1-2 統一帝国の皇子たち

 とまあ、この日はここまでは平和だった。


 たださー、俺ってこれでも4つの世界を支配している大魔王の息子で、皇太子殿下だ。


 親父は年を理由にして、ここ最近は政務をサボっていて、俺にかなりの量を押し付けてくる。

 それも皇太子という地位だけでは弱いと思ったのか、始祖帝の次席であることを示す、副帝なんて地位を用意して、俺に押し付けてきた。


「副帝とは、始祖帝にして魔王である余の次席を意味する地位である。

 その権限は余に次ぐものであり、帝国のあらゆる決定を行うことが可能である。

 ……てことだから、俺の仕事を代わりにやってくれ」


 いい笑顔でそんなことを宣い、親父は始祖帝としての仕事を、俺にぶん投げてきやがった。


「これも息子の将来を思っての親心。

 俺が死んだ後の皇帝はお前なんだから、今から事務仕事も覚えていかないとなー。

 息子の将来を考えてる俺って、メチャ優しい」


 空々しいことを宣って、親父は仕事を完全放棄しやがった。



 というわけで、家族の団欒が終わったら、俺は執務室に連行されて、地獄の事務処理をする羽目になる。


 そしてそこで200の仕事をこなせば、女秘書がすぐさま500の仕事を新たに持ってくる。


「……」


 俺が無言で500の仕事を片付ければ、女秘書はにこりともしないクールな表情で、3000の仕事をすぐさま運んできた。


「……」


 その3000が終わったら、10000に増えた。



 女秘書は、背中から伸びている黒い羽の生えた翼を微動もさせず、ニコリともしやしない。


 なお、女秘書の種族は堕天使。

 昔は母上付きの天使だったが、天界侵略時の戦争に敗れて堕ちてしまい、堕天使になった。

 そして今じゃ、俺の秘書に収まっている。


「お茶が欲しい、肩が凝った、少しきゅうけ……」


「ダメです!」


「チッ」


 この堅物女、俺に休む暇すら与えないとか、鬼だ。

 鬼と言うか、堕天使だけどさ。


 そんな女秘書のありがたくない監視の元、俺は粛々とさらに仕事を進める。



「に、兄さん……」


 なお、俺の執務室にはイクスも同席している。

 まだ10歳にもなっていないが、こいつにも俺の仕事の一部を任せている。


 ただ、数時間に及ぶ書類との格闘で、顔からは精気が抜けて白くなり、眼には涙がうっすらと浮かんでいる。

 体も小刻みにプルプルと震え、怯える小動物みたいな姿をしている。


 多分、トイレに物凄く行きたいんだろう。

 俺は優しいので、突っ込まないでおこう。


 それよりもだ。


「イクス、親父が死んだら俺が次の皇帝になるが、その時はお前が副帝になるんだ。

 将来の副帝として、今のうちに仕事を覚えておかないとな。

 弟の将来を考えて、今から仕事を覚えさせている俺って、マジで弟思いだよなー」


 うんうん、俺って弟思いのいい兄だ。


 そんな弟は、今すぐこの場から逃げ出して、トイレに行きたそうにしているが、俺はお前を逃がさない。

 だって、俺もトイレに行きたいけど、堅物女のせいで、それすら許されないのだ。


 一蓮托生、もし自爆する時は、共に死のうじゃないか。




 とまあ、そんな感じで、俺たちは粛々と仕事を進めて……


「兄さん……」


 俺たちは仕事を進めて行けばいいのに、イクスの奴が、またしても俺の方を見てくる。


「イクス、仕事を……」


「兄さん、気づいて……フエッ」


 おっと、いけない。

 それ以上、口に出してはいけない。


 俺は急いでイクスの口に人差し指を当てて、黙らせる。


「いいか、イクス。何もないんだ。何も気づくことなんてない」


 俺はにこりと笑って、イクスを諭した。



 今この瞬間、執務室の内部で、とある異世界召喚魔法が進行している。

 だが、俺もイクスも、それに気づいてないのだ。


 そして、このままの状態だと女秘書に確実に魔法の存在が気づかれてしまうが、俺がうまく隠蔽魔法を使って、召喚魔法の反応を極限まで隠している事も、気づいてはいけない。


 女秘書は、俺の隠蔽魔法の効果で、召喚魔法の存在に気づけていない。



 だが、イクスの奴は……


「ヒエエエッ」


 俺は笑顔で諭しているだけなのに、なぜかガクガクブルブルと震えている。

 もしかして、とうとう自爆してしまったのか?



 イクスの股間に一瞬視線を向けたが、自爆はまだしてないようだ。


 なのに、どうしてそんなに怯えているのかなー?

 俺は、お前の兄貴で、怖くなんかないぞー。

 笑顔で弟を脅すような、悪党じゃないからなー。



 そうこうしているうちに、俺たちのいる執務室が白い光に包まれる。

 召喚魔法の発動だ。


 あ、そうだ。

 堅物女まで一緒についてくると面倒だから、こいつは召喚から除外、っと。


 召喚魔法は俺が使用したものでなく、外部から使われているもの。

 それも俺たちがいる世界とは、全く別の世界からだ。



 ただし、俺は始祖帝の第一後継者。

 仮にもノリと勢いだけで、世界征服×4をやらかした男の息子なので、異世界召喚魔法を都合のいいように書き換えることなど朝飯前だ。


 とはいえ、流石にこの状況になれば、俺の隠蔽魔法も意味をなさなくなる。

 女秘書も、何が起きているのかに気付いた。


「皇太子殿下、一体何を!」


「あばよ堅物女、俺たちは異世界に行ってくる!」


 慌てる女秘書など無視して、俺とイクスは、異世界召喚魔法に包まれて、その場から姿を消した。




 祝、地獄の事務仕事からの脱出。

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