第28話 開会の儀

「ほぉー……本当に、何も感じられませんね……。」

「……訳わかんないな。この世界の原理原則が当てはまらないじゃん。」

「不思議ですね……。しかし確かに存在して……生体として機能している。一体どう言う仕組みなのか……。」

「魔力無しで動いてるってことは、他に動力源があるってこと?解剖すれば分かると思う?」

「……サーシャ、女の子を怖がらせてはいけませんよ……。」

「俺からしたら、こんなんで動いてるこいつの方がよっぽど怖いんだけど。」



 と、左右正面から、私を覗き込んで好き勝手に喋っているのは、成人男性と少年だった。やっぱり距離感が初対面じゃない……。


 そしてこんなん、とは私の事である。


 居心地悪いことこの上なかったが、私は大人しくしているしか無かった。


 動けなかったのである。



 膝の上に、ケモ耳尻尾のおギンちゃんが居たからだ。



 私の腿の上に横座りし、べったりと私の頭に抱きついてスリスリしている。喉のゴロゴロがダイレクトに聞こえてきて、大変ご機嫌のようだ。「こノ清涼感サいコー♬」とか言ってたから、魔力だかだかが全く無い私から得る感覚がよほど新鮮なのだろう。あれか、味の濃いものを食べた後に水が欲しくなる感覚か……。さっきまでちょっと離れたところに座るグイリアさんにさんざんゴロゴロしてたしな。


 身長は私と同じだったが、細身なのでさほど辛くは無かった。どんだけ華奢なのよこの子……っていうか未だに男の子が女の子か不明だな。


「オレ?オレどっチでもないヨ!」

「へ⁉︎」

「オレ中性たーい♡」


 ち、中性体?性別無いってこと?


「ギン、勝手に心を読むのは失礼ですよ。」

「うっルさいナぁー……オレアレクきライ!べーっ!」


 右前にいる成人男性にたしなめられて、おギンちゃんは舌を出す。あまり仲が宜しくないようである。



 名前はアレクと言うらしいこの男性は、長い栗色の髪の先を緩く三つ編みにしていた。メガネをしていて、いかにもインテリな見た目である。着ているのは緑色を基調としたローブと首回りから垂らした幾何学模様のサッシュ。手にも分厚い本を持っているところからも、フォーマルでアカデミックな雰囲気が溢れ出ている。


 容貌もきちんとしつつ柔和な印象なんだけど……おギンちゃんから嫌われてるのは何故なのだろう……。口煩いから?



 男性の左側にいるのは、サーシャと呼ばれた少年である。こちらも銀髪のマッシュルームカットに薄紫の瞳と、おギンちゃんに負けず劣らずの美少女と見まごう程の美貌。背も同じくらい。しかし声が低めなので男の子で間違いないようだ。着ているのはシンプルな黒いローブだけだった。


 ちょっぴり態度がでかい気がしないでもないな……。それも魅力に思えちゃいそうな高貴さと美貌を持ち合わせてるんだけどさ。そう言うのが好きな人には刺さるだろうな、なーんて。



 そして、部屋の中にはもうひとり初対面の人間がいた。


 こちらの方は、まっっったく私に興味を示さない。石のお城の中にあるこの一室の一番奥にある椅子、あのセクハラジジイの向かいに、ただ静かに座っている。


 おギンちゃんがイリヤだと紹介してくれたこの女性は、無言で私を見つめた後は、何も言わずに椅子に座ってしまった。ジジイの挨拶にも答えず、まだ一言も発していない。このひとも物凄く美人だった。……魔法使える人って美人ばかりなの???不公平だな。


 この方も髪が長かったが、真っ直ぐなそれは見事に真っ白だった。厚めのぱっつん前髪が特徴的な彼女は、しかし歳をとっている訳ではなさそうだ。透き通るような肌と、やはり透き通るような水色の瞳。遠目に見ても眼を見張るような、儚げで人間離れした容姿をしている。着ているのは真っ白いローブのようなもので、すぐそばには、どう言う仕組みなのか、支えもなしにそこに立つ水晶の付いた杖があった。あ、よく見たら泣きぼくろみっけ。



 因みに私については、おギンちゃんがペラペラと二人に語ってくれた。(イリヤさんは興味無し。)勝手に心を読まれてると思うと複雑だが、何度も話すのも億劫だったので非常に助かる。


