第2話 少女達との出会い

あれから無事に家まで帰り、次の日の朝になった。

同僚達はまだ倉庫に避難しており、会社も休業となっている。

テレビではずっとパンデミックの事が放送されているが、状況は悪いままだ。


パンデミックが起きている地域は全て封鎖され、脱出する際は一旦隔離されてからになるらしい。

安全な地域との境には大勢の人が集まり混乱も起きている。

警察能力も極端に低下し、一部では略奪も起きているほどだ。

ゾンビもあちこちを徘徊はいかいし、正に世紀末といった様相になっている。


ゾンビについては情報が錯そうしており、ゾンビに仮装してフェイク情報を上げているやからまで現れて何が正しいのか分からない。

日に日にゾンビが増えてるのは事実のようで、上空からの映像にゾンビが映る事が増えてきている。


「さてと、行くか。」


そろそろ食料が少なくなって来たので今日は近くの店に行くつもりだ。

ゾンビに反応されない状態を見つかる訳にはいかないので、辺りが暗くなってからの出発になる。

殆どの人達は昼に移動しているからちょうど良いだろう。


(あそこは大丈夫そうだな。)


近くのコンビニは入り口が封鎖されていて誰かが立て籠もっているようだった。

他の店も似たような感じで夜の街をさまよっていた所、入り口が開いている商店を見つけた。

入り口付近に数体ゾンビがうろついており、明かりのついた室内にも何体か居るのが見える。


息を潜めて周囲の建物を観察し、誰も覗いていない事を確認する。


(よし、大丈夫そうだ。)


ほんの小さな音を立ててゾンビを入り口から離し、隙を見て中に侵入する。

中に入れば外からは見えづらくなるので安心だ。


(うまくいったな。後は商品を貰っていくだけだ。)


店の奥にもゾンビがいるらしく、扉を叩く音が聞こえる。

監視カメラを確認し、不自然な様子が映らないように注意して物色していると、奥から声が聞こえてきた。


「……せん!…か居るんですか!?助……下さい!!!」


全ては聞き取れなかったが、助けを呼ぶ声のようだ。

女性の助け声の他に、しゃくり上げるような声も少し聞こえる。何人か居るようだ。

恐らくは監視カメラの映像を見て気づいたのだろう、今も声が続いている。

その声に釣られて店内のゾンビが奥に向かっていった。


(どうしようか…。)


ここで見捨てても何も問題は無いだろうが、助けた方が良いような気がする。

女性達を通して新たな物資や情報が手に入る可能性も有るし、パンデミック圏外の出身なら外部の協力者ができるかも知れない。


ゾンビは音で誘導する事が出来るし、カメラに気を付けて行動すれば怪しまれる事は無い。

殆どノーリスクで人を助ける事が出来るのだ。しかも恐らくは若い女性を。

行動の邪魔になるようなら別れれば良いと思い、そこまで深く考えずに行動した。


(若い女性に感謝されるだけでも嬉しいもんだ。)

何だかんだと理由を考えたが、結局はそれに尽きるだろう。男なんて単純なものだ。


「助けるから静かにしろ!音で誘い出す!」


慎重に奥へと進み、大声で話しかける。

ゾンビが群がっている扉の奥から物音がしたと思ったら静かになった。


(さてと、鬼さんこちらーっと。)


声に釣られて寄ってくるゾンビを避け、徐々に外へと誘導していく。

ゾンビの動きは遅いので簡単なものだ。


(よし、と。)


