第8話 最初の仕事


 目がさめるとそこは鉄格子に囲まれ、狭く悪臭漂う牢屋などではなく普通の部屋のベットの上だった。そうだ、俺は奴隷商からエレナお嬢様に買われたんだったな。ふと自分の右手を見てみるとそこにははっきりと黒い六芒星の奴隷紋が刻まれていた。


 うわっ、今改めて思い出してみると本気で恥ずかしい!子供みたいに泣いて、自分より年下であり主人であるエレナお嬢様に慰められるとか恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。


 あれっ、てか今何時だ?起きたら昨日の大部屋に来るようにアルゼさんに言われていたけど寝坊してしまったか。急いで身支度を整えて大部屋へ向かうとそこにはすでに大量の書類に囲まれたアルゼさんがいた。


「遅くなって大変申し訳ありません!」


 初日から遅刻はさすがにやばすぎる。アルバイトなら一発でクビにされても文句は言えないと思う。俺はアルゼさんに向かって全力で頭を下げた。


「……お嬢様から今日だけはゆっくりと寝させてあげてほしいと頼まれている。明日から自分から起きない場合には殴って起こすからそのつもりでいろ。みなの朝食もお前が作るんだからな」


 なんとまたもエレナお嬢様に気を使わさせてしまったらしい。


「以後気をつけます!」


「うむ、ではまずはこの書類だ。左の欄に商品名の値段と個数が書いてあるからその合計金額を右の欄に書け。最後に全ての合計金額を右下の欄に記入するんだ。正確に頼むぞ」


 書類とペンを差し出される。羊皮紙はだいぶザラザラとした手触りで、真っ白というより少し黄色っぽい。羽ペンはインクをつけて使うんだったよな。書類を見るとそこには肉、パンなどといった食材と個数が書かれていた。個数も少ないことからしてこの屋敷の家計簿的なものなのかもしれない。


 これくらいなら暗算でもできそうだな。もう少し桁数が増えたらメモ用の紙がほしいけどこの世界では羊皮紙も高価そうだし難しいだろうな。


「できました」


 念のために2回ほど見直しをして間違いがないことを確認したので間違えてはいないだろう。


「……かなり速いな。確認をするから少し待っていろ」


「はい」


 奴隷商のやつらが計算をできるものはとても少ないと言っていたけどアルゼさんもできるのか。本当にこの人はなんでもできるイメージがあるな。とはいえさすがに現役の高校生である俺よりはだいぶ時間が掛かっていた。


「ふむ、全て正しいようだな。それでは今度はこちらの書類をやってみろ」


 今度の書類は雑多な商品名が書かれてあり個数がとても多かったのでどこかの商店の帳簿なのかもしれない。さすがに4桁と4桁の掛け算だと暗算はきつい。紙に書いたりしたいけどそんな無駄な紙はないだろうしどうするかな。


「そうだ、アルゼ様、これくらいの大きさの不要な箱かお皿はないでしょうか?」


「ふむ、そんなものはいくらでもあるが何に使うのだ?」


「いえ、計算の補助に使いたいのですが」


 アルゼさんから不要な底の浅い箱をもらいその箱に庭の砂をつめる。これで何度も使えるホワイトボードのようなものができた。


「ふむ、なるほど、そのように計算しているのだな」


「はい、俺の国では桁の多い数の計算ではこのように縦に並べて計算しています。アルゼさんやこの国の人たちはどのように計算しているのですか?」


「……一つ目の桁から順番にひとつずつ計算している。時間がかかる上に間違いも多い。それゆえに間違いもなく計算のできる人材は商会でも重宝されている。計算するための道具もあると聞いているが少々値が張るらしい。確かにこの方法なら無駄な紙を使う必要はないな。書類に砂が付かないように注意だけはしておけよ」


「はい」


 そのあと3~4時間ほどアルゼさんと一緒に書類の山を片付けた。なんでもしばらくの間書類仕事をできるものがおらず、アルゼさんが少しずつしか処理することができなくだいぶたまっているらしい。


「よし、今日はここまででいいだろう。思ったよりだいぶ片付けることができたな、明日からもこの調子で頼むぞ」


「はい、頑張ります!」


「それではそろそろ夕食の準備をしてもらおう。こちらにこい」




 アルゼさんに付いていくと厨房に案内された。かなり大きい厨房で調理道具や調味料なども揃っているようだ。フライパン、鍋、お玉、包丁などこちらの世界でよく使っていた調理道具などもあった。


「おい、シェアルいるか?」


「はい~、アルゼ様」


 隣の部屋から昨日と同様のメイド服を着た女性が現れた。相変わらずでかい……じゃなかった、相変わらずおっとりとした雰囲気をしている。


「作る人数は5人分、……おまえの分も作るようお嬢様から言われている。食材や道具、調味料はここにあるものを好きに使え。あまり高価な食材を使いすぎるなよ。細かいところはシェアルに聞け」


