3-6 女神教の女聖騎士

 第3城壁を巡って、アンデッドの大軍との戦いが始まる。


 もはや状況は誰の目から見ても、絶望的な状況だった。


 だから、私は一つの決断をした。


「聖騎士アイリーンが、法王猊下に進言いたします。

 このままでは聖都の陥落は必死。

 ですが、魔王軍のアンデッドごときに、この聖都を明け渡すなど、女神教の信徒にとってあってはならぬことです」


 私は法王猊下への謁見を願い、すぐに聞き届けられた。

 私は地上における女神の代理人である、法王猊下の前に跪いて献策を行う。



「敵は膨大な数のアンデッドを操っていますが、これほどの規模となれば、魔王軍の有力な将か、あるいは魔王が直々にアンデッドを率いている可能性がございます。

 私は生き残った部下たちと共に、聖都を包囲しているアンデッドの軍勢を突破し、陣の最奥にいるであろう、アンデッドを操る術者を討滅したいと思います。

 法王猊下には、ぜひともそのご許可をいただきたくございます」


 私は深々と頭を下げて、法王猊下の許可を持つ。


 乾坤一擲、膨大な数のアンデッドを相手にするのではなく、術者を討滅する。

 さすればアンデッドたちは統率を失って、散り散りになるはず。

 統率を失ったアンデッド相手であれば、残された聖都の兵だけでも、なんとか戦い抜くことができるだろう。


 もはや可能性の話でしかないが、このままアンデッドの大軍を相手にするよりは、遥かに勝算のある賭けだ。


「聖騎士アイリーンよ、そなたは術者を討つと申すが、あれほどのアンデッドの大軍を突破するが可能なのか?」


「可能です。ただし、術者を討ち倒すとなれば、おそらく私も、そして部下たちも、ただ1人として生きて戻ってくることはかなわぬでしょう」


 もとより、私は生きてアンデッドの術者を討てると考えていない。


 これほどの数を操る敵を相手にするのだ。

 聖騎士と呼ばれる私であっても、勝てる見込みは薄い。


 しかも、今の私は万全の状態に程遠く、戦いで疲弊し、消耗している。


 であれば、相打ち覚悟で、敵を屠ってみせる。


「聖騎士アイリーンよ。女神教の信徒であるそなたに、女神様の祝福があらんことを。

 そなたの願いを聞き入れる。

 この地を魔王軍の侵攻より守るべく、そなたの命を懸けるがよい」


「はい、法王猊下」



 私は深々と法王猊下に頭を垂れた。




 そして私は、生き残った部下たちと共に、最後の突撃を敢行した。


「皆、ありったけの魔力を使って、敵を蹂躙せよ!

 あとのことを考える必要はない。

 ただ敵を突っ切り、陣の最奥にいる術者を討滅するのみぞ!」


「「「ウオオオオーッ!」」」


 もはや誰も生きて帰れぬことを覚悟している。

 死兵となって、私たちはアンデッド蔓延る魔王軍の、陣深く目指して突撃した。




 ただ、私たちの予想に反して、聖都に攻め込むアンデッドの数は、想像以上に少なかった。


 第3城壁を出た直後こそ、アンデッドの大軍で溢れていたものの、包囲網を突破すると数がまばらになり、戦闘と呼べるほどの戦いもなく、先へ進んでいくことができた。


「これは何かの罠か?」


 あまりの呆気なさに、当初は疑いを持ったほどだ。



 しかし、考えてみれば聖都には数多くの神聖魔法の使い手がいて、彼らがアンデッドを浄化し続けた。


 無限に思えた魔王軍のアンデッドは、私たちが思っていた以上に浄化されていたようだ。

 魔王軍側も、もはや戦力の底が見えるまでに、数を減らしている。


 そのまま私たちは、第2城壁を越え、さらに第1城壁を抜けて、聖都の外へ出る。


 そして平原の只中に、ただならぬ気配を放つ者を捕らえた。


 まだ距離が離れているのに、その存在を見ただけで、全身に鳥肌が立ち、息をしていることさえ、苦しくなるほどのプレッシャーを感じる。


 奴こそが、アンデッドを操る術者で間違いない。


 あの存在を前にすれば、いやがおうにでも理解させられる。


「皆、女神様へ信仰を捧げよ。我らの命を捧げろ。聖都を犯す魔王軍の将を討て!」


 あれは人間が勝てるような相手ではない。


 だからこそ、私たちは死兵となって、アンデッドを操る術者へ向けて突貫した。





 その存在は、黒いローブを纏った骸骨だった。


 スケルトンはおろか、防衛線の只中で何度も見かけたリッチとすら比べ物にならない、深淵の闇を纏う存在。


 その存在をただ一言で表せば、『死』そのもの。


 あれが、魔王軍の将であるはずがない。


 私たちの前にいる魔が、間違いなく魔王だ。



 我々女神教の信徒たちは、未だに魔王がどのような姿をしているのか、知りえずにいる。

 だが、目の前にいる存在を知れば、それこそが魔族の王である、魔王だと理解させられる。


 頭ではなく、本能が叫ぶのだ。



 その存在が放つただ一つの魔法で、私の部下のうち10名以上が即死した。


 馬が突然地面に崩れ落ち、乗っていた部下たちは、馬から投げ落とされて地面を転がる。

 彼らは、物言わぬ骸と化していた。



 おそらくは即死魔法。それも範囲型だ。


 私の部下である神殿騎士は、武一辺倒の戦いだけでなく、女神様の祝福を受けた神聖魔法の、優れた使い手でもある。

 そんな私たちは、即死魔法への高い耐性を有している。

 なのに、それが何の意味もなく、たった一つの魔法で命を刈り取られた。


 続く魔法で、広範囲に毒の沼が生み出され、そこに突っ込んでしまった兵が、乗っていた馬諸共、ドロドロに溶かされてしまう。

 体から肉が剥がれ落ち、煙を上げながら、みるみる間に骨だけになる。


 その骨すら溶かされ、毒の沼の一部と化してしまった。


「ウアアアアーッ」

 その雄叫び、あるいは悲鳴は、一体誰のものだろう?


