第5話 別れの夜


 次の日の朝、子供達は順番に牢屋から出されて、使用人に連れられ上の階へあがっていった。この奴隷商の主人にあってどんなことができるのか聞かれたようだ。そして俺の番が来たらしい。


「おら、次はお前だ。さっさと来い!」


 昨日食事を運んできた狼の獣人に連れられて上の階に上がっていく。よし、これはチャンスでもある。逃走するための情報を手に入れられると良いんだが。




 一階のとある部屋に入れられるとそこには恰幅のいい男が椅子に座っており、そばには別の使用人らしきものが椅子のそばに立っている。キラキラとした派手な色の服を着ており、両手には宝石のついた指輪をいくつもつけている。こいつがこの店の主人なのだろう。


「私がこの店の主のダルサだ。客の前では旦那様と呼ぶように。早速だがお前の情報を教えろ。名前と年齢、それとできることだ。


 言っておくがこれはお前のためでもあるからな。お前ができることが多いほうが高く売れる。そして高く買ってくれる客のほうが奴隷の扱いも格段にいいし、しっかりとした飯を出してくれることが多い。精一杯アピールしてみろ」


 俺のためねえ。どうせあんたが高く売りたいだけだろうに。こいつらのような盗賊達から奴隷を買うような店なんだ、買い手に関してもろくな客であるわけがない。とはいえこのダルサという男のいう事にも一理あるし、異世界からきたということは当然いわずに奴隷受けしそうなことを言っておこう。


「名前はユウキで年齢は18歳です。できることは料理と洗濯、掃除などの基本的な家事、それと基本的な計算と読み書きもできるので行商の手伝いなどもできます」


 とりあえず役に立ちそうなことを伝えてみる。するとダルサは胡散臭そうな目で俺を見てきた。


「家事はいいとして、読み書き計算だと。ハッ、嘘をつくならもっとましな嘘をつけ!『常闇の烏』のやつらからお前はただの旅人だったと聞いたぞ。読み書き計算などこの街のものでもできるものは一部の商人くらいだというのに」


 そこまで疑われるは思わなかったな。読み書き計算ができる人がそんなに少ないとは。もしかしたらこの世界の文明レベルは俺が思っているものより更に低いのかもしれない。


「いえ、本当にできます。旅をしている間にいろいろと覚えました」


「……そこまでいうなら試してやる。もし嘘だとわかったら罰を与えるからな。おいっ、羊皮紙とペンを持って来い」


「はっ!」


 そういうと一人の使用人らしき人が机から羊皮紙とペンを取り出し、ダルサの前におく。するとダルサはさらさらと何かを書き始めた。


「ほれ、できるものならこれを読んで、この計算を解いてみろ」


 そういってダルサは羊皮紙を俺の前に突き出してくる。やっべ、そういえば一応できると神様には言われているけど文字とか他の種族の言語でなんか話したことないぞ。大丈夫かな?ああ、よかった。ちゃんと日本語になって読めているな。


「今日私はお山へ行きました。5×3の答えは15で8×9の答えは72です」


 ……俺は小学生かよ。この世界の文明レベルは大丈夫か。いや、もしかしたらちゃんとした教育制度ができる前は元の世界でもみんなこんな感じだったのかもしれないな。そのあとも小学生レベルの問題をいくつか解いていった。


「おおっ、正解だ!なんと、本当にできるではないか。掘り出し物じゃないか、これはかなり高く売れそうだぞ!」


 ダルサの機嫌がとたんによくなる。俺が高く売れそうなことがわかり喜んでいるようだ。


「よし、いいぞ、こいつはここで売るには勿体無いな。こいつは中央にある高級店に移すぞ。おいっ、中央のやつに手紙を書くから届けてくれ」


「はっ!」


 この店以外にも中央店なんてあるのか。っていうかこの店を離れるということはあの子達と離れることになる。あの子達とはたった一週間だけの付き合いだったけどだいぶ情が移ってきた。ここから逃げ出すことができないならばせめて同じ場所で働くことはできないだろうか。


「あのう、旦那様。もし可能であれば私と一緒に連れてこられた子供達と同じ買い手を探してもらうことはできないでしょうか?」


「ああん?」


 先ほどまでのにこにこした表情から一変し、俺を鬼のような形相でにらみ、使用人から先が割れた鞭のようなものを受け取るダルサ。使用人が俺の体をつかみダルサのほうへ背中を向けさせる。


「奴隷ごときが私に意見するな!」


「ぐわっ」


 バシンッ、バシンッと大きな音が部屋に響く。ダルサが鞭で俺の背中を何度も打ちつける。


「おまえら奴隷どもは黙って主人のいうことに従っていればいいんだよ!少し褒めたからといって調子に乗りやがって!新しい客のところに言っても主人に言われたことに全て従い、それ以外は何もしゃべるんじゃねえぞ。俺の店の教育ができてないと言われたらたまったもんじゃねえからな」


 痛てえ!盗賊のやつらに蹴られたときの痛みの比じゃない。鋭い痛みが背中全体に走る。背中の皮がずるむけたような感覚に陥るが血は出ていないようだ。おそらくは拷問道具なのだろうか、打ち付けた箇所を傷つけることなく苦痛のみを与えるようにできているらしい。


「いいな、同じ牢に入っているガキ共にもこの鞭を味あわせたくなければしっかりと伝えておけよ。奴隷は意見を持つな、黙って主の言うことに全て従え!お前は明日の朝に他の場所に移動させるからな、わかったら返事をしろ!」


