚えてます」
「ああ、いたなそんな間抜けなやつ。てことはあん時の復讐か。可能性は低いが街の警備の奴らに通報しているかもしれんな。おい、さっさとこいつをブッ殺して偵察している奴らに合図を残してアジトを移動すんぞ!」
くそ、馬鹿とかアホとか間抜けとか言いたい放題だな。まああの時のことは間抜けすぎて、さすがに否定できない。
「いくぞ合図したら弓を放て!その後に槍と剣を持った奴で突っ込め。味方同士の武器だけは気をつけろ、それ行け!」
おっと盗賊のくせに戦闘指示はなかなか的確だ。だが甘い!俺は矢を防ぐために盾を前に構え身を狭め、防御体制に入る。
カン、カン、カン
盗賊達の放った矢は全て構えた盾によって阻まれた。硬化魔法で強化された盾は奴等の弓矢を通さなかった。
「ちっ、やるじゃねえか。おい、槍と剣で行ってこい」
「「「おう!」」」
お次は槍と剣を構えた盗賊達が俺を半円状に囲みながらゆっくりと近付いてくる。だが甘い、それならばこっちから一気にいくだけだ。
俺は盾を構えたまま両足に力を入れて全力で盗賊の親分に向かって突進した。
「ぎゃあ!」
「なんだ!?ぐあぁ!」
今まで動かなかった人間大の質量が、硬化魔法で強化された盾を構えたまま、身体能力強化魔法を全力でかけた脚力のスピードで突進されたら避けれるわけがない。
途中盗賊を一人ふっ飛ばしながらも勢いは落ちることなく親分の身体に命中した。そして親分も吹き飛ばして後ろにいる奴らも巻き込みながらテントに激突した。
とりあえず先制攻撃はうまくいったようだ。そのままダッシュで吹っ飛ばしたテントに近づき追撃を行う。途中で一人挟んだし、後ろに何人かクッションになってしまって衝撃は分散されたはずだ。少なくとも親分だけはここで戦闘不能にしておきたい。
「ううっ」
……どうやら一発でKOしてしまったらしい。とりあえず気絶はしていると思うがタヌキ寝入りをして機会を伺っている可能性があるので両手両足の骨を折って戦闘不能な状態にする。
「おっ、おいあいつやべえぞ!」
「親分が一撃でやられちまった!」
「こりゃやべえ、おいさっさとずらかるぞ!」
案の定、親分を倒したらすぐに統率が取れずに盗賊共は焦りはじめた。よし、やはりトップから倒していくのは戦闘手段として有効らしい。そして俺も動揺している盗賊達が落ち着いて逃げるまで待つつもりもない。
「いやああああああ!」
一番近くにいた盗賊に斬りかかる。斬りかかるとはいえ刃の付いていないほうで、日本刀で言えば峰打ちだ。しかし峰打ちとはいえ強化された硬さと力で防御をしようとした盗賊の刀を砕き、そのまま腹に重い一撃をおみまいする。
「げはっ」
盗賊はその場で悶絶しピクピクと動かなくなった。にしても身体能力強化魔法と硬化魔法って実は最強なんじゃと思うくらい強くね。敵の防御とか完全に力任せで無視できるし、下手したら剣の攻撃すらも素肌で止められるかもしれない。
まあ他の属性魔法が使えないからこの二つの魔法をひたすらに磨いてきただけなんだけどな。あとシェアル師匠が言うには俺の魔法のイメージがかなりいいらしい。チート能力とかではないが元の世界のアニメや漫画などをイメージしているからだいぶやりやすい。界○拳やビ○クバンインパクトみたいにいろいろとイメージはしやすいからな。
とりあえず盗賊の生死の確認や戦闘不能にするのは後回しだ。俺はひたすらに盗賊達を攻撃し続けた。アルゼさんやリールさんの言う通り強いやつはいないらしく、ただひたすら逃げようとするだけだった。ただしそこは強化された俺の脚力の敵ではなく一瞬で追いつくことができた。
「ちくしょう、おいこれを見やがれ!」
20人近くを殴って起き上がれないようにしてきた後に残った盗賊が声を上げる。3人の盗賊達がテントの中から小さな子供たちを連れてくる。痩せ細っているところを見るとこの子達もどこかの村から攫われてここに連れてこられたのだろう。
しまったな、武器を取りにテントに入ったと思い見逃してしまった俺のミスだ。目の前にいる盗賊はボレアだ。別にこいつには蹴られたが恨みがあるわけではないから先に逃げようとしたやつを殴っていたのは失敗だった。
「おい、こいつらを殺されたくなかったら俺たちを見逃せ!」
「いや俺はその子達を見たことがないんだから人質にはならないぞ。お前らこそ大人しく降参すれば怪我もさせないことは保証しよう。先に言っておくが、目の前で人を殺されたらいくら俺でもお前らを殺すしかなくなるからな」
「……おい、大人しく降参したほうがいいんじゃねえのか」
「馬鹿が騙されんなよ。強くてもこいつはあまちゃんだ。ガキを見捨てられねえはずだ。それに俺たちは捕まったらよくて犯罪奴隷で死んだも同然だろ」
「ちげえねえ。逃げられるか一か八か賭けてみっか」
まずいな。こっちの渾身のハッタリが聞いてない。そこは大人しく降参しておけよ。
「いいか、てめえはそこを動くんじゃねえ。もし動いたらこのガキどもも道連れにしてやるからな。森まで行ったら1人解放してやる。残り2人は俺たちが完全に逃げられたら街で解放してやるから動くんじゃねえ」
「………………」
まずいな、1人は助かったとしてもこいつらは残り2人は間違いなく開放なんてしないだろう。こっちも一か八か突っ込んでみるか。
「うん、お疲れさま。よくやってくれたね、無事に作戦成功だよ」
「あっ!」
俺がどうするか悩んでいたらいきなりリールさんが盗賊の背後に現れ、流れるように盗賊3人の首をトントントンと叩いて優雅に歩いてきた。盗賊たちは一言も発することなくその場で崩れ落ちていった。
何この人、かっこ良すぎるだろ!ヒーローは遅れてやってくるものだよ、を現実にやるとこんな感じなのか。
「入り口から逃げてきたやつとこのあたりにいた盗賊は全員拘束したよ。あとは隠れている盗賊がいないかを確認して任務終了だ、よくやってくれたね」
「はは、最後の最後で失敗しちゃいましたね。本当に助かりました。ありがとうございます」
そのあと隠れた盗賊がいないことを確認して倒れていた盗賊達を拘束した。俺が力任せにぶん殴った盗賊もどうやら命には別状ないらしい。どうやら俺のあっちの方のDTはまだ守られたらしい。
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