第24話 魔女さまはお見通し


「は、初めまして……。」



 そう口にした瞬間、二人の母親だと言う魔女はピクリと目をしかめた。


 即座に空いている方の手を私に向けて掲げる。すると、私の周りの空気が



「⁉︎」




 息が、




 出来ない。





「母さん⁉︎ 何をしているの⁉︎」

「黙っていろ。お前たち一体何を連れて来た?こいつは人間か?一体何の魔の物にたぶらかされた?」


 苦しくて、崩れるように膝をつく。背後からアントーニオさんが支えてくれたので倒れはしなかったが、息が出来ないのは変わらない。私の周りの空気はカチカチに固まったように動かない。虚をつかれたため、酸素はすぐに足りなくなる。


 やめて。


 死んじゃう。



「やめて、母さん!この子は魔物なんかじゃない!他の世界から来たのよ!貴方に助けを求めに来たの!」

「……他の世界?」



 もがいても、どうにもならない。ダニエラさんたちの声も、遠ざかっていく。視界が霞んで、頭も真っ白になる。



 うそ。



 こんなに、あっけなく……。





 突然、ばちん、と顔の周りの空気が弾けた。


 急激に空気が動いて、肺が新しい気流で満たされる。勢い良く行き来する空気がヒューヒューと音を鳴らす。涙と唾液と鼻水で顔が汚れているが、拭き取る余裕はない。息を吸いすぎて肺を酷使した私はむせて咳き込んだ。ぐったりと、アントーニオさんの腕に身を任せる。


 ……そ、走馬灯見えた……。




『人間風情が……我の囮に手を出すでない。』



 聞き覚えのある声が、頭上で聞こえた。


 頭を動かす余裕はまだ無くて、そちらに視線だけを向けると、白蛇ちゃんが浮かんでいた。


 その周りに、金色の光の線が何本も見えた。


 ルルルルルル……と、エンジン音のような唸り声。



 スコルティ様だ。



 また私を助けてくれた。




 私の位置からはよく見えないが、光の線はスコルティ様の全身を描いているのかも知れない。白蛇の額には、あの金色の目が現れているんだろう。


 ダニエラさんとグイリアさんからは、実物大のスコルティ様の姿が見えているに違いない。


『こやつは我が復仇ふっきゅうを果たす為の大切な餌よ……こやつに手を出せば情け容赦はせぬ。その命、即刻葬ってくれる!』


 ガルルル、と唸り声が強くなる。グイリアさん達は、私がガイドを出した時に発せられたような轟音を聞いているに違いない。ダニエラさんは、グイリアさんの背後に隠れるようにして身を縮こまらせていた。



「……土着神どちゃくしんの加護か……。」


 グイリアさんが呟き、掲げられたままだった片手を下ろす。全く怯んだ様子は無かった。


「この女の言語能力を弄ったのもお前か。」

『……この者の話をようく聞くが良いぞ、。この者の道を阻んでも、我は容赦せぬ。邪魔立てせぬことだ。』


 それだけ言うと、光の輪郭は消え去り、宙に浮いていた白蛇はすう、と地面に降り立った。するすると草の上を這って、私のもとへやって来る。這い上がって私の首に絡みつくと、グイリアさんの方に向けて首をもたげ、僅かに開いた口から苛立たしげな摩擦音を出した。



 グイリアさんは、品定めをするかのように私をじっと見つめていた。私は、まだアントーニオさんの腕の中で動けない。


 突然危害を加えられて、私は震え上がっていた。


 スコルティ様が忠告してくれたから、多分また攻撃されることは無いと思う。だけど怖いことには変わりは無い。攫われそうになったことはあったけど、意図的に攻撃を受けたのは初めてだ。間違い無く、トラウマ案件である。



「オトカ!」


 辺りが静まり返って安全だと判断したのか、ダニエラさんが駆け寄って来る。ハンカチを取り出して、私の顔を拭ってくれた。私はそれを受け取って、自分で拭う。


 私が自分の意思で動けることを確認して、ダニエラさんは多少安堵したようだった。


「……母さん、一体何を考えているの。まだよ?どうしてこんな酷い事が出来るの!見損なったわ!」

「ふん……明らかに人間では無い匂いをさせて、奇妙な術で突然現れれば警戒もする。おまけにその言語に対する干渉……。魔術とは全く別のものだ。……得体の知れない者が領分を侵しておいて、諸手を挙げて歓迎されるなどと思うな。」


 厳しい言葉を投げるグイリアさんの視線はまだ冷たい。二人は、しばらく睨み合っていた。



 やがてグイリアさんは、ここに現れてから始めて足を動かし、一方向へと歩き始める。


「来い。説明しろ。」


 相変わらずの命令口調だったが、私たちは従わざるを得ない。二人に助け起こされて、私も立ち上がる。


 先を行くグイリアさんの後をついて、私たちが歩き出したところだった。


 グイリアさんが立ち止まって、こちらを振り向いて言った。




「あとそいつはお前らより年上だぞ。」




「「は?」」




 私の肩や背中を支えながら歩いていたダニエラさんとアントーニオさんの声が重なり、二人は立ち止まってこちらを見る。……左右上部からの視線が痛い……。



 なんか、ごめんなさい……。


 年上なのに情けなくてごめんなさい……。


 黙ってたんじゃ無いの。タイミングが無かっただけなのよ……。




「嘘だろう……?」



 アントーニオさんが、ぽつりと呟いた。



 私は、首をすくめて縮こまる他なかった。





 ああ、哀しきかな日本人顔/体型(身長平均以下)。




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