第9話 揚げ物とマヨネーズ


「アルゼ様、晩御飯の準備ができました」


「ふむ、もうそんな時間か。すぐに行く」


「はい、お待ちしております」


 昨日と同じ食堂でシェアルさんと待っている。料理をしている間、何度もシェアルさんが手伝ってくれようとしたのだが、アルゼさんの言うとおりに今日は俺が全部やりますといって断った。そのたびにシェアルさんが残念そうな顔をしていたのがちょっと可哀想じゃないかな。揚げ物は少し危険があるから難しいけど何かを混ぜたり切ったりするくらいなら手伝ってもらってもいいんじゃないか?


「うわっ~、いい匂いね!」


 食堂のドアを開けてエレナお嬢様が入ってくる。昨日は子供のように泣いている姿を見られたからちょっと恥ずかしい。後ろにはアルゼさんとリールさんもいる。


「ほう、確かに良い香りだな」


「もうお腹ペコペコだよ」


 全員が席に着く。普通奴隷は床で主人とは別の時間で、同じものなんて食べれないと思っていなかったけど大丈夫なのかな。


「えっと本当に私もご一緒して大丈夫なのでしょうか?」


「……お嬢様がそれでよいとおっしゃっているからしかたがない。他の家では奴隷はあまった野菜の切れ端や残飯などを皆が食べ終わった後に食べるものだ、お嬢様に大いに感謝するように」


「またじいったら。よその家はよその家でしょ。いいのよユウキ、気にしないで一緒に食べましょう」


「ありがとうございますエレナお嬢様。感謝いたします!」


 そうだよな、やっぱり普通はそうだろう。少なくとも奴隷と一緒に食べるようなことはないのだろう。


「大げさね。それよりこれはなんていう料理なの?どれもはじめて見るけど」


「こちらは私の国の料理で揚げ物といいます。薄く鍋に張った高熱の油に衣をつけた食材を浸します。今回はワイルドボアとレッドバードの肉と野菜を使っております」


 こちらの世界の野菜はだいたい元の世界と同じであった。キャベツもきゅうりもトマトもあって全言語能力の翻訳も全く同じように翻訳された。しかし、肉のほうはとても種類がありもとの世界で主だった牛、豚、鳥の肉がなかった。代わりにワイルドボア、レッドバードなどの魔物の肉が主な主食となっているそうだ。


 今回はワイルドボアはトンカツ風に、レッドバードは唐揚風に揚げている。トンカツはちゃんとカチカチのパンを削ってパン粉を作り、ビーカクックという小型鳥類の魔物の卵を使っている。レッドバードは酒とみりんと魚醤を混ぜたタレにしばらく付けてから片栗粉をつけて揚げてみた。本当は醤油があればよかったのだがこの国にはないそうだ。隣の国には米もあるそうだしもしからしたら隣の国にはあるのかもしれない。


「面白いわね、普通に焼くんじゃなくて油に浸すとこんな風になるんだ。こっちの野菜にかかっている白いのはなに?」


「こちらは私の国の調味料でマヨネーズと申します。ビーカクックの新鮮な卵の卵黄と酢と塩を混ぜ、そこに少しずつ油を加えていくことによって簡単にできます。こちらの国の方はサラダに酢をかけるだけとシェアル様から聞いたので、少しまろやかな味の調味料を作ってみました」


「……ふむ、どれも見たことのない料理だな。シェアル、調理に問題はなさそうだったか?」


「はい、アルゼ様、しっかりと味見もさせてもらいましたよう。特に変なものも入れてなかったですよう」


 まあ当然監視されているわけだな。一応奴隷紋の効果でエレナ様を害することはできないが念のための毒見は必要であろう。


「ではいただいてみよう。お嬢様は少々お待ちください」


「……本当にじいは心配性ね。どっちにしろユウキは奴隷紋があるから私を害することはできないわ。えいっ」


 そういうとエレナ様はアルゼさんの制止を振り切り唐揚をひょいと食べる。またもアルゼさんは苦々しい顔をしている。俺が言うのもなんだけど本当にアルゼさんは苦労してそうだな。エレナお嬢様が食べ始めると他のみんなも食べ始める。


「うんっ!美味しい!外はカリッとしてるのに中から柔らかくて美味しいお肉が出てくるわ。衣にもちゃんと味が付いているしあったかくて美味しいわ!」


「うん、これはなかなか美味しいね。野菜も外側はカリカリとしているが中には熱がしっかりと通っているよ」


「ふむ、ワイルドボアの肉でこのような味が出せるとは。焼くのとも煮るのとも違った味だ。……これは酒にあいそうだな」


「美味しいですよねえ!あっ、こっちのサラダも美味しいですよう。私はお酢で食べるよりこっちのほうが好きですう!」


 よかった、どうやら好評のようだ。俺も食べてみたがやっぱりトンカツにはソースが欲しいな。あれどうやって作るんだったかなあ。から揚げのほうは結構うまくできたつもりだ。醤油のかわりに魚醤でも十分いけた。


