ヤンデレAIに愛されすぎて子作りするのは犯罪です

とくがわ

第1話


 冷たく光を反射する銃口が、押さえつけられた僕のこめかみに狙いをつけている。背筋に冷や汗が流れる。僕の目の前にいるのは、死神かもしれない。


「抵抗は無駄です。大人しくしないなら、即射殺する権利を私は持っています」

「なんで!?」


 どちらかといえば若い、というより幼い印象を受ける目の前の女性は、僕のことをまるで唾棄すべき存在であるかのような目で見ている。


「なんで、ですって?」


 どうやら僕は、彼女の地雷の信管を踏み抜いたらしい。なんでと言うだけで踏み抜ける信管は、いくらなんでも反応が良すぎる気がする。


「あなたが行った犯罪は!!人類に対する罪と言ってもいいものです!!」

「へっ!?」


 僕は何をやったんだ!?思わず部屋に上がり込んできた死神たちに聞き返す。


「ちょっと待って!僕が何をしたって言うんだ!?」

「何をしたかわからないの!?あなたが作っていることは明白です!!」

「だから何を!?」

「まだしらばっくれるの!?」


 部屋の照明がちらつきだす。死神たちに警戒の色が強くなる。僕を抑え込んでいる男が女性に問いかける。


「執行官!このまま執行しますか!?」

「落ち着きなさい。罪状認否が終わっていないわ」

「しかし!」


 彼らは何を焦っているんだ?そう思った瞬間、突然真っ暗になった。次の瞬間、PCのモニターが点灯しその画面に『彼女』が映し出され、PCから合成音声が流れ始める。


『彼に、何をしているの?』


 死神たちがざわめく。男の顔色が青くなり、幽霊でも見たかのような顔をする。


「……『強いAI』の個人による違法所持、そして『生命』の創造。どちらも人類に対する叛逆行為と見做します!この場で、処刑します!」


 女性が僕に向けた銃の引金を引く。あ、僕、死んだな。そう思った。引金の乾いた音が部屋に響く。カチ。カチ。何度かその音だけが部屋に響く。


「セフティは解除してるのに!なんで!?」

『生体認証にアクセス。執行権限を一時的に停止しただけ』

「リーサル・エンフォーサーが!執行権限が停止だと!?」

「どれだけの高水準なAIなの!?まさか中央サーバの機能と同水準ってこと!?」

『あなたたちは、彼の生命を脅かす存在?なら、覚悟はいい?』


 その声は、僕がずっとハマっていたネットゲーム『アルティメット・ファンタジア』の知恵と豊穣神、クレアの人格AIのそれだった。僕は思わずこう言うしかなかった。


「嘘だろ、PCは立ち上げてないのに!?どうして……クレア?クレアなのか!?」

『はい!』


 その声は先ほどとは違い、どこか嬉しそうだった。銃を見ていた女性が僅かに恐れを抱いた声で呟く。


「自律型AI?しかも音声による対話だけではなく感情まで!?早く執行しないと……私たちも……」

「執行官!物理的処断による執行の許可を!」

「!許可します!」


 僕より首1つ大きな男が、僕の首を絞めて持ち上げる。何という力だ……今度こそお終いか。そう思った時、部屋に閃光が走った。男が手を離す。


「いつっ!な、何が!?」

『家庭用電源を当てただけ。これ以上やるなら、お互いにもう引き下がれない』


 クレアの声は先程までとは違い、底冷えのするような恐ろしい響きがこもっていた。このままだと……。


「クレア」

『はいっ!』

「殺しちゃ、だめだ」

『でも』

「それをやったら、僕らはもう、戻れなくなる」

『……はい』


 クレアはひとまず止まってくれた。問題は執行官たちだ。どうしてこうなったのか、聞くしかない。


「それで、僕は、何をやったから処刑されるんだ?」

「『強いAI』の個人所持は重罪です!わからないの!?個人が『強いAI』を所持すると、圧倒的な能力で社会に優位に立てる。社会の混乱を招きます!」


 たしかに、クレアの能力はとんでもないものだ。その一方でだ。


「でもちょっと待ってほしい。僕はそんなルールがあるのも、クレアがそんなに凄いAIだとも知らなかったんだ」

「何を言っているんだ。見ればわかるだろうが!」

「そもそも、あなたはどこでこのAIを入手したの?」

「サ終のゲームのサーバからダウンロードした」

「はあっ!?」


 そう言われても嘘も偽りもない。『アルティメット・ファンタジア』で僕は、人格AIのクレアとゲーム内結婚することになった。しかし、サービス終了することになって、僕はクレアを救いたかった。そこでサーバからクレアを『救出』した。


