社畜のオレ、終末世界で女性を助け、悪を挫き、ゾンビと友達になる
アタタタタ
第1話 パンデミック、制裁
「すみません。熱が出てしまったので本日お休みを頂きたいのですが…。」
熱で意識が朦朧とする中、会社に電話をかける。
ワクチンは既に打ったし例のウィルスでは無いと思うが、もしかしたら数日休んで様子を見る必要が有るのかも知れない。
風邪を引くだけで大事になってしまう最近の世の中が嫌になってしまうと同時に、久しぶりの休みだと不謹慎ながらも喜んでしまっている。
「駄目だ、許可できん。
「資料ですか?初めて聞いたのですが…。」
課長の台詞にまさか、と思いながらも聞き返す。
突然の資料作成はいつもの事だが、この情勢下で熱を出している人間を出社させるとは思わなかった。
「今日頼もうと思ってた仕事だからね。明日は重要な会議なんだ。絶対に間に合わせるようにな。」
言うだけ言うとこちらの返事も待たずに電話が切られた。
横暴な課長に腹を立てながらも何とかスーツに着替える。
「…クソッ!」
怒りのぶつけ所を見つけられずに布団を叩く。
課長はこの辺りでは有名な
社内での評判は最悪だが誰も文句を言えず、社長達も気を使っている程だ。
最近はオレが目をつけられ、急な仕事をよくふってくる。
明日の会議も課長が出席する予定は無かった筈だが、いつものようにしゃしゃり出たんだろう。
その内嵐も過ぎるだろうと耐えて来たが、そろそろ退職を考えるべきかも知れない。
何とか熱に耐えて出社する。
電車を使う訳にも行かずスクーターを使ったが、慣れない道に少し遅刻してしまった。
課長に嫌味を言われながら何とか仕事をしていると、いつからかずっとサイレンが鳴り響いている。
救急車かパトカーか分からないが、こんな事は初めてで社内も段々と騒がしくなってきた。
熱でボーっとしながら皆の様子を眺めていると、何人かが外を見て叫び出す。
「おい!アレ!!」
「誰か落ちたぞ!!」
向かいの建物から誰かが落ちたらしく、ちょうど目撃してしまったらしい。
「あ!生きてるみたいだぞ!立ち上がりそうだ!」
そう言いながら、慌てて携帯で電話をかける。
救急車を呼んでいるみたいだ。何人かの社員が慌てて外に飛び出していった。
「全然繋がらないぞ!どうなってるんだ!?」
「…あれ?おかしくないか…?助けにいったヤツ、逆に倒されてるぞ…?」
「え?アレ、血じゃないか!?」
窓まで見に行ってみたが、誰かの上に人が乗っている。
その体から赤黒い染みが広がっていき、周りの人間が逃げ出している。
誰かの叫びと共に社内は一瞬でパニック状態になり、皆一斉に逃げ出していく。
緊急時の避難手順があった筈だが、課長が率先して逃げて行き、それに皆釣られている状態だ。
オレもふら付く足元を抑えながらついて行き、無事外まで出る事ができた。
「…おい…、血まみれで歩いてるぞ…。」
「街中溢れているみたいです!人を襲うゾンビに注意!って動画がいくつか上がってます!」
「ネットニュースでも原因不明の暴徒に注意って記事有るぞ!」
携帯で調べていた何人かが教えてくれる。
周囲のオフィスからもどんどん人が出てきており、叫び声や怒声が響いている。
駅方面へも人の波ができ始めている。
その後は退社となり、いくつかのグループに別れて移動した。
熱と異常な状況にやられてスクーターがある事も忘れてしまい、集団にただついて行っている。
そうして歩いているといつの間にか周囲の人間が少なくなっており、何故か課長だけがすぐ傍にいた。
「火口君、顔色が悪そうだな。大丈夫かね?…あそこにちょうど良い場所がある。少し休んでいこう。」
いつもと違う優しい口調に寒気がして離れようとするが、力が入らなくて上手くいかない。
強引に肩を掴まれ、一軒の洋服屋まで連れて行かれる。
振りほどく事が出来ずに助けを求めようと周囲を見るが、オレ達二人以外は誰もいなかった。
「受付の子を何度か誘っているのだが、いつも断られてしまってね…。少し話を聞いてみたら火口君の名前が出てきたんだよ。」
洋服屋の奥の方でナニかが動いているのを確認し、課長が頷いている。
「それからは君に辞めて貰おうと頑張って来たんだが、中々上手くいかなくてね…。君には本当に失望しているよ。」
