第25話 情報過多気味なう


 花畑のある丘を歩いて行くと、やがてなだらかな下り坂になり、その下には小川が流れていた。


 川の反対側はまた上り坂になっており、小さな谷になっているようだ。蛇行して伸びる小川には一箇所橋がかけられており、渡れるようになっている。


 ちょろちょろと流れる水の音を聞きながら、橋を渡る。


 橋は何本かの丸太を並べてその上に枝を並べた簡易なものだった。川のサイズに対して随分大きいから、雨の時期には増水するんだろうな。生い茂る草の隙間に見える流水がきらきら光りを跳ね返して綺麗。今は水が少ないから魚はいないかも。水源は湧き水?近くの森からかな。ここ一体に住む生き物たちの大切な飲み水なんだろう。


 それにしてもなんて素敵なところ。ヨーロッパの高山地域のイメージと重なる。



 川を渡りしばらく流れに沿って歩くと、今度は森の中に入って行く。


 生えているのは昨日見たジャングルよりも高さは低く、小さい葉が茂っている木だ。なんの木かはやはり分からないけど、熱帯の植物ではなく寒い時期には葉を落とす広葉樹っぽい。この辺りには四季があるのだろう。木漏れ日が零れ落ちる下草の中を、鳥のさえずりを聞きながら歩いていく。




 自然の景色と音と匂いに、先ほどの緊張が少しずつ溶けていくのが分かった。




 森を抜けると、そこにあったのはおとぎ話に出て来るような可愛らしいおうちだった。



 周りを刈り込まれた敷地の真ん中にある小ぢんまりとした家の屋根は、茅葺き屋根に似ていて、植物の茎を束ねたもので出来ているようだ。小さな煙突から、僅かに煙が見える。ガラス窓がはまった壁は眼が覚めるような白で、ところどころを緑の蔦植物が這っている。


 そして何より、庭が花で埋め尽くされていた。


 まるで木の柵で囲まれた敷地全体が、ひとつの生き物のように咲き誇っているようだった。その中に収まらず、柵の間からも咲き零れている。それ自体がブーケのような、蔓性の花が覆う藤棚のような作りのゲートをくぐり、地面に敷かれた踏み石を歩けば、左右に雪崩のように咲く甘い花の香りに満たされる。先ほど丘で見た花畑より密で、色や形が多種多様。ため息が出るほど、見事としか言いようの無いほどの庭だった。


 可愛らしい取っ手の付いた家の扉の色は、ぱっと目を引くつやつやの赤である。



 ……魔女?って言うよりもっとメルヘンな見た目な気が……。まぁ、魔女もある意味メルヘンチックだけども。




 がしかし、メルヘンなのはそこまでだった。




 グイリアさんの後について家の中に足を踏み入れると、そこには壮絶な光景があった。



 まず物に溢れていた。が、そこに秩序は無い。散らかっていると言うレベルでは無い。世界中の全てのものをそこに押し込んで、爆弾をぶち込んだような有様である。


 一体何がここで起こっているのかと恐怖すら感じる光景。……あれだ、認知症やら鬱の人の家を掃除する動画で見たような……。



 花の美しさに気分が浮き立っていたところから、この世の終わりを見せられたかのような衝撃だった。



「……母さん、もしかしてここ数年掃除していないんじゃ……。」

「何処に何があるかは把握している。」

「そう言う問題じゃないでしょう……。」


 のしのしと積み上がる物を避けて奥へ歩き、一箇所から別の場所にものを動かし始めたグイリアさん。それに加わりながら、ダニエラさんはため息を吐く。大きな身体で動きにくそうなアントーニオさんも加勢した。……あ、そこにテーブルがあったんですね……。何してるのかと思ってた……。皆さん手慣れてますな。


 うず高く積まれた本やら箱やらその他正体不明なものに囲まれて、発掘されたテーブルと椅子に落ち着くお三方。椅子が足りないので、アントーニオさんは木箱に腰を下ろしている。ダニエラさんに促されて、私も腰を下ろした。……落ち着かない……。



『ミャーン。』

「わっ⁉︎」


 突然テーブルの上に飛び乗って来た生き物に驚いて、私は声を上げた。


 猫だった。


 ……ねこ!ネコがいる!この世界猫もいるのねやったぁあああああっ!


 元いた世界の長毛種とまではいかないけれど、首回りの毛と尻尾の毛は他の部分よりボリューミー。もっふもふだ!もっふもふ!背中側は焦げ茶に黒っぽいマーキングがあり、お腹側に行くにつれて色が薄くなっている。野性味溢れるカラーリングがカッコいい!ああん♡しなやかに揺れる尻尾堪らない♡♡ぴんと立ってぴこぴことあちこちを向く耳の先は、黒い毛が縁取っている。うううはみはみしたい……!テーブルを踏む柔らかそうな小さなおてても可愛い!踏んでほしい!ふみふみされたい!


「あら?初めて見る子ね。母さん、この子の名前は?」

「デビィだ。あともう一匹、小さいやつがいる。あいつは警戒心が強いから出ては来ん。」

「アルマはどうしたの?」

「半年前に死んだ。」

「そう……残念だわ。長生きしたわね。」


 デビィと呼ばれた猫と初めましての鼻ちょんを交わして撫でながら、ダニエラさんはちょっとしんみりしてしまったようだった。アルマって言うのは、前に飼っていた猫ちゃんか。可愛がっていたんだろうな。



「まぁ!ファビオ!お前も居たのね!」


 猫と戯れていたダニエラさんが突然足元を見たかと思うと、テーブルの下に屈み込んだ。他にも何か居るのかな?


「久しぶりねぇ。相変わらず大きいわ〜。よいっしょっ。」



 と、ダニエラさんがテーブルの上に持ち上げたのは、ぎょっとするほどでかい蛇だった。



 ……大蛇!アナコンダレベルじゃん⁉︎ 全身見えてないし……。


 やっぱり飼ってたか……そりゃー小娘の肩にのるレベルの蛇じゃあビビりませんよね……。


 こちらは背中側が黒でお腹側がクリーム色。左右の脇腹に、尻尾の方まで緑色のラインが入っている。目の周りと首のあたりには、黄色と青の模様があった。……全体的に黒いから威圧感がすごいな。猫ぜんっぜん気にしてないけど。すぐ横で毛づくろい始めたし。


 蛇はテーブルの上をゆっくりと動いてこちらに向かって来た。舌を何度も出し入れして、初対面の私と白蛇の様子を伺っているようだ。ひいいい近くで見れて嬉しいけどこのサイズは流石にちょっと怖い!でも嬉しい!




「さて、説明して貰おうか。」



 と、私が気圧されているのを気にも止めず、グイリアさんは言った。


 目の前には大蛇。横にはくつろぐ猫。そして囲んでいるのは無造作に積まれた雑多な物の山。




 ……落ち着かねぇ。



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