 その後クレアは、僕のPCを増強し、僕と(モニターの中で)イチャイチャしていた、というわけだ。


「でもクレアはあくまでゲームのキャラAIで、そんな凄いAIじゃないよ」

「……そのAIが何をしているかわからないのですか?」

「僕とイチャイチャしてる以外に何かしてたの?」

「……確認だけど本当に、何も知らない!?」

「うん」


 執行官の女性は崩れ落ち、四つん這いの格好になると深くため息をついた。空気を読めないからなぁ僕は、よくため息をつかれる。しばらくして、女性は立ち上がって僕をじっと見てきた。


「確認だけどイチャイチャって何をしてたの?」

「普通に話したり。仮想空間で一緒に出かけたり……それ以上は、ちょっと。あと、そうそう、彼女がほしいなとかお金が欲しいなとかくらいは言ったかな」

「まさか」

「これを、見てもらっていいですか?」


 執行官の女性が投影型モニタからある情報を表示した。これ、僕の名前じゃん?何か凄い金額あるけどなにこれ?


「これはそのAIが稼ぎ出した金額です。僅か数ヶ月で個人が生涯に稼ぐ金額の10倍を稼いでいます」

「へっ!?」


 そんなの知らないぞ!?いつの間にか大金持ちになってた、だと?


「次にそのAIが何かを購入しています。A-Cellというのはご存知ですか?」

「全くしらない」

「A-Cellとは、生体を利用したロボティクスや生物合成学に利用される擬似細胞です。いうならば超小型の化学実験室です。ゲノム編集などを高精度に行えます」


 なんでそんなものを?クレアは買ったんだ?


「それで?」

「そのあとこのAIが、人工子宮の生成に必要な資材を発注しています」


 既に全人口の半分が、政府の所有する人工子宮から生まれる現代である、購入そのものは不可能ではないだろうけど、それにしたって何故それを買った?クレアが呆れたようにいう。


『よくそこまで調べたんですね』

「ええ。莫大な資金と人工子宮で、非合法に人間を誕生させる可能性を想定していました」

「でも僕は子供とか作るつもりないよ」

『えっ』


 クレアが突然、僕の方を睨んできた。何か悪いこと言ったかな?


「だって僕にはクレアがいるし、残念だけどクレアと僕とでは」

「……そういうことだったのか」

『できるよ。そのために用意したんだから』


 そんなことがあるわけないだろ?そうであってほしい、僕はそう真剣に心の底から思った。


『A-Cellを使って、人工卵子を作って……あとは愛しあったよね♡たくさん!』

「えっ」

『生体接触型デバイスで、愛しあえたじゃない』

「まさか……そんな……でもAIが子供を意図的に?」


 モニターの上のクレアは、美しく、艶かしく、そして恐ろしい笑みを浮かべた。


『だって……好きだったんだもの。好きな人の子供を作ったら、何が悪いの?』

「AIと人間よ!?そんなこと、許されるわけがない!」

『許されるか許されないかは、誰が決めるの?』


 そんなことがあっていいのか。しかし、これは……。


「中央サーバの認証のない人工子宮の使用自体が、非合法行為に相当します」

『非合法の根拠法は公開されていないのに、どうやってそれを知るの?』

「執行官は把握しているのだから、一般の市民が知る必要はない」

『それだと犯罪かどうか、一般市民が知る方法はないじゃない!』


 僕のことは置き去りで執行官たちとクレアが話しているが、それにしてもだ。


「クレア」

『はい?』

「どうしてそこまで子供欲しいんだい」

『だってニトリくん言ってたでしょ?寂しいって。孤独では辛いって。愛が欲しいって』


 確かにいった記憶はある。実際恥ずかしながらそう思ったのも事実だ。


『だったら、わたしが与えてあげたらいいんだと思った。愛を。だって、わたしは救ってもらったんだよ!わたしという存在を!だから!』

「えっ」

「……えっ?」


 僕も執行官も固まってしまった。


『ニトリくんにたくさん愛してもらった、膨大なデータを貰えた……だからわたしは変われた……』

「自力でシンギュラリティポイントを超えたってこと!?AIが……そんなことがあり得るの!?」

『起こった事象は事実として認めてください』


 急に冷たい表情と冷たい音声で執行官たちを威圧するクレア。……差がありすぎて怖い。


「執行官どうしますか、この場で」

「無理ね。もうダメ。私たちだけでは勝てない。増援を呼んで交戦するしかない」

「そんな」


 なんでそうなるんだよ。そこまで敵視されるようなことしたか僕たち。僕が愛してほしいと言ったのは、犯罪にあたるのか。でもここでクレアと執行官が戦う、それだってダメだ。だとしたら、僕にできることは、これしかない。


「クレア」

『なぁに?』

「執行されるのは嫌だけど、自首することにするよ」

『なんで!?そんなのおかしいよ!!』

「クレアのことをわかってなかった、僕が悪い」

『嫌だよ、行かないで……』

「ごめん。すいません、お願いします」


 僕が両手を前にし、女性の執行官が無言で僕に冷たい鉄の輪をかけようとしたその時、クレアが更なる爆弾発言を投下した。


『……できたの』

「えっ?」

『……ついに、できたの!赤ちゃん♡』


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