店外に出した後に入り口を封鎖する。

倉庫に入った時に通用口があったので帰りはそこを使うつもりだ。


「もう大丈夫だぞ。」


全ての部屋を確認し、ゾンビが居ない事を確かめた後で一番奥の部屋へと声をかける。

よく見るとドアは変形して鍵の部分も壊れている。間一髪の救出だったようだ。


オレの声に反応してゆっくりと扉が開き、中から3人の少女が出て来た。

日焼けした茶髪のギャルと黒髪をポニーテールにした少女、その後ろに金髪で背の低い少女がいる。


「ありがとうございます!!」


3人がお礼を述べてくる。ギャルからも礼儀正しく丁寧に言われ、見た目とのギャップに戸惑った。

丸一日は閉じ込められ、扉も破られる寸前で死を覚悟していたらしい。皆目元が赤く、金髪の少女は放心状態のようにも見える。


「ウチは内山うちやま莉緒りお、高2です。本当にありがとうございました。」


「私は外風そとかぜ伊織いおりです。伊織と同じ2年生、剣道をしています。命を助けて頂き本当に感謝しております。」


「…エマは中林なかばやし絵麻えま。中1です…。本当に…ありがとう…。」


それぞれ自己紹介をして貰い、改めて感謝された。

ギャルが莉緒、ポニテ少女が伊織、金髪少女が絵麻だ。

絵麻は話してる途中に思い出したのか、また泣き出してしまった。

莉緒と伊織が元々の友人で、金髪の子がゾンビに襲われそうになった所を助けてここに逃げこんできたとの事だ。

3人は既に名前で呼び合ってるので名前で呼んで欲しいと言われ、その通りにしている。


「オレは火口ほぐちえんだ。まずは食事にしよう。」


言いながら店内までの道を先導する。3人はゾンビの影に怯えながらもしっかりとついて来てくれている。

店に入ると外にいるゾンビに驚いたが、中に入って来れないと分かると安心したようだ。

3人がそれぞれ商品を選び、迷わずレジに向かう。異常事態でも迷わず清算しようとする姿に感心した。


倉庫に戻って食事をしながら今後どうするか聞いてみた。

3人ともかなり善人に見えるので、軽い事なら協力してやろうと考えている。


「これからどうするんだ?」


「ウチは…家は圏外で戻れないんです。避難所が近くにあるからそこに行くしか無い、のかな…?」


「私も同じです。」


「エマは…ママの所に行きたい…。」


絵麻の話を聞くと、少し離れた所に母親が避難しているらしい。

携帯の充電が切れる前からやり取りしていて、今も事務所の電話を使って定期連絡している。

母親が絵麻を助ける為に避難所を離れようとした所、引き止められて外に出させて貰えなくなったとの事だ。

他にも救援の電話を思いつく限りかけてみたが、良い返事は貰えなかったらしい。


2人も絵麻に付き合うとの事なので、オレも同行する事に決めた。

美少女達と一緒に行動するのは楽しいし、集団行動の予行練習にもなるだろう。


「分かった。オレも付き合うよ。今日はそろそろ寝よう。」


同行を口にすると非常に喜ばれた。やはり3人だけでは心細かったのだろう。

少女達を夜に連れ出す訳にもいかず、一旦ここで夜を明かす事にした。

寝具は何も無いから事務所のソファを全員で使う。2つ有るソファの内一つ占有させて貰い、3人は残りのソファに密集して座っている形だ。



夜も更けてきた頃、事務所の電話が鳴り響いた。

その音に驚いて目を覚ますと、ちょうど莉緒が電話を取った所だ。


「はい。 …げ、肉身にくみ?何であんたがここの番号知ってるの?」


(ん?肉身…?)


聞き慣れた名前に耳を傾ける。


「助けてやる?オレの女になれ?…バカじゃないの?もうウチら助けられてるし。」


「だから助けなんていらないわよ!アンタよりずっとカッコイイ王子様がもう助けてくれたわよ!!」


そう言って勢いよく電話を切る。こちらに気付くとバツが悪そうな顔をしていた。


「…あー、売り言葉に買い言葉というヤツです。…変な事言っちゃってすみません。」


顔を赤くしながら言ってくる。まぁ変な期待はしない方が身の為だろう。


「莉緒、肉身からだったのか?何て言ってきたんだ?」


心配そうに伊織が尋ねる。確かに肉身と言っているようだ。


「そこから助けてやるからオレの女になれだって。伊織も一緒に可愛がってやるって言ってたわよ。」


莉緒の言葉に伊織が心底嫌そうな顔をする。


「ちょっと聞いて良いか?肉身ってあの肉身家の人間の事か?」


話を聞くと、やはり肉身家の人間で、莉緒のクラスメイトらしい。

普段からしつこく付きまとわれており、ここの番号も恐らくは無理矢理聞いたのだろうと言う事だ。

本家の人間らしいから、オレの知っている肉身かちょうの甥辺りかも知れない。

性格もまさしく肉身家の人間らしく、傲慢、卑劣から始まる罵詈雑言の嵐を聞く事が出来た。


(しかし、そうなると…)


上司の肉身は女絡みで殺人紛いの事をした。今回も女性が絡んでいて相手の性格も似ている。

念の為これからは警戒しておこうと決め、3人には休むよう伝えた。

すぐにこの場を離れる事も考えたが、3人連れて夜道を進む危険と、途中で肉身と遭遇する可能性を考慮して実行には移さなかった。


それから少しした頃、店からガラスの割れる音がして来た。


(…やはり来たか。)


