第23話 魔女って何で黒いんでしょね


「ガイド、私の作る時空って、他の人が入っても安全なの?」


 めげる様子の無い白蛇ちゃんがアタックを続ける中、私は宙に浮くガラス球に聞いた。攻撃にビクともしてないガイドは淡々と答えた。



『それは安全をどう定義するかによる。君と同じ感覚を持った他人が入った場合、その人間は君と同じ体験をするが、君以外は空間を操る事は出来ない。中に閉じ込められたとしても、君以外は扉も作れないし環境も操れない。』



 つまり、私次第ってことか。


 私がうっかり誰かを閉じ込めさえしなければ、その環境は私が体験するものと同じ。つまり入るだけなら害は無い。


「と、いうことなんですけど……。」


 と、二人の方を見ると、二人はまたお互いの顔を見合わせた。流石姉弟きょうだい、目だけで会話出来るのか。


 アントーニオさんが小さく頷いて、ダニエラさんが言う。


「良いわ。お願い。魔女の居場所は、ここから北西に馬で5日。サルナターリの森の西端よ。」





 時空への入り口にする為に、明かりの入らない場所への扉を借りられないかと聞くと、ダニエラさんは一階に案内にしてくれた。放置されたガイドが居なくなってやっと大人しくなった白蛇ちゃんは、私の肩に乗ってついて来る。


 やって来たのは、クローゼットのような大きな棚の前。中にはほうきやバケツっぽい掃除用具らしきものが納められている。


「じゃあ、お借りします。」


 何となくその扉に触れた状態で、目的の時空をイメージする。触っていた方が、イメージしやすい気がしたのだ。


 イメージがピタリと型にはまった気がして目を開ける。両開きの扉を、両手で開けた。



 背後で、ダニエラさんとアントーニオさんが感嘆の声を上げる。



 そこにあったのは、白一色の明るい空間。



 私が住居として整えようとしていた、あの六畳間の時空。





 安全なことを示せるように、先にそこに踏み込んで踵を返す。


「何もなくて恐縮ですが……どうぞ。」


 私が促すと、二人は恐る恐る足を踏み入れた。しきりに周りを見回している。



 私は目を閉じて、さっきダニエラさんが言った言葉を思い出す。ここから北西にある、サルナターリと呼ばれるの森の西端。


 しかし浮かんできた白黒反転に虹色の輪郭のイメージは、一点に定まらない。森の中の光景が、見えては消え、また別の場所が見えるのが繰り返される。


「ダニエラさん、行き先の特徴を、もう少し詳しく教えてくれませんか。そこに何があるかとか。」

「そうねぇ……近くには小川と……この時期には花が沢山咲く丘があるわ。それと……もしかしたら、大きな木にブランコが残っているかも知れない。」


 小川、花の咲く丘、ブランコ……





 見つけた。




 どこか、出口に使える場所は……。





 閉じられた空間……あった。





 ここにしよう。





 イメージが固まるとともに目を開ける。目の前には、胸の高さ程まで広げられたボロボロの布を、いびつな三角形の輪郭が囲んだものが現れていた。


「出口が出来ました。」


 振り向いて言うと、また驚きに見開かれた視線と目が合う。……なんか、そろそろ驚かれるのも辛いなぁ。何というか、距離を取られてる気持ちになっちゃう……。


 その視線を避けるように、私は先に、その布を掻き分けて外に出た。





 ここも、天気に恵まれていた。


 出て来たのは、岩場の隙間をロープで吊った布で覆ったところだった。布はずいぶん古いが、しっかりしたものだったので形を留めている。誰が何の為に、ここに取り付けたのだろう?内側は洞窟にでもなっていて、誰かが隠れ家にでもしたのだろうか?



 岩場から離れると、一面が花畑だった。



 霞んだ雲に彩られた青い空の下、ピンク、オレンジ、白、青、黄色……様々な色の、様々な形の花が丘一面を覆い尽くして、そよ風に揺れている。遠くに見える地平線には、森の緑と青い山の稜線がそれぞれ線を作っていた。



 絶景だった。


 泣きたくなるくらいに、綺麗だった。



 やっぱり、本物は凄い。


 カレンダーの写真や、ネットやテレビで見た世界中の景色も、きっと本物を見ればそれは全く別物で、こんなにも感動させられるものだったのだろう。



 胸が一杯で、叫び出したいくらいだった。





「まぁ!」


 私の後から外に出て来たダニエラさんが声を上げた。振り向くと、その背後からアントーニオさんも姿を現わす。


「凄いわ……凄い!本当に、だわ!」


 丘を見渡していた私の隣に駆け寄りながら、ダニエラさんが言った。



 ……『故郷』?



「ねぇ見てよトーニー!本当に、私たちが遊んだ花畑よ!……出口は私達の作った隠れ家じゃない!なんて懐かしいの!」


 私の混乱をよそに、興奮したダニエラさんはぴょんぴょん跳ねて、まだ呆気に取られたままのアントーニオさんの腕をぐいぐい揺すりながらはしゃいでいる。



 ここが二人の故郷?


 どう言うことなのだろう。



 二人は、私を『魔女』に会わせたいんじゃなかったのか?







 ごう、と強い風が吹いた。






 目を開けていられなくて、ぎゅうとつむる。


 私の髪だけで無く、ぺちぺちと、何か軽いものが頬や身体を打つ。花びらか。





 ようやくおさまった所で目を開けると、真っ黒い布がばたばたなびいていた。





 五歩離れた所に誰かが立っている。





 舞い踊っているのは、真っ黒な、身体にぴったりと沿った装飾のないロングドレスと、同じ色の長い長い髪。身長ほどありそうだ。


 鋭い目は、やはり黒い色。


 まだ舞い続けている花びらの中に立ち、冷たい視線でこちらを見ている。



 威圧感のある美女だった。



 片手に、無造作に緑の草の束を持っている。






「母さん!」


 その人が発する、硬くて近寄りがたい雰囲気などものともせずに、ダニエラさんが駆け寄って行った。そして抱きつく。


「母さん!本当に母さんだわ!本当に、ドアを開けるだけで来れちゃうなんて!ああもう、一体何年振り?元気だった?ああ、会いたかった!」

「ダニエラ、アントーニオ、説明しろ。」


 はしゃいでハグを繰り返すダニエラさんに、女性は全く取り合わなかった。その言葉は、素っ気なくて冷たい命令口調。視線も合わせず、こちらを見たまま。声にも威圧感がある。


 しかしその様子を、ダニエラさんの方も全く気に止めていない。やれやれ、と言った調子でため息をこぼす。


「相変わらずねぇ。久し振りに会ったって言うのに……。今日は母さんに会って欲しい人が居て連れて来たの。オトカよ。」


 手で私を指し示して、ダニエラさんが言う。そして今度は女性の肩を抱き、私の方を見て、誇らしげに言った。




「オトカ、こちらが私たちの母さん。『黒の魔女』、グイリアよ!」




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