「はいわかりました」


「それでは私は別の仕事に行く。ああそれから奴隷、ちょっとこっちにこい」


「はい?」


 なんだろう?アルゼさんのそばに行くとアルゼさんはシェアルさんに聞こえないように小声で話し始める。


「……シェアルにアドバイスを求めるのは構わんが、絶対に料理には関わらせるな!いいな絶対だぞ!」


 一瞬ふりかなあと思ってしまったが、アルゼさんの目が超マジだった。いや本気すぎて怖いんですけど。


「えっと、シェアルさんは料理が苦手なんですか?」


「そういう問題ではない、お嬢様の命に関わる問題だ。おまえもすぐにわかる」


 なんで!?料理だよね!?そういうのは漫画や小説の中の世界だけで実際にはちょっと焦がしたりするだけで別に命には関わらないよね。


「わかりました!」


「それじゃあシェアル、あとはまかせるぞ」


「はいアルゼ様、かしこまりました」


 最後に不安な言葉を残しアルゼさんは厨房から出て行った。厨房には俺とシェアルさんの二人きりになる。


 やばい、ちょっとドキドキしてきたぞ。シェアルさんは俺より少し年上っぽくて顔立ちもとても綺麗だ。サリアやエレナお嬢様もとても可愛らしいのだが、身長が少し離れていることもあって妹のように思えてしまう。


 そしてシェアルさんは二人にはもっていない大きな胸をお持ちである。思春期真っ只中の高校生の俺にとってはちょっと刺激が強すぎる。


「ええっと~、何を作りますう?」


「そうですね、どうしましょうか」


 おっとやばい、シェアルさんを見すぎていた。どうしても視線が大きすぎる胸にいってしまう。さすがにセクハラでクビとかになったら笑えない。


 元の世界にいたときには共働きの両親のために晩御飯をたまに作っていたからある程度のものは作れる。ただこっちの世界の人はどんなものを食べているのかよく知らないからな。


「シェアル様、実は私はここから遠い国からきておりまして、あまりこちらの料理に詳しくはないのです。こちらの国の方は普段どのようなものを食べているのですか?」


「……シェアル様ですかあ、とてもいい響きですねえ。そうですね、私もついに部下を持てるんですから頑張らないと、えへへぇ~」


 なにやらシェアルさんはにやにやと小さな独り言をつぶやいているが、いまいち声が聞き取れない。


「あの、シェアル様?」


「……はっ!いえ、何でもないのですよう。そうですねえ、この国では食事は朝と夜に2回、朝はパンに野菜のサラダ、スープなどの簡単なもの。夜はパンと肉や魚などを焼いたものなどが多いですねえ。たまに昼過ぎごろに軽食やお菓子などを食べることもありますよう」


「なるほど、パンが主食なのですね。この国には米というものはありますか?それとパンですが昨夜いたたいたパンとは異なりふんわりと柔らかいパンというものはあるんですか?」


「こめですかあ?そういえばこの国では食べないですが隣の国にそんなものがあるって聞いたことがありますよう。パンはどれもあれくらいの固さだと思いますよう」


 米があるのはありがたいな。でも異世界もので出てくる米は大体美味しくないんだよな。いろいろと研究されて品種改良されているから日本の米はあんなに美味しいらしい。それでも米は米だからな、もし食べれるようなら食べてみたいな。


 それとパン、牢屋で食べたパンは置いておいても、昨日この屋敷で食べたパンもカチカチのパンであった。元の世界の歴史だとかなり昔から酵母を使ったパンが作られていたがこの世界ではまだ酵母はないのか。酵母液ってどうやって作るんだったかなあ。


「なるほど。あとは麺料理や揚げ物みたいのはありますかね?」


「麺料理はありますねえ、私も食べたことありますよう。小麦粉でできた細長い麺をスープに入れたものですよねえ。揚げ物というのは聞いたことがないですねえ、どんな食べ物なんですかあ?」


「肉や魚、野菜などに衣を付けて油で揚げたものです。この国では油や調味料の値段はどのような感じですか?」


「揚げるかあ、美味しいんですかねえ?油はそれほど高くないですねえ、高いのは胡椒と砂糖くらいです。特に胡椒は高級品でこの屋敷には置いてませんよう」


 なるほど胡椒はなしで砂糖はちょい高価か。麺をスープにってことはうどんみたいなかんじか。ふ~む、とりあえず今日は揚げ物でいってみようか。今後は栄養価も考えていろいろ作っていかないと駄目だけど、今日はみんなが知らないような料理をだしてアピールしておこう。


「よし、今日は揚げ物でいきたいと思います。シェアル様、それぞれの食材についていろいろと教えてください」


「了解ですよう!」

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