第27話 皆さまキャラが濃ゆい(棚上げ


 ばしゃ、という頭への衝撃で、私は目を覚ました。



 ぽたぽたと、髪を伝う水がすぐ側の床に落ちる。


 ……濡れてる?



「起きろ。着いたぞ。」


 誰の声?……そうだ、無理やり空を飛ばされて……。


 身体を動かして、私はようやく石畳の床に横たわっていたことに気が付いた。


 ここは……。


 見渡すと、私が居るのは建物のバルコニーのようだった。ゴツゴツしたワイルド味が強い石で作られた……お城?いや、廃墟に近い?



 っていうか、水かけて起こすとか本当にやるのね……。初体験。いじめじゃん。お陰でシャツもビッショビショなんですけど。


 っていうかグイリアさん、もしかしてそこのバケツに入っていた水使いました?すぐ横にモップありますよね???まさか使用後じゃ無いですよね???……身なりだけじゃなく内面までブラックなの……?


 私が魔女の暴挙にショックを受けていると、前方から声がした。



「おやぁ、誰が来たかと思うとうたら。」



 扉の付いていない、アーチ型の建物への入り口から現れたのは、杖をついたご老人だった。


「やぁやぁ、相変わらず良い身体しとるのう、グイリア。ついにワシの愛人になる覚悟が出来たかね。」

「ない。一生だ。協会員たちを集めろクソジジイ。会議だ。」


 背中曲がったヒゲのお爺ちゃんかと思ったら、いきなりとんでもねぇセクハラ発言だな。そしてグイリアさん、なんて清々しい口の悪さ……。


「呼ばずとも、あんさんがここに来た事はみな察しておろうよ。そのうち来るじゃろ。で、が『議題』かい。」

「そうだ。」

「ふ〜む……。」


 って何よ、これって。


 地面にへたばったままの私を、髭を撫でながら老人は覗き込んでくる。グイリアさんの悪態効いてねぇな。ううう初対面の距離感じゃない……。思わず仰け反る。っていうか誰???



「ど、どうも……。」



 と、口にして、しまったと思った。



 シワシワの肌の隙間から覗く灰色の目が、大きく見開いたからだ。



 ……やっちゃった……この言語能力、グイリアさんみたく危険視されるトリガーになったらやばい。


 口を抑えて一瞬冷や汗をかいたが、お爺さんはすうと目を細めて笑い出した。


「ほっほっほ……面白いのう……。うむ、童顔だが悪くは無いのう。なかなか見事に育って……む?」



 



 私の脳内にクエスチョンマークが浮かんだ瞬間、シャツの胸元から、何かが



 バヂィッ‼︎



 と、目の前で光が弾けて、私はとっさに目を背けた。眩しい⁉︎



 目にしたのは、まるでそこに雷が落ちたかなような稲妻だった。



『シャーーー……!』


 お馴染みの音がして目を開く。シャツの中から、白蛇ちゃんが伸び上がってお爺さんを威嚇していた。


 そっか、なんかきゅうくつだと思ったら、シャツの中に避難して居たのね。何処かで落とされて無くて良かった!空飛んでる時寒かったし。



 ……っていうかジジイ、もしかしなくても私の胸元見てやがったな?それで『育ってる』と……。悪かったな、入ってたのがチチじゃなくて。


 セクハラダメ、ゼッタイ。


 私の中に、初対面のお爺さんに対する殺意が生まれる。



 お爺さんの方は多少顔を仰け反ったようだったが、私を ––– いや、白蛇ちゃんを見る目は、私と同じかそれ以上に坐っていた。その身体の周りに、小さな稲妻がパリパリと光っている。これ、もしかしてお爺さんの能力?


 そして、その口元だけが笑みの形に釣り上がる。……いやコワイからその表情。



「……ふふふ……ははは……はーっはっはっは!」



 ……何その最終的に寝返る敵が好敵手見つけた時みたいな笑い声。



 どん引いている私など御構い無しに、楽しそうに笑い続けるおじ……いや筋金入りのセクハラジジイ。確定だよもう。凄い強かったりしても台無しだよ。だから誰なんだってば。


「はっはっはっはっ……愉快愉快。長生きはするもんだのう。こんな物を拝める日が来ようとは……。人生分からぬものよ。」


 一人で納得して、ゆっくり踵を返すセクハラジジイ。そのままどっか行ってしまえっ。






「さて、みなが集まるまで……。」

「……ーーーぃリアァーーーーーーーッ!!」


 どごぉおおおおおおおんっ!






