第4話 異世界の街並み


「……腹へった」


 盗賊どもに奴隷としてとらえられてから3日がたった。

 

 今まで3日間も何も食べないで過ごしたことなどなかったのでこれほど空腹が辛いとは思わなかった。人間って何日まで何も食わずに生きていられるんだろうなとぼーっとした頭で考えていた。確か水さえあれば一ヶ月くらいは生きていられるんだったっけ。




「ユウキ兄ちゃん、今日もモモタロウの話して」


「ユウキお兄ちゃん、私はシンデレラがいい!」


 俺より早く捕まったはずなのに何でみんな俺より元気なんだよ……。でもまあ俺が最初にここに来た時よりはだいぶ元気が出てきたようでなによりだ。あの時は死んだ魚の目をしているというのをリアルで見たような気がしたよ。


 それにしてもよくこんなに童話を覚えていたものだよ。俺も小さいころはこうして母さんから話をたくさん聞いていたのかな。本当に母さんに感謝だな。


 今日はどんな話をしてあげようか考えていると外がなんだか騒がしい。何か異変でもあったのだろうか。しばらくすると一人の盗賊がテントの中に入ってくる。


「おらクズ共、さっさと出てこい。これから街の奴隷商にお前らを引き渡すからよお。てめえらにとっちゃ最低限の飯は出てくっからここにいるよりはましになっかもしれねえぞ。せいぜい高値で売れてくれや」


 ……食い物か。そうか奴隷商も商売だから商品である俺達を死なせないためにも最低限の食事くらいは出してくれそうだ。少なくともこの盗賊のアジトにいるよりはマシかもしれない。


 俺達三人は荷馬車の後ろに乗っけられる。もしかしたらこの移動で逃げるチャンスがあるかもしれない。希望を捨てずに機会を見定めるんだ。




 残念なことに盗賊達と俺達の荷馬車は順調に二日間の道のりを超えて街に到着した。森を抜け広い草原を抜けて街の城壁の前までたどり着いた。日中は荷馬車を走らせて夜は野営をする。景色も日本では見られないようなとても広大で美しい草原を見れて、一緒の荷馬車に乗っている髭面で凶悪そうな顔をした同乗者がいなければ最高の旅になったに違いない。


 今日でこちらの世界にきてから5日が過ぎたことになる。この世界にきてからまだ何も口にしていないが、昨日辺りからもう空腹を感じなくなってきている。人間ここまで何も食べないとこんな状態になってしまうのか。この世界に来た時よりもすでにだいぶ痩せてきた気がする。


 


「すげえ、こんな大きな城壁はじめてだ」


 荷馬車の隙間から外を見るとそこには巨大な城壁があった。街の城壁は5メートル近くあり、レンガのようなものを積み上げてできているようだ。テレビとかで見るヨーロッパの城壁に見えるがなにぶんとてつもなく広い。街を丸々囲っているのか端から端まで移動するだけで半日くらいかかりそうだ。子供達も驚いている。村に住んでいたといっていたから、初めて街に来たのかもしれないな。


「がっはっはっ、兄ちゃん、いろいろ旅をしてきたっつってがこんなでけえ街にくるのは初めてか?ここいらじゃ一番でけえ街だからな、城壁もとんでもなくでけえだろ」


「すごいですね……というかこんな立派な街にあなた達が入れるんですか?」


「ああん?んなもん普通に入ったら捕まるに決まってんじゃねえか」


「へへっ、そこは裏技ってやつよ。今日のこの時間に行くと買収した門番に伝えてあっからよ。俺たちが行ったときだけ検査はスルーって寸法よ」


「……なるほど、さすがですね」


 俺たちを売って金が手に入るおかげか盗賊たちの口は軽い。それにしても門番をすでに買収済みってわけか。買収を受けて盗賊達を街に引き入れる門番か。この街も腐っていそうだな。


 盗賊達の言ったとおり、俺達や盗品がたくさん乗ったこの荷馬車はろくにチェックもされずに街の中に入れてしまった。とりあえず門番に助けを求めても無駄だということが事前にわかっていたのである意味よかった。




 城壁の中にはこれこそ異世界と呼べるような景色が広がっていた。門の前にはとても広い道、大勢の人々や荷馬車が所狭しと行きかうも余裕があるほどの広い道があった。行きかう人々の格好も様々であった。大きな荷物を背負った商人のような人、農作物をたくさん持った農民のような人、プレートアーマーを身につけて少し人相の悪い冒険者のような人と様々である。


 いや、人だけではない。頭から耳を生やし、長い尻尾をパタパタと振っている猫の獣人、ほとんど犬の姿のまま二足歩行しているような犬の獣人、毛むくじゃらの髭面をした少し背の低いドワーフなど人族以外の様々な種族がここに存在しているようだ。