 それにしてもこっちの世界の肉はもしかしたら元の世界の牛や豚や鳥よりも美味しいかもしれない。シェアルさんがいうには今日使った肉は大衆に出回っている肉で、もっと高級なドラゴンの肉などが存在しているらしい。いつかはドラゴンステーキとやらを食べてみたいものだ。


「お口にあってよかったです。アルゼ様、これらの揚げ物は私の国でもよく酒の席で好まれて食べられておりました。特にビール、いやエールとよく合うそうですよ。あとこちらの揚げ物にマヨネーズをつけてみても美味しいですよ」


 まあ俺は高校生でビールなんて飲んだことないけどな。


「やはりか。くっ、さすがに今酒を飲むわけにいかん」


「じい、別にたまにならお酒を飲んでもいいのよ?」


「いえっお嬢様、大丈夫でございます。ふむこのカラアゲとやらにマヨネーズをつけても悪くないな。おい、このマヨネーズとやらはどれくらいで作れるのだ?それとどれくらいの期間持つ?」


「ええっと、今日作ったのはいろいろと試しながら作ったので30分以上かかりましたが、なれれば15分くらいで作れると思いますよ。日持ちは日なたなどの暖かい場所におかなければ1週間は持つと思います」


 このビーカクックの卵がニワトリと変わらなければそれくらいは持つはずだ。一応卵を使っているからな、新鮮なら生で食べれるかはシェアルさんにちゃんと聞いている。


「ほうだいぶ簡単に作れるのだな。それに1週間か、それくらい持つならば十分売り物としてもいけそうだな」


「売り物ですか?そうですね、熱湯消毒したビンに詰めればもっと持つかもしれません。それから、もしこの国にないのでしたら揚げ物も十分な商品になると思います。私の国ではよく屋台などでこの唐揚は売られていました。外で売るならこの香りも武器になりますし、揚げているところもジュワジュワといい音がして見世物にもなると思いますよ」


「……お前はいいのか?お前が作った料理を我々が商品として売るのだぞ、利益が欲しいとは思わんのか?」


 ああそういう考え方もあるのか。もしかしたらこの世界でもでも商標や特許があるのかもしれない。


 どうする、マイルとサリアのことを相談してみるか?……いや、さすがにまだ尚早だ。ないとは思うが奴隷紋の力で強制的に従わされて元いた世界の知識を奪われてしまうかもしれない。今は更に信頼を得て頃合いを見計らい、元いた世界の知識で交渉するのがいいだろう。


「そもそもこれらの料理のレシピは私が作り出したものではありません。旅をしている間に人から教えてもらったものです。それを私のものとして扱うのは少し違う気がします。


 何より私はエレナお嬢様にいただいたご恩にまだ何も返せておりません。もしこれらの料理が少しでもエレナ様のお役に立てそうならぜひ使ってください。もちろん他にも商売として扱えそうな料理もありますのでお教えしますよ」


「まあっユウキったら、私のためだなんて」


 なぜかエレナ様が顔を赤らめる。いやエレナ様のためというかもらった恩を返したいだけなのだが。まあつまりはエレナ様のためだからいいか。


「……ふむいい心がけだな。商売にするかはわからんが覚えておこう。今日の料理も悪くなかった、明日からもこの調子で頼むぞ」


「ふふっ、じいったら素直に美味しいって言えば良いのに。ユウキ、ありがとうとても美味しかったわよ!」


「もったいないお言葉です!明日からも頑張ります!」




 ふう~さすがに今日は疲れた。俺は今皿洗いや明日の朝食の準備を終えて自分の部屋にいる。


 いままでバイトをしたことがなかったから初めて働いたことになる。まあ初日から寝坊をしてしまったわけなんだが。今までは遊んだり勉強をしたりしているだけだったが、働くって大変なんだな。今更ながら働いてここまで俺を育ててくれた両親に感謝したい。それに母さんから教えてもらった料理も役に立ったよ。みんなも美味しそうに食べてくれて、料理した自分もうれしくなったな。


 そういえば昨日は疲れきって部屋の様子を全く見ていなかったが、3つのベッドがあることから3人用の使用人の部屋なんだろう。机もあるし、俺が一人で使うには大きすぎる部屋だ。エレナお嬢様の両親についても、これだけの広い屋敷で使用人がほとんどいない点についてもいろいろと気になることはあるけど今は自分の仕事をしっかりとこなすことに集中しよう。


 うしっ、明日は絶対に遅刻できないし早く寝よう。時計はないから時間がわからないけどおそらく21時にもなっていないと思う。やはり明かりがないとみんな早く寝て早く起きるのだろう。目覚まし時計がなくても起きれることを祈って早く寝るしかないな。

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