 何か高音を発するものが疾風と共に近づいてきたかと思うと、目の前の壁が吹き飛んでいた。




 爆風で髪がたなびき、もうもうと立ち込める煙幕の向こうの壁には、風穴が開いている。爆撃⁉︎ ミサイル⁉︎ なになにここ危険地帯なの⁉︎


 横を見ると、グイリアさんが不自然な形に姿勢を傾けている。……避けたんですか?今の……。



「グイリアーーー!」


 ぼごっ、と崩れ落ちた瓦礫の中から何かが元気よく飛び出してきた。


「あーーーーーいタかっタよぉーーーーーーんっ!♡♡♡」


 甘ったるい声をあげて、びゅん、と風の速さで私の隣に居るグイリアさんに抱きついたのは……。



 銀色の……毛玉?



 虚無の表情のグイリアさんにしがみ付いてわさっ、とボリューミーに揺れているのは、長い髪の毛と……尻尾⁉︎ 尻尾なの⁉︎ そこから伸びる剥き出しの白い腕と足は人間なので身体は少年……いや、少女?まだ十代の子供なのは確かだけど……。



 その頭上には、三角の耳。



 …… ケ モ ミ ミ 来 た ぁ あ ーーーーーーーっ‼︎




 ……え?この子がこの壁吹き飛ばしたの?




「ああんもぅ会いタかっタよぅグイリアぁっ♡♡おうち結界貼っちゃうから近づけないんダもン♡」

「……何しに来た?お前はこの領域の代表では無いだろう。」

「グイリアに会いに来タのっ!せーーーっかく外に出て来てくれタんだから、こんな機会逃せないでショ!っはーーーーっこの、タまんナイ……♡♡♡」


 相変わらずドライな態度を崩さないグイリアさんをぎゅうと抱きしめてスリスリ頬ずりを繰り返すケモ耳っ子。ゴロゴロ聞こえるっ!喉ならしてるっ!


 身長は多分私と同じくらいの高さだが、圧倒的に細い。長い髪と尻尾に全身が隠れてしまいそうだ。着ている服は前を重ねて帯で留める短い浴衣のようなもので、素足だった。……え?東洋文化あるの?この世界……。




「……ン?」


 ひくひく、と鼻を鳴らしてから、ぱっとこちらを向くケモ耳っ子。ひえっ、綺麗な子。


「ンンンーー?」


 めっちゃ近寄ってくるっ。う、美しさが眩しいっ。髪サラッサラだし。うわぁ目も銀色!あ、八重歯。いや牙か?爪も尖ってる。


 ひいいっ匂い嗅がれてるっ。髪くすぐったっ。あ、なんかお香っぽい匂い……。



 好きなだけ匂いを嗅いで離れると、彼or彼女は私の顔面から至近距離で、釣り目をぎゅーっと細めて笑った。


 あ、耳がぴこぴこ動いてる……♡



「触っテもいいヨー?」

「えっ⁉︎ 」



 なんでっ⁉︎ 心読まれてる⁉︎



「顔に描いテあるヨ?」

「ええっ⁉︎ そ、そんな分かり易いですか……?」

「うんっ♡ばっればれ〜。」


 楽しそうに笑いながら、ケモ耳っ子は地べたに座ったままの私の前に、あぐらをかいて座り込んだ。


「面っ白いねぇ〜キミ、匂いがゼンッゼンしなイ!よクそれで生きテルね!」

「え……それってヤバイんですか?」

「ヤばいヤばーーい!普通はみンな『気』を持ってるから、オレの鼻は嗅ぎトれるハズなんダヨ!なノにキミ、まるでそこにいナイみたイ。不思議だねェー。」


 にっこにっこ笑いながら、ちょっと舌ったらずで怖いことを言うケモ耳……そう言えばここの人たちみんな名乗らねぇな。私もだけど。




「オレはギンだヨ!宜しくね!!」

「‼︎」


 身を更に乗り出して言われた言葉に、私は固まった。




 私の、



 なまえ。




 やっぱり読まれてる。





 細められた瞼の間から、銀色の目が僅かに見える。その瞳孔が、縦にすう、と細まったのが見えた。


 ぞくり、と背筋に何かが走る。



 まるでスコルティ様の目を、分身の身体に見た時みたいに。








「おうい、おまいらそんな所で座っとらんで、中に入ったらどうじゃ。ワシの部屋で茶でも……。」


「「「『いら』ん」ないです」なーい♡」



 図らずも、女子(?)3人の声が重なった瞬間だった。



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