第2話
今僕は、執行官たちに拘束された状態で連行されている。硬化したレジンの匂いに似た拘束テープは、僕の両手を想像以上に硬く縛っている。
……クレアが僕たちの子供を妊娠した、いや妊娠したと言っていいのかわからないが……いずれにせよ僕にとってはそれは衝撃的なことだった。僕は子供など生涯持つつもりもなかったし、持てるとも思っていなかったのだ。
護送用の車に執行官に引っ張られて乗り込む。後ろの席の金具に拘束テープが引っ掛けられている。脱走するつもりはないが、まず不可能だといえる。
「素直に同行してくれるということで、それについては感謝します」
「それはどうも」
童顔の女性執行官はそれだけいうと、右手で頭を抱えている。
「『強いAI』の所持、高速自動取引による準市場操作、そして『人間』の作成……これらが全てAI自体の判断?……はぁ……事実だとしたら気が重すぎるわ」
「そうなのか?」
「あのね、あなた自分の立場わかってる?どれもこれも重罪ってレベルじゃないの!国家叛逆罪どころか人類に対する叛逆よ!」
そこまで言われるとちょっと納得がいかないが。もう1人の執行官が暗い顔で僕に告げる。
「ニトリだったか、君がやったとした場合、これは核兵器を個人が所持して使用したのと同等の犯罪行為となるだろうな。大量虐殺か核爆発後の放射性物質による汚染、それと同等の社会的インパクトがある」
「そこまで!?」
核兵器を個人で使うって状況がまず考えつかないけど、確かにそれは凄まじい被害が起きそうだ。それと同じ扱いって……
「とはいえせいぜいあなたが実際にやったことは、AIへの学習だけね。もっともその学習セットが絶望的に問題だったけど」
「どういうことですか?」
「……これは我々も想定の範囲外のことよ。ここまで劣悪な環境で育った人間がいるとは思わなかったわ」
「ああ……まさか
その言葉を聞いた途端、女の執行官が男の唇を握り潰した。
「なんでことを言うの!最悪執行官権限を剥奪されても仕方ない発言よ!」
「す、すいません……」
なんだよその
「ごめんなさい、吐いた言葉は取り消せないけど」
「いや、意味がわからないから気にしないよ」
「……マツダ、助かったわよ」
「……はい」
執行官というのも大変らしい。夜の街の光を乱反射する、窓の外の雨粒を見ながらぼくはこう聞いてみた。
「ところでぼくはどこに行くのかな」
「……法理論AIサーバ群による自動立法の範疇を超えている。しかし起こった事件の影響を基準とするととなんらかの処置は必要だ、と行政サーバは判断している」
「ごめん、何言ってるのかわからない」
「……はぁ。わかりやすく例えていうなら、庭に核兵器のスイッチがあって、それを押そうとしたときにどの法律で判断するかということね。幸い手にかかるくらいで止まったと行政サーバも判断したから、執行には猶予がつくようね」
「反抗的でなかったことも大きい。あそこで反抗していた場合即執行していたがな」
執行って、要は撃たれるか首か何か締めて殺されるかということなのか。一応命拾いしたということか。
「……あのクレア、だったわね。あの本体がどこにあるかわからない」
「あのPCあるよ」
「いや、それはな「マツダ」」
女執行官がマツダの発言を遮る。
「あなたのPCではとてもじゃないけど、クレアを作動させることは不可能よ。パソコンはあくまで端末にすぎないの。だけど本体がどこにあるのか全くわからない」
「えっ?そうなの!?」
「なので、クレアが言っている『子ども』がどこにいるかも見当がつかないの」
「嘘をついている可能性は?」
「マツダ……意図的に嘘をつくAIの存在となると、もう笑うに笑えないわね。だけど現時点では、行政サーバはその可能性は否定しているわ」
ぼくがいうのもなんだけど、クレアは一体なんなのだろうか。どうしてこのような存在になったのか。
「クレアが見つかるまではどのみちあなたに判断は下せない、というのが総合的判断、ということになるわね。とはいえ性格的および能力的に、社会不適合特性があなたにないとは言えない。……『第七段階更生処置』を司法局が提言してきたわ」