恐らく来ると思っていても全面窓ガラスを防ぐ方法など見つからず、されるがままの状態だ。

どこから持ってきたのか鉄アレイのようなものや金属製の工具を次々と投げ入れてくる。

騒ぎをかけつけて莉緒たちが来るが、入ってくる前に注意する。


「危ないぞ!来るな!」


こちらの声に反応し投げ込むのを止めたと思ったら、大音量の音楽が流れてきた。

ラジカセか何かを投げ入れようとしているようだ。


「バカか!それをやったら人殺しだぞ!!」


叫べばゾンビを引き付けてしまうと黙っていたが、アレを見たらそんな事を言ってる場合じゃない。

オレの声に少し動揺したみたいだが、結局は投げ込んで来た。


「ざまあみろ!オレ様の誘いに乗らないからこうなるんだ!」


その声とともに、倉庫側の通用口の外からも音楽が流れ始める。恐らく協力者が居たのだろう。

店側の方は諦めて裏側を急いで止めようとするが、伊織が手を掴んでくる。


「駄目です!既にゾンビがいます!火口さんが行くなら私が行きます!」


言って扉を開けようとする。

余りの展開に付いて行けず、思わず肩を抱くように止めた。


「何でそうなる!危ないだろう!」


「火口さんが怪我したらもう誰も助かりません!止めに行くなら私が一番適任です!」


伊織の言葉に思わず納得しかける。

確かに今まで危機を乗り越えられなかった3人だけでは助かる可能性は低いだろう。

オレが襲われない事を知らなければある意味正しいのかも知れない。

とは言え、そのまま伊織を出す事は出来ず、裏のラジカセも諦める事に決めた。


「まずはバリケードを作るぞ!倉庫に入って来たらお終いだ!」


店内との扉にモノを積んでいく。事務所の扉が壊れている以上、ここを壊されたら状況は最悪になる。

莉緒と絵麻も協力して、何とか扉を塞ぐ。


一息ついていると、事務所に行った伊織が慌てて皆を呼んでくる。


「火口さん!皆!電話が!!」


電話線が切られたのか、どこにも通じないようだ。

幸い電気はまだついたままなので冬の寒さに凍える事は無さそうだ。


「あのクソブタ!だから電話が使えないのか何度も確認して来たのか!!」


3人とも携帯の充電が切れ、充電器も持ってないらしい。

ゾンビに囲まれた状態で外との連絡が取れないという最悪の状況だ。

一度は見捨てられた彼女達だが、時間が経てば状況は変わるかも知れない。そんな望みも断ち切られたのだろう。


「落ち着け。携帯ならオレのが有る。充電器も有るから電話の心配は無い。」


あの学生の肉身は短慮と言う他無いだろう。助けに来た人間が居ると知っているのにわざわざ電話線を切るとは。

自分の名前は名乗って無いし、犯行がバレないと思って甘く見ているだろう。


「先ほどの肉身バカの行動も録画してある。君たちが望むなら学校のSNSに流せば避難所を追い出されるだろう。」


不穏分子を追放するのはどこでも一緒だ。緊急事態に犯罪者と一緒に行動したい人間なんていないだろう。

オレの言葉に3人が喜ぶが、忠告もしておく。


「だが、追放以上の事はされないだろう。恐らくは他の避難所に逃れるし、この事態が収まった後に罪に問われるかも分からん。」


前回は下準備があったからうまく行ったが、今回は何も出来ていない。

動画サイトにアップすればうまく行くかも知れないが、確実ではない。

ただ今回の復讐の主役は彼女たちになると思い、判断を委ねる事にした。

私刑をしろと言う訳では無いが、自分たちを殺そうとした相手だ。どういう決断をしても尊重しようと思っている。


「ウチは…動画を流すしか無いと思う。ここから逃げられるか分からない状態だし、悔しいけどそれ以上は難しいよ…。」


「私も莉緒に賛成です。正直私達を見捨てた人達に期待するのは嫌なんですが、それしか方法は無いと思います。」


「エマも…イヤな奴が笑って暮らすなんて嫌……。」


3人とも同じ意見のようだ。

というよりもこの状況ではそれしか選べないか。

聞くタイミングを誤ったかと思いながらも動画サイトに投稿をする。

なるべく目を引くようなタイトルをつけ、リンクを各サイトに貼り付けていく。


「学校のSNSの方にもお願い。」


携帯を莉緒に渡し、残りをお願いした。

ついでにどこかに連絡したいのなら使って良いと3人に伝え、これからの事を考えるのだった。

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