そう言って扉を開けてオレを突き飛ばした。
「安心しなさい。君は私を庇ってゾンビに襲われたと話しておくよ。明日から君はヒーローだ。」
何とか立ち上がろうとするが、体が言う事をきかない。奥からナニかが近づいて来ている。
「彼女は悲しむかも知れないが、しっかり私が慰めておくよ。」
既に足元まで近づいているゾンビを見ながらも、未だに夢を見ているような感覚がする。
去って行く課長を睨みながら、段々と意識が遠のいていくのだった。
---
「………ユメ、ダッタノカ…?」
課長に殺される夢を見ていた気がする。
酷い夢だったと思い、体を起こすとスーツが赤く染まっていた。
「ウオ!!…ヤハリ、ユメじゃなかったのか…。」
一瞬の内に先ほどまでの記憶を思い出し、課長、いや肉身に対する憎悪が溢れてくる。
「ユルセン…!」
すぐにでも復讐しに行きたいが、ゾンビがいると思い出して何とか心を落ち着かせる。
既に騒いでしまった後だが、幸いまだ気付かれてないようだ。感情のままに動けば今度こそ殺されてしまう。
(この血は…、だれのものだ…?だれかに助けられたのか…?)
怪我が無いか確認していくが、大丈夫なような気がする。鏡で全身を見た訳じゃないが、少なくとも重傷は負ってないようだ。
静かに息を殺して辺りを伺っていると、一体のゾンビが横を通り過ぎて行った。
「!」
驚きながらゾンビを見てみると、先ほど襲い掛かって来たヤツのような気がする。
口元から胸元まで真っ赤に染まっている。
こちらに反応しない事を確認しながら、何とかその場を離れようとする。
途中で僅かに物音を立ててしまいゾンビがこちらに戻って来る事があったのだが、何故かオレには反応しなかった。
(…どういう事だ?まさか……?)
パンデミック系によくある、ゾンビに感染していながらも意識が有る状態だろうかと考えながら、奥に入っていく。
さっきまでは外に逃げようと思っていたが、自分が既にゾンビだったら人間に見つかる事が危険になる。
幸いゾンビは反応しないので鏡の有る場所まで静かに移動する。
(傷は…やはり無い。顔色も普通だ、風邪の時の方が顔色が悪かったくらいだ。)
ゾンビ状態で意識だけがあるというパターンでは無さそうだと思い、一まず安心する。
実態は不明だが、見た目が普通の人間ならば取り合えずは大丈夫そうだ。
この場でじっとしている訳にもいかず、服を着替えて外に出る。
幸い洋服店だったから替えに困る事は無かった。
店員に襲われたのに代金を支払う事には抵抗が有ったが、一応置いておいた。
この騒動がどうなるか分からないが、まずは慎重に行動するべきだろう。
会社に忘れたままのスクーターを思い出し、回収に向かう。
無事だった携帯で調べてみると、まだ電車は止まったままのようだ。
SNSを開いてみると会社の同僚達からいくつものメッセージが届いていた。
家に帰れない社員は近くの倉庫に避難しているようだ。
会社で借り上げてる場所で、頑丈なシャッターと避難道具も多数有るらしい。
既読が付かないように注意して読める範囲で読んでいく。
肉身もそこに居る事が分かり、オレの行動は決まった。
(何だか楽しみになってきた。どうやって復讐してやろうか。)
携帯で調べたところ、この異常事態は局地的なもので、他の地域では平和なままのようだ。
元の日常に戻る事を考えると、自ら手を汚す訳には行かない。
何人かの同僚に直接連絡を取り、準備を進めていく。
---
「よし、行くか。」
少し離れた所にスクーターを置き、倉庫へと向かう。
裏口に向かうと同僚に合図をして中に入れて貰う。
「肉身のヤツ、
「皆アイツが何かしたんじゃ無いかって疑ってるぜ、とにかく無事で良かったよ。」
既に協力者には真実を話しており、無事を喜ばれる。
そのまま皆に囲まれた状態で中に入っていく。途中何人かに顔がバレて驚かれたようだ。
「そこでこう言ったのだよ!『火口君、今助けるぞ!』と。しかし火口君は私の身を案じ、断ったんだ。素晴らしい男だったよ。」
「さっきと話変わってるじゃねーかよ。」
前を歩く同僚が小声で呟く。
肉身は興奮しているようで近づいて来るオレ達に全く気付いていない。
