2-1 帝国の皇子は異世界召喚される
祝、地獄の事務仕事からの脱出。
異世界召喚魔法の力が消え去ると、今までいた執務室から、一瞬で周囲の景色が変わった。
ちらりと周囲を確認すると、
「ようこそ異世界から召喚された勇者様、私は……」
そんな神殿の中、1人の女が進み出てきた。
だが、俺は手で続きを制する。
異世界召喚物のテンプレで言えば、聖女だか、王女だろうが、そんなことは今はどうでもいい。
物凄く、どうでもいい!
「トレイだ」
「はいっ!?」
「大至急トイレに行かせてくれ!余裕がない!」
「えっ、あの、ちょっ」
物わかりの悪い女だな。
俺が両手を掴んで、顔を近づけて言っているのに、この女は意味を理解できてない。
なぜか顔を真っ赤にして、アタフタしているが、こっちはそれどころじゃない。
「このままだとヤバすぎる!」
問答無用、俺は女の手を握ったまま、その場から移動する。
「今すぐトイレの場所まで連れて行け!
でないと世界が滅びる。主に俺とイクスの世界が!」
この場には女だけでなく、鎧兜を纏った騎士の格好をした連中もわんさかいた。
槍や剣といった武装を持っているが、切っ先は収められていて、俺たちを攻撃してこようって態度ではない。
とはいえ、衆人環境でお漏らしなんてやらかしたら、俺とイクスは死ぬぞ。
これ以上ない羞恥心にさいなまれて、現場にいるこいつらを、核撃魔法で範囲数キロごと、まとめて消し飛ばしてやる。
俺は温厚なので範囲数キロで済ませるが、まだ幼いイクスなんて、恥ずかしさのあまり
「えっ、あの、ちょっ、イヤアアーッ」
ダめだ、この女マジで使えねえ。
トイレの場所も教えられないとか、連れてくるだけ無駄だった。
しかたなく俺とイクスは、急いでパクテノン神殿の外へダッシュ。
建物の外に出ると、連れてきた女はその場にポイだ。
「お前、こっちを絶対に振り返るな」
「何なんですか、いきなり。私の腕を掴んで引きずったかと思えば、今度は……」
役立たずなど、用済み。
抗議の声を上げているが、それを無視して俺とイクスは、ズボンのチャックを解放。
パクテノン神殿の外壁に向かって、そのまま立ちションをした。
「ハー、生き返る」
「助かったー。でもいいの、兄さん?
ここって神殿の壁でしょう。そんなところに立ちションなんてして、あとで怒られない?」
「気にするな。というか、気にする余裕は、お前にもなかっただろう」
「うっ、それはそうだけど‥…」
イクスは真面目ちゃんだな。
俺なんて、親父が殺した天界の神が葬られた墓地に、昔ションベンかけてスッキリしたことがある。
神殿の壁に立ちションするくらい、全然気にしないぞ。
俺とイクスは、その後1分くらい立ちションしてすっきりした。
あの女秘書め、帰ったらクビだ。
俺とイクスに、これほどの苦行を課すとか、今後俺たちの傍に近づけないようにしてやる。
覚えてやがれ。
自爆の危機を脱すると、違うことを考える余裕が出てくる。
俺たちをこんな目に遭わせた女秘書に復讐を誓い、ションベンを出し切った俺は、ズボンのチャックを上げた。
「フー、スッキリスッキリ」
「助かったー」
俺もイクスも、互いに笑いあって、無事に済んだことに安堵する。
とてつもない開放感に包まれて、気分がいいなー。
そんな俺たち2人が振り返ると、俺たちを指さしながら、真っ青な顔をして口をパクパクさせている女がいた。
陸に打ち上げられて、死にかけている金魚みたいな口の動きだ。
何がしたいんだ、こいつ?
「イヤー、神聖なる女神神殿の壁に、なんて冒涜を。
この背信者、背教者、邪悪な悪魔がー!」
訳の分からないことを叫びだしたぞ?
「それに処女である私の前で、あんなものを突き出して……ウ、ウエーン、私の純潔が汚されたー」
叫んでいたかと思えば、今度は顔を真っ赤に染めて、メソメソと泣き出してしまった。
「イクス、女を泣かせるなよ。こういうやつらって、あとが面倒臭いんだぞ」
「ぼ、僕のせいもあるけど、半分は兄さんのせいだと……」
「んんー???」
ちょっと、何を言っているのか分からないな。
俺は笑顔でイクスを見る。
「……に、兄さん、笑いながら脅すのはやめてよ」
「ヘーイ」
さすがにこれ以上はダメだよな。
仕方なく、
ま、それはともかく、めそめそ泣いて、ついには地べたに座り込む女。
「私の処女が……責任を取って、私の夫となりなさい。
それにしても、2人ともいい顔をしてるじゃない。逞しい男と、もう1人は女の子?
私よりも見た目がいいとか、嫉妬するわ。
あれ、でもさっきはアレがついていたから……」
この女、心底面倒くさそう。
このままバックレるか。
俺はイクスの肩に手を乗せ、転移魔法でこの場からトンズラすることにした。
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