「……はい、わかりました」


 くそっ。結局こいつも自分のことしか考えていないクズ野郎か。正直に自分のできることなんか言うべきではなかった。


 その後俺は牢屋に戻された。子供達に明日別の店に移動させられることを伝え、基本的には主人となる人に従うように伝えた。逆らうと鞭で叩かれるからよっぽどのことがない限りは従うようにも伝えておいた。




 その日はこれで最後だからとたくさんの話をした。時計がないから時間はわからなかったが夜遅くまで話をしていたと思う。最後はニ人とも話を聞きながら眠ってしまった。ニ人が眠ったのを確認した後でと俺も眠りに付いた。この子たちとも今日で最後か。本当にさびしくなってしまう。


「……ユウキお兄ちゃん、ちょっといい?」


「んんっ、どうした?なにかあったかサリア?」


 真っ暗な牢屋の中でサリアに声をかけられて目が覚める。いつも寝る時はサリア、マイル、俺の順番に川の字で寝ているから、反対側に移ってきたようだ。マイルもまだ気持ちよさそうに寝ている。


「ねえ、ユウキお兄ちゃんは明日別の場所に移っちゃうんだよね?最後にちょっとだけお話してもいい?」


「ああ、もちろんいいよ。シンデレラのお話がいいかい?それとも新しいお話がいいか?」


「ううん。ユウキお兄ちゃんが話してくれるお話はみんなとっても面白いんだけど、今日は私のお話を聞いてくれる?」


「もちろんだよ。そういえばサリアやマイルのことはあまり聞いてなかったね」


「えっとね、サリア達はオニール村っていう村で育ったの。ここみたいなおっきな街みたいじゃなくて本当にちっちゃな村なの。でもね、村にはたくさんの牛さんがいるの。牛さんのお乳を搾るときはサリア達も手伝うんだよ。すっごく大変なんだけどその後にお母さんがこっそり飲ませてくれるお乳が美味しいんだあ」


「へええ、俺もいつかオニール村に行ってみたいな。サリア達が搾った牛の乳も飲んでみたい」


「えへへ、ユウキお兄ちゃんがもっと早く村に来てくれればよかったのになあ。そしたらもっといっぱいお話もできたのに。それでね、牛さんのお世話が終わったら今度は畑のお手伝いをするの。雑草を取ったり、水をまいたりしたり。それが終わったら夕方まで遊んでてもいいんだ。毎日マイルと一緒に鬼ごっことかかくれんぼとかして遊んでたの。


 あの日もいつもと同じように遊んでたら、いきなり大人の人が現れて大きな袋にいれらてアジトに連れてかれちゃった」


「そうか、怖かったよな」


「うん、あいつらに捕まった時もすっごく怖かったの。ご飯も食べさせてもらえないし、もうここで死んじゃうんだって思ってた。そんな時にユウキお兄ちゃんが捕まってきたんだよね。


 お兄ちゃんは面白いお話をいっぱいしてくれたわ。悪い鬼を退治するお話、悪いおサルさんを懲らしめるお話、毒リンゴを食べたお姫様が王子様のキスで生き返るお話、魔法で綺麗なドレスを着せてもらった女の子のお話、どのお話も聞いていたらとっても元気が出たの」


「そっか、みんながちょっとでも元気が出てくれてよかったよ。といっても全部人から聞いた話で俺のおかげじゃないさ」


「ふふっ、それにユウキお兄ちゃんはとっても優しいよね。マイルをかばってくれたり、昨日や今日だってお兄ちゃんもおなかすいてるのにこっそり私達の分のご飯を多くしてくれたり。お兄ちゃんと別れる前にちゃんとお礼を言いたかったの。私達にいっぱい元気をくれてありがとうって!」


「……それは俺が年上だからだ。年上は下の子達を守ってやるものなんだよ。俺の村ではそう教えてもらってた」


「そっかあ。ユウキお兄ちゃんの村にもいつか行ってみたいな。とってもいい村なんだろうね。


 ……ねえお兄ちゃん、サリアだってもう子供じゃないよ。女の奴隷がどんな扱いを受けるかだって知ってるんだよ。これからサリアだってそうなるのもわかってるけどお兄ちゃんのお話のおかげで元気がでてきたよ。諦めなければいつかサリアにも王子様が迎えに来てくれるかもしれないもんね!」


「……サリア」


 ちゅっ


「大好きだよ、ユウキお兄ちゃん!サリアの初めてのキスはユウキお兄ちゃんにあげるね!それじゃあおやすみ」


 恥ずかしかったのかバタバタとあわてて元いた場所に戻っていくサリア。ずいぶんとませた女の子だ。とはいえ俺も初めてのキスなのでドキドキしている。ああそうだよ、18年間彼女なんていたことねえから、こんなちっちゃい子供からでも唇にキスされただけで動揺しちまうDTですよ。


 それにしてもサリアは本当にいい子だ。サリアだけじゃない。マイルはちょっと内気だけどとても友達思いの男の子だ。盗賊に捕まっていた時も誰かがテントに入ってきた時には必ずサリアをかばおうと前に出ていた。震えるほど怖いだろうけど、それでも前に出てサリアを守ろうとするとても勇気のある子だ。


 二人ともこんなひどい状況下でも友達を思えるとても優しい子供達だ。


 なあ、神様。どうしてこんないい子供達が奴隷として売られ、腐りきった盗賊や奴隷商がのうのうと生きている理不尽な世界に俺を送ったんだ?なあ、答えてくれよ。

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