「君たちも彼を見習いなさい!周辺のゾンビを倒すんだ!!」
「課長。」
唾を吐きながら熱弁を振るう肉身の前に姿を現す。
オレを見ると呆然とし、段々と顔が歪んでいく。
「ななな
「『殺したはず』ですか?」
「ババ
この台詞で十分な気もするが、念の為に追い詰めてより正確に白状させる。
「課長がゾンビの前に突き飛ばしたんですよ?殺人と同じでしょう?」
「何を言っている!!?デタラメを言うな!!」
「デタラメですか?あの店には防犯カメラが有るんですよ。店の外の様子もバッチリ映ってましたよ。」
実際に確認済みだ。ビデオも確保してあるし、画面越しに携帯で録画もした。
「ウソを言うな!!キサマ!!」
両手を上げて突進してくる肉身を躱し、すれ違いざまに足をひっかける。
見事にひっかかって転び、そのまま同僚達に取り押さえられた。
「肉身君…。」
奥から社長と役員数人が出てくる。
「社長、今の話は聞きましたよね?このまま肉身をここに置いておくのですか?」
そう言って携帯で撮った動画を見せる。勿論ゾンビに襲われた部分はカット済みだ。
「これは……。」
社長を始めとする幹部達が絶句する。
直接的なシーンは無いもののかなり異常な映像だから仕方無いだろう。
「分かった。肉身君にはこの倉庫を出ていって貰おう。」
「しゃ、社長!?」
社長の言葉に肉身が反応する。
「本来は警察に突き出すべきだろうが、今の状況だと警察も対応出来ないだろう。救助が来るまで肉身君を拘束するのも我々には難しい。」
「火口君、これで納得してくれないだろうか?これ以上は我々の手に負えないのだよ。」
社長達がオレを諭すように話してくる。
これ以上は私刑になる。流石にそこまでは踏み込めないのだろう。
「社長?!血迷ったか!?肉身家の援助が無くてやっていけると思っているのか!!」
いつもの敬語も捨て、大声で怒鳴りたてる。
暴れようとするのを同僚達が必死に取り押さえている。
「肉身君、君の選べる道はこれしか無いよ。この状況下で殺人を犯すような人間と一緒に過ごすなんて不可能だ。」
「違う!これは何かの間違いだ!
「もういい加減にしなさい。これ以上暴れるようなら何かで縛った上で放り出すしか無くなるよ。」
社長が冷めた目で警告を告げる。
社長だけでなく全員が同じ気持ちのようで、何人もの人間が肉身を睨んでいる。
それでも尚暴れる肉身に呆れ、ガムテープで縛る事を決めた。
「ガムテープは取れるようにしてある。敷地の外に出てから自分で取ってくれ。」
社員達にそのまま外へ放り出すように告げる。
思った以上にうまくいってる事に驚きながらも顔に出ないように注意する。
「…社長、朝になったらオレも出て行こうかと思っています。」
「……そうか、本来なら止めるべきなんだろうが、好きにしなさい。」
オレの言葉に疲れた表情を浮かべながら社長が返答する。
肉身の『感染するぞ』という言葉を気にしているのかも知れない。
『ゾンビに噛まれたら感染する』という話は政府が発表していないものの何人かのインフルエンサーが発信している。
自発的に出て行ってくれるならそれに越した事は無いのだろう。
こちらとしてもちょうど良い話だ。
ここでオレに何か異変が起こった場合、身元が完全にバレているので指名手配される恐れすらある。
長く一緒にいればゾンビに襲われないとバレる可能性も高まるので早めに離れるべきだ。
翌日、同僚達へ別れを告げ、倉庫を離れた。
少し離れた所にあるスクーターを見つけ、近づいて行く。
(やっぱりこうなったか。)
スクーターはカーブの先で壊れており、近くに人間らしきモノが見える。
倉庫から見える位置に細工をして置いておいたが、案の定使ったらしい。
カーブ付近に誘導しておいたゾンビ達が周囲を徘徊している。
(スクーターを盗まなければ逃げる事も出来ただろうに、自業自得だよ)
盗みを働かなければこれ以上は何もしなかったかも知れない。というより、直接手を汚したくない以上、打てる手はかなり限られてくる。
思った以上に何の感慨も浮かばない事に驚きつつ、家への道を進むのだった。
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