 部下の錯乱する声かもしれない。

 あるいは私自身の悲鳴だったのかもしれない。


 あまりにもあっけなく、命が刈り取られてしまった。


 信仰と命を賭けた私たちの戦いが、まるで赤子を相手にするかのように、あっさりと捻り潰されていく。


 それでも、戦わなければならない。

 命を捨てて、奴と相打ちになってやる!



 その後も繰り出される大魔法の中を突っ切り、私はただ我武者羅に魔王を目指していく。



「行けーっ!」


 途中、魔王の放つ攻撃魔法が私に迫った。

 それを横合いから飛び出した部下が体に受けて、私を守ってくれる。


 攻撃を受けた部下の体に穴が開いたが、それでも最後に、私に進むことだけを叫ぶ。


 止まることなどできない。


 もはや、私には魔王を討つ以外に道などない。



 私は、生まれ持った神聖魔法への高い適性の全てを引き出した。

 その力は、自分の体で受け止めきれないほどの力。

 巨大な力の放流が駆け巡り、耐えることのできない体が悲鳴を上げる。


 口から血が零れだし、ドロリとした感触を感じたが、私の命を代償にして剣が光り輝く。


 手にする剣にあらん限りの力を流し込み、剣が煌々たる輝きを放つ。


 私に魔王の放つ攻撃魔法が迫るが、輝く剣を振るえば、魔王の魔法が両断される。



 まるでお伽噺で聞いた、勇者が振るう剣のように、私の命を糧にした剣が、魔王への道を切り開く。



 だが、魔王は狡猾で、私に攻撃が効かぬと分かれば、私の跨る愛馬へ狙いを定めた。


 馬へと向けられた魔法の一撃を切り裂くことは流石にできず、私の馬は絶命する。

 馬から投げ出され、私は地面の上へ投げ出された。


 だが、何も怖くない。


 強大な力を放つ代償に、私の命がいつ尽きるとも分からない。

 地面に投げ出され、体が壊れることも厭わずに、魔王へ向けて走った。


 足が強烈な悲鳴を上げる。

 口からは息ではなく、血が溢れ続けている。


 接近していくと共に、近距離で容赦なく放たれる魔王の魔法を捌ききれなくなり、私の片腕が消し飛ばされた。



 だが、それがどうした!

 私は自分の命が残っている間に、魔王を剣の射程に捉えた。


「ウオオオーッ、死ねぇー」


 もはや声を出せなかった。

 だが気迫は失われていない。



 私は、煌々と光り輝く剣を、魔王へ振り下ろした。


 その一撃は、魔王の周囲に展開していたと思しき防御結界を、一撃で砕く。

 防御結界がただの一撃で砕かれると思っていなかっただろう魔王が、ほんの一瞬動揺したように感じられた。


 相手は表情のないアンデッドなのに、確かにそう理解できた。


 そして私が振り下ろした剣は、魔王の片腕を切り飛ばした。



 渾身の一撃を振り下ろしたのに、あろうことに最後の最後で、魔王が咄嗟に自らの腕を犠牲にして、私の一撃を逸らした。


 私の剣は、魔王に致命傷を与えることができなかった。



「まだまだーっ」


 だが、だからどうした。

 私は、止まれない。



 振り下ろした剣が地面にめり込もうとするが、即座に振り上げて、魔王に続く第2撃をお見舞いする。



「見事っ!」


 魔王が、そう言った気がする。

 私の振り上げた剣は、下から魔王の体を捕らえ、その体を切り裂いた。



 しかし、そこまでだった。

 私の体ば限界を迎え、無様に前のめりに倒れてしまう。


 それが限界だった。


 魔王を確実に葬れたのかは分からない。

 もう目が見えなくなって、周りのことが何もわからない。


 息をしようとしたけれど、口からはゴボコボという音がする。

 口の中に血が溢れているのだろうが、もう血の味すら分からない。



 でも、私は自分が死んでいく只中で、目の前に誰かがやってくるのに気づいた。


 ああ、それは私の仲が良かった従姉妹たち。

 それに、私の母や父たちの姿。

 次々に、私が共に時間を過ごしてきた人たちの姿が現れる。


 そして、そんな彼ら全てを抱く、大きな存在がいることに気づいた。

 それは魔王のような存在より、さらに強大で、まるで世界そのものを抱擁する、大きな力に思えた。


 とても暖かくて、神々しい。

 きっとこのお方こそが、私が信仰している女神様なのだろう。


「ああ、女神よ。今、あなたの身許へ向かいます」


 死の瞬間に女神様に出会えたこと。

 そのことに満足して、私の魂は、そこで全ての終わりを迎えた。

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