 街の様子はとにかく雑多であった。大きな家に小さな家、二階建ての家なんかもある。材質も石でできていたり木でできていたり、コンクリートのようなもので塗り固められているような家もある。材料のままの色の家や白色や茶色、はたまた赤色や青色といった派手な色で塗られた家もあった。


 これらすべての存在が目の前に広がった瞬間、俺は一瞬ではあるが盗賊に奴隷として捕らえられたことを忘れてこの光景に目を奪われた。こんな状況でなければ、あの神様にこの世界につれてきてもらったことを感謝していたかもしれない。




「へへっ、それじゃあな、ガキ共に兄ちゃん!なかなかの高値で売れてくれたおかげで俺達は満足だ。これで今日はたらふくうまい酒が飲めるぜ。せいぜい達者で暮らせや、あばよ!」


 門から街に入って数十分。門の前の通りとはだいぶ違ったスラムのような雰囲気の場所にある商店に俺達を乗せた荷馬車は入っていった。そこで盗賊達は俺達をおろし、金を受け取っていた。


 くそったれ覚えていろよ、今度おまえらにあったら絶対にとっ捕まえて憲兵さん達に引き渡してやるからな!




 盗賊達から奴隷商に引き渡される際に両手両足の枷は外されたが新たに奴隷商の枷が両手に付けられた。俺達は奴隷商の店の地下にある牢屋の中に入れられた。地下の牢屋は10以上あり、牢屋の中には多くの者が入れられていた。獣人などの人族以外の奴隷なども数多くいた。不幸中の幸いか俺達三人は同じ牢屋に入れられた。


 牢屋は地下にあるため非常に薄暗い。廊下にある蝋燭のわずかな光しか入ってこない。そして何よりこの匂いがやばい。トイレは牢屋の隅にある穴にするようにいわれたがそこから臭う汚物の匂いが耐えがたい。牢屋は地下にあるので窓などもないので換気ができず、数十人がこの地下にいるので排泄物の量も多いのだろう。どう考えても盗賊のアジトの環境のほうがよかった気がする。


 窓もなく頑丈な鉄格子に囲まれているため、ここから脱出することは非常に難しそうに思える。牢屋の鍵を奪って逃走するのが現実的だが鍵は地上で管理してあるらしくどこにあるのかさえわからない。こういうとき元の世界の知識があってもどうにできない。




「おらよ、今日の飯だ。さっさと食え」


 この店の使用人らしい強面の狼の獣人が鉄格子の隙間から食料を放り投げ、水の入った桶を入れる。小さなパンが3つと生ゴミのような野菜の切れ端が今日のご飯だった。これが奴隷の食事か、さすがに心が折れそうになる。


「おいしい!よかったここではちゃんと食べ物をくれるんだね」


「わ~い、久しぶりのご飯だ」


「ユウキお兄ちゃん、食べないの?おいしいよ」


「ああ、ありがとうサリア、それじゃあ少しいただくよ」


 俺はサリアからパンをひとつと野菜をの切れ端をほんの少しだけもらった。こんな状況でも俺を気遣ってくれる本当にいい子達だ。俺が子供のころにこんな状況に陥ったら間違いなく他人のことなど気にかけずに食料を全部独り占めしようとするかもしれない。


 よく考えたらこれが一週間ぶりの食べ物であり、この世界に来てはじめての食べ物である。それがガチガチのパンと野菜の切れ端か。異世界ものででてくるマンガ肉やドラゴンステーキとはほど遠い。とはいえどんなに不味そうでも食べものは食べ物だ。もはや腹も減りすぎて感覚がないがどれ。




 ……ちくしょう、うますぎて涙が出てきそうになる。


 おそらく酵母のようなものがないのだろうか、ガチガチに焼き固められた、パンとはいえないようなパン。地面に投げ捨てられ土がついたせいでジャリジャリとした感触少し残っている。野菜はキャベツの芯のような切れ端で少し腐り始めておりすっぱい味がしている。


 だがそれでも、そんなにひどくて食事とはいえないような物でも、俺が今までに食べたどんなものより美味しかったのだ。空腹は最高のスパイス?いやいやそんな生易しいものじゃない!極限状態にある状態ではどんな食べ物でもこんな味になるんだな。


 泣くな、こんなことで泣くなよ俺……危なかった、この子達がいなくて俺独りだったら間違いなく泣いていたな。


「……そうだね、とっても美味しいな」


「うん、よかったよね、これからはちゃんとご飯食べれるんだよね」


 本当に逞しくていい子達だ。むしろ年上の俺のほうが励まされるよ。

 

 なあ神様、もしこの状況を見ているんだとしたらさあ、この子達だけでも助けてやってくれないかな。なあ、頼むよ……

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