第31話 恐怖体験は突然に


「信じられない!こんなことが起こり得るなんて……。」

「……マジあり得ねぇ。冗談だろ……?」

「ううーむ……。」

「……めちゃくちゃだな。魔力のかけらも感じられん……。時空魔法など適性が無ければ出来ないが、これは根本から違う現象だ。」

「すゴーいスごーい!オトカすごーイ!」



 私の作った時空に足を踏み入れ、皆さんそれぞれ思い思いに驚愕の言葉を呟く。それまで感情を露わにしなかったイリヤさんですら、目を見開いていた。ハーピィはついてきてはいたが、入り口から入って来ようとはしなかった。


 皆さん信じられないといった様子で若干引き気味だが、おギンちゃんだけは無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねている。なんかちょっと救われる……。


 因みに人数が多いので少し広さは大きくしておいた。それに、ダニエラさんたちの掃除用具入れとグイリアさんの家の近くの花畑への扉は一時的に消してある。プライバシー保護のつもりだが、グイリアさんの家に残された二人が出入りしていませんように。



 私のスキルを知ってもらうには実際に見てもらうのがやはり手っ取り早いと、私は丁度いい扉のついた部屋を借りることにした。


 しかし石のお城は立て付けの悪い扉や開け放しの窓から外の光が入る部屋ばかりで、私達は地下に移動しなければならなかった。


 殆ど真っ暗な階段でサーシャさんが呪文を唱えると、その指の先に眩しい光が現れる。それに導かれて、私達はいくつもの扉の並ぶ不気味な廊下に降りた。その二つの扉をお借りして、私の時空への入り口と出口を作って見せたのだ。


 どう見ても整合性の取れない角度に繋がったその二つの扉と廊下とを駆け抜けて、おギンちゃんは私の時空とその外をぐるぐる走って周回している。……楽しんで頂けてなにより。



「……オトカさん、これは世界の何処にでも繋げられると仰いましたか?」

「はい……。」


 アレクさんの質問に、私は縮こまりながら答える。


「……こりゃ殆ど魔術界への冒涜じゃのう……。」

「ええ、これっぽっちも魔力を使わずにこれを可能にされては……数千年かけて重ねられてきた我々の研究が、根底から否定されていると言っても過言ではないですよ……。」


 セクハラジジイとアレクさんがぼやき合っている。ううう、私のせいじゃ無いはずなんだけどなんかごめんなさい……。それもこれも、創造神がぶっ飛んだチートスキル付けてくれちゃったもんだから……。かみさまのあほー。




「……オトカさん、少し縁起の悪い質問になってしまうのですが……貴女がもし万が一命を落とした場合、これらの空間はどうなるのですか?」

「え……?ど、どうなんでしょう……。」


 再びのアレクさんの質問に、私は戸惑った。その可能性は、まだ考えたことがなかったな。……いやまだこの能力貰って、まだ一日半経ったぐらいなんですけどね?


