2-1 帝国の皇子は異世界召喚される

 祝、地獄の事務仕事からの脱出。



 異世界召喚魔法の力が消え去ると、今までいた執務室から、一瞬で周囲の景色が変わった。

 ちらりと周囲を確認すると、地球ギリシャのパルテノン神殿をパクったような、パクテノン様式の神殿だった。



「ようこそ異世界から召喚された勇者様、私は……」


 そんな神殿の中、1人の女が進み出てきた。

 だが、俺は手で続きを制する。



 異世界召喚物のテンプレで言えば、聖女だか、王女だろうが、そんなことは今はどうでもいい。

 物凄く、どうでもいい!



「トレイだ」


「はいっ!?」


「大至急トイレに行かせてくれ!余裕がない!」


「えっ、あの、ちょっ」


 物わかりの悪い女だな。

 俺が両手を掴んで、顔を近づけて言っているのに、この女は意味を理解できてない。


 なぜか顔を真っ赤にして、アタフタしているが、こっちはそれどころじゃない。



「このままだとヤバすぎる!」


 問答無用、俺は女の手を握ったまま、その場から移動する。


「今すぐトイレの場所まで連れて行け!

 でないと世界が滅びる。主に俺とイクスの世界が!」


 この場には女だけでなく、鎧兜を纏った騎士の格好をした連中もわんさかいた。

 槍や剣といった武装を持っているが、切っ先は収められていて、俺たちを攻撃してこようって態度ではない。


 とはいえ、衆人環境でお漏らしなんてやらかしたら、俺とイクスは死ぬぞ。

 これ以上ない羞恥心にさいなまれて、現場にいるこいつらを、核撃魔法で範囲数キロごと、まとめて消し飛ばしてやる。

 俺は温厚なので範囲数キロで済ませるが、まだ幼いイクスなんて、恥ずかしさのあまり隕石魔法メテオを降らせて、周囲100キロ単位で地形をクレーターにしかねないぞ。



「えっ、あの、ちょっ、イヤアアーッ」


 ダめだ、この女マジで使えねえ。

 トイレの場所も教えられないとか、連れてくるだけ無駄だった。


 しかたなく俺とイクスは、急いでパクテノン神殿の外へダッシュ。

 建物の外に出ると、連れてきた女はその場にポイだ。


「お前、こっちを絶対に振り返るな」


「何なんですか、いきなり。私の腕を掴んで引きずったかと思えば、今度は……」


 役立たずなど、用済み。


 抗議の声を上げているが、それを無視して俺とイクスは、ズボンのチャックを解放。

 パクテノン神殿の外壁に向かって、そのまま立ちションをした。


「ハー、生き返る」


「助かったー。でもいいの、兄さん?

 ここって神殿の壁でしょう。そんなところに立ちションなんてして、あとで怒られない?」


「気にするな。というか、気にする余裕は、お前にもなかっただろう」


「うっ、それはそうだけど‥…」


 イクスは真面目ちゃんだな。


 俺なんて、親父が殺した天界の神が葬られた墓地に、昔ションベンかけてスッキリしたことがある。

 神殿の壁に立ちションするくらい、全然気にしないぞ。


 俺とイクスは、その後1分くらい立ちションしてすっきりした。


 あの女秘書め、帰ったらクビだ。

 俺とイクスに、これほどの苦行を課すとか、今後俺たちの傍に近づけないようにしてやる。

 覚えてやがれ。


 自爆の危機を脱すると、違うことを考える余裕が出てくる。

 俺たちをこんな目に遭わせた女秘書に復讐を誓い、ションベンを出し切った俺は、ズボンのチャックを上げた。


「フー、スッキリスッキリ」


「助かったー」


 俺もイクスも、互いに笑いあって、無事に済んだことに安堵する。

 とてつもない開放感に包まれて、気分がいいなー。


 そんな俺たち2人が振り返ると、俺たちを指さしながら、真っ青な顔をして口をパクパクさせている女がいた。

 陸に打ち上げられて、死にかけている金魚みたいな口の動きだ。


 何がしたいんだ、こいつ?


「イヤー、神聖なる女神神殿の壁に、なんて冒涜を。

 この背信者、背教者、邪悪な悪魔がー!」


 訳の分からないことを叫びだしたぞ?


「それに処女である私の前で、あんなものを突き出して……ウ、ウエーン、私の純潔が汚されたー」


 叫んでいたかと思えば、今度は顔を真っ赤に染めて、メソメソと泣き出してしまった。


「イクス、女を泣かせるなよ。こういうやつらって、あとが面倒臭いんだぞ」


「ぼ、僕のせいもあるけど、半分は兄さんのせいだと……」


「んんー???」


 ちょっと、何を言っているのか分からないな。

 俺は笑顔でイクスを見る。


「……に、兄さん、笑いながら脅すのはやめてよ」


「ヘーイ」


 さすがにこれ以上はダメだよな。

 仕方なく、笑顔脅しを引っ込める俺。



 ま、それはともかく、めそめそ泣いて、ついには地べたに座り込む女。


「私の処女が……責任を取って、私の夫となりなさい。

 それにしても、2人ともいい顔をしてるじゃない。逞しい男と、もう1人は女の子?

 私よりも見た目がいいとか、嫉妬するわ。

 あれ、でもさっきはアレがついていたから……」


 この女、心底面倒くさそう。


 このままバックレるか。

 俺はイクスの肩に手を乗せ、転移魔法でこの場からトンズラすることにした。

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