 ここに集まったのは、私とおギンちゃんとグイリアさん、目の前に居るアレクさんとサーシャさん、部屋の奥に居るイリヤさんとセクハラジジイ(名前はヤーグと言うらしいが、名前を呼んでやる義理は無い。セクハラ野郎に人権は無い)の7人。


 本日の『会議』とやらの出席者は、これで全員らしかった。おギンちゃんは、グイリアさんの言うことによるとどうも特別出演枠っぽいけど。




 因みに、厳密に言うと、この部屋の中には他にもが居た。


 私の白蛇ちゃんのことでは無い。




 ガラスも何も嵌められていないぽっかりと空いた窓に座る、どこからどう見ても人間では無い存在の事である。




 確かに人間っぽい要素はあるのだが、それよりも鳥要素が強い。


 詳しく言えば、頭部と、剥き出しの乳房と胴体と、そのサイズ以外はまんま鳥だった。その人間要素すら、部分的に羽に覆われている。鳥の部分と人の部分の境界は曖昧だった。頭も髪じゃなくて羽毛に覆われてるし。様々な色に光を反射する漆黒の大きな翼を畳み、鋭く凶暴そうな鉤爪で窓枠に捕まり立っている。



 これはもう、ハーピィ、またはハルピュイアと呼ばれるモンスターそのままである。



 ……北欧神話の次は、ギリシャ神話ですかい……。


「茶菓子でも出してやろうと思ったが、こやつが居ては無理じゃのう」とかセクハラジジイが言っていたので、食欲の旺盛さとお行儀の悪さもそのままらしい。美少女人外枠じゃ無くて元ネタに忠実なんだ……。



 突然降り立ったその姿を認めた瞬間、私は当然悲鳴を上げた。鳥は好きでも人間要素が混じると途端に恐怖感が増すこの現象なんなんだろね。不気味でしょうがねぇ。


「あ、だいジョーブだヨ!コワクなーい、コワクなーい。コイツはタダの『見届け役』だかラ。オレらの会議ニは、が最低参加すルのが決まりなンだー。」


 二体?


 と、驚く私を宥めるおギンちゃんの言葉に疑問を持つ。改めてその姿を見つめると、その肩に当たる場所の片側に、何か別のものが蠢くのが見えた。



 ぴらぴらと、小刻みに震える……羽?



 透明なそれは、見えたり隠れたりしているが、それが生えているはずの本体が見えない。まさか –––


「……妖精?」

「オー!ヨク分かっタねー!そのトーリ、風の妖精シルフだよー♬恥ずかシがり屋だかラ、姿ヲ見せテはクレないカモねー。」


 姿を見せない……これはもしかして、地球14世紀の医師兼錬金術師が書いたって言う、通称『妖精の書』が元のやつか?……そう言えばガイドちゃんが『サラマンダー』って言葉も出してたから、間違いないか。と、言うことは、四大精霊のあとふたつ、ノームとウィンディーネも居るのか……。


 ……神話じゃ無くても設定使うんだ、この世界……。





「ほれほれ、観察ばっかしとらんで始めるぞい。おまいらも座らんか。」

「ああ、すみません。つい。」

「へーい。」


 セクハラジジイの声がけに、男子二人は大人しく従う。ほーん。モラルは無くても多少は尊敬されてるのね。まぁ、私はちっともしてないですけど?



「それでは、緊急ですが『会議』を始めましょう。」


 咳払いをして場所を仕切り始めたのは、三つ編みメガネのアレクさんだった。




「……『我は疑問、答えを望むもの。』」

「『この世の真理に身を委ね、それと共に成らんとす。』」


 突然アレクさんが芝居がかった口調で話し出した。その口上らしきものに合わせたのは、イリヤさん。可憐な声が響く。そして部屋にいた他の三人が、それに続いた。


「……『我がことわりは高貴なるままに。』」

「『我が行いは、全て真実の為に。』」

「『甘んじよう、友と有るなら。』」




『その称号、異端なる者と。』




 最後の一節は、五人の声が重なった。


 そして室内に、沈黙が落ちる。



 ……いや、私の膝に乗ったおギンちゃんが囃し立てるように手を叩く音だけが響く。く、空気読もうか……。




「歓迎しますよ、オトカさん。我らが世界へようこそ。」



 一度は緊張した空気を和ませるように、アレクさんはにっこりと微笑んで言ったのだった。



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