「貴女自身もご存知無いと?」

「あ、えーと……。」



 知ってて教えてくれる人と言うか、モノの心当たりはあるんだけど。


 そう言えば説明してなかった。



「あの、この能力の使い方を教えてくれる、オマケというか、機能というか、あるんですけど、呼んでも良いですか?」

「?もちろんです。どうぞ。」

「あ、あと、この子が騒ぐかも知れないんですが、どうぞお気になさらず……。」


 首にぶら下がっている白蛇ちゃんを指して、私は苦笑いしながら付け加えておく。



「ガイドちゃーん。」

『はーい。』



 しゅぱ、と空中に現れるガラス球。







 瞬間、場の空気が一変した。







 もし、ここで私がほんの少しでも動けば、私は跡形もなく消えていたかも知れない。






 そう思えるほどにほんの一瞬で、私は完全に取り囲まれていた。そんなものを体験したことが無い私でもそれと分かるような、明らかなそれは –––





 殺気。







 そこに居た人間ほぼ全員がこちらに向けて構えを取り、臨戦体勢になっていた。


 アレクさんは私のすぐ側から飛びすさっていて、そのかざした手の先には、薄く発光した本が開いて浮かんでいた。


 グイリアさんも同じように距離を取り、手をこちらにかざしている。その手を起点に吹く風に、黒い髪が舞っている。


 ヤーグのおじいさんは歩くのに使っていた杖を掲げていて、身体の周りにパリパリと稲妻が見える。


 サーシャさんは両手をこちらに向けているが、その前には紫に光る、身長ほどもある大きな丸い複雑な文様が宙に浮かんでいる。魔法陣だろうか。


 イリヤさんは杖の先に乗った丸い水晶玉に手を置いて立っているが、その周りを奇妙に蠢く透明なものが回っていた。まるで、宇宙船の中に漂う水の膜のように。




 そして、全員がかっと見開いた目をこちらに向け、今にも飛びかかって来ようとしているかのようだった。


 感じるのは狂気のような、逆に、追い詰められてもいるような視線。


 今ここで殺らなければ、殺られるのだとでも言いたげな。





 只の人間では無いこの五人からそれを向けられるそれは、私を震え上がらせるのに十分だった。


 全身から汗が吹き出し、恐怖で引きつった身体で、上手く息が出来ない。



 私の首元に居る白蛇ちゃんはガラス球に飛びかからずに、五人に向かって威嚇の姿勢を取っていた。







「スごーいなになニ⁉︎ ナニこれ⁉︎ なにコれーーー‼︎」


 一人だけ、場違いとも言える反応を示したのはギンだった。


「なニ?がらす?硬いネぇ。わ!重っ!うーんっ!うーごーかーナーいー‼︎ 」


 全く怖気付かずに、宙に浮いているガイドの周りを飛び跳ねたり、つついたり、引っ張ってみたりしている。



「……ン?あ!モー……だめでショーみんナ!おとか怖ガってるヨー!おーよしよシ、怖かったネー。」


 私の様子に気づくと、ギンは腰に手を当てて五人に諭すように言った。かと思うと、私に抱きついてくる。頭をよしよしと撫でられた。


 もうだめだ。


 私はギンに撫でられながら、そのほっそい身体に縋り付いて泣き出してしまった。限界だった。




 なんなんだもう。



 こんなのばっかり。



 ドラゴンの次はスコルティさまで、その次は人攫いに会いかけて、グイリアさんには走馬灯見せられて、おまけに今度は人間やめた五人に揃って『狂気』を向けられた。



 もう嫌だ。



 私はただの引きこもり女子なのに。



 なんでこんな目に。




「おーよしよシ、怖かったねェ。大変だったネぇ……。ちょっトーみンな!いイ加減にしテ!大人気ないヨー!」


 私を宥めながら、説教を垂れてくれるおギンちゃん。そのお陰か、私に向けて構えていた五人の緊張が緩む。だがまだ完全に警戒を解いていいのか迷っているようだった。



 戸惑っているアレクさんの気配を感じて、私は質問を思い出す。


 おギンちゃんの肩を借りたまま、私はぼそぼそと鼻声で聞いた。


「ガイド……もし、私が、死んじゃったりしたら、時空は、どうなるの……。」

『どうにもならない。全てのものは、存在した時点で『勢い』を持っている。それが消されるほどの干渉を受けない限りは、存在し続ける。』


 よっぽどのことが無い限りは、そのままってことか。地球で言うところの、慣性の法則を思い出す。それと同時に、言葉を発したガラス球に、また五人の警戒心が膨れ上がるのを感じた。


「ありがとう……もういいよ。」

『はーい。』


 ぱ、と搔き消えるガラス球。試したことは無かったが、放って置かなくても言えば消えてくれるようだ。もっと早く気づきたかった……。





 静まり返った私の時空内で、五人はほぼ同時に身体の力を抜いて見せた。風や雷は止み、魔法陣と水の壁は消えて、アレクさんは本を閉じる。


「なんなんだよあれ⁉︎ マジでなんなん⁉︎ もー無理‼︎ マジで無理ぃー‼︎」


 サーシャさんは叫びながら四肢を投げ出して、仰向けに寝転がった。ヤーグ爺さんはあぐらをかいて座り込み、イリヤさんも崩れ落ちるようにしゃがみ込んでいる。アレクさんも片膝をついてうずくまっていて、立っているのはグイリアさんだけだ。


 全員が、滝のような汗をかいているか、激しく肩で呼吸しているか、その両方だった。


 いつのまにか、入り口から中をのぞいていたハーピィの姿が消えている。





「もーみンな情け無イよぉ!」


 私の肩に回していない方の手を腰に当てて、おギンちゃんは踏ん反り返る。純人間どもの体たらくにご立腹のようである。


「……ギン、貴方は一体……。」

「ふフーん♬このお耳とシッぽ、只の飾リだと思ってたなラ大間違イなんだかラね!」


 これっぽっちも動じなかったおギンちゃんの様子にも、アレクさんは疑問を隠せなかったようだった。




 それとケモ耳と尻尾がどう繋がるのかは、私には分からなかったが。




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