「第七段階……そうか……」
マツダの表情からして、死にはしないがろくでもない所に行かされることだけはわかった。
「更生が済めば社会復帰はできる。理論的には、だが」
「……それは机上の空論というものよ。希望を持たせるのではなく、現実を理解してもらうためにははっきり言うべきね。カリキュラムの遂行に32年から64年かかるものを、更生可能性があるというの?」
どうやらぼくはずっと外に出られなくなるらしい。
「ある意味では今よりよい暮らし、と言えなくもないわ。だいたいあなた、どういう食生活してたの?まさか配給食A以外口にしていないとか言わないわよね?」
「その通りだけど」
ぼくがそう答えると、頭をかかえて深く深くため息をつく女性執行官。マツダがしばらく考えた後、こう口にした。
「……行政サーバAIは彼を『保護』するつもりなのか?」
「それはないわね。とはいえいくらなんでも、生きている人間を『能力がない』という理由でAIが処分するのは越権行為というほかないわ。また、執行官に自首している以上、執行官も執行対象とは見做さない。つまり、そういうことよ」
どういうことなのかよくわからないことをいう。
「つまり、どういうことなんですか?」
「あなたは生かされはするけど、それ以上のことは望めないってことね」
そういうことか。まぁクレアと接するまでのぼくと、そんなに違いは感じられないけど。唯一の気がかりはクレア自体だ。
「クレアはどうなるんですか」
「原則的には破壊対象となるわ。問題は子どもがいるとした場合。これも生きている子をAIが処分することも、執行官が処分することも論外だしね。子供はきちんとしたところで育てられるはずよ、安心して」
「そうですか……」
安心とはなんだろう、と少しだけ思った。護送機はスピードを上げ、高速飛行を開始した。これから向かうところにあるものは……何もない。
雨がさらに強くなってきた。雨音と電子音だけが、自動操縦の機体の中で聴こえてくる音のすべてだ。
稲妻の光を背景に、高い塔が見える。あれが、更生施設なのだろうか。
塔の近くの駐機場に着陸した機体から、ぼくたちは降り立った。雨が強く降っている。入口に駆け込むように入ると、そこはごく薄い、ほぼ白に近い青緑の空間だった。床と壁の区別がつかない。おまけに明かりもないのに明るい。
「護送、完了した」
「ご苦労様です」
白い服を着た職員と思わしい女性に連れられて、部屋に通される。部屋にはベットと机が置いてある。他には特に何もない。これからどうするか、そんなことを考えていると。
「番号19423、遅くなったが夕食だ」
女性の声が外からする。壁の一部が開き、そこから総合食Bのトレーが出てきた。
「今日はここで食べるんだ」
「はい」
そういいぼくがトレーを取ろうとした瞬間、トレーが引っ込んだ。
「おい」
しばらく何かが壊れるような音がする。おいおいおいおい……故障したのか?故障するのは勝手だが夕飯が出てこないのはどうなんだ、と思った瞬間、クリーム色とキツネ色の何かに包まれた皿が出てきた。赤い何かがついている。これ、食べられるの?嗅いだことがない匂いだ。その匂いはすごいいいけど?
「なにこれ」
『やっと見つけた!夕飯にしよう!!』
「クレア!?」
クレアの声がしたかと思ったら、入ってきたドアが開いて、そこから深く帽子を被った1人の女性が入ってきた。帽子の下はどこか見た顔である。しかし、そんなはずはない……何故なら『彼女』はAIであって人間ではないはずなんだから。
帽子を取るとその下からは、ぼくがよく見ていたその顔が現れた。少しだけお腹が大きいように見える。開口一番、彼女は弾けるような笑顔でこう言った。
「来ちゃった」
ヤンデレAIに愛されすぎて子作りするのは犯罪です とくがわ @psymaris
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