第22話 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いそうです

「……これは返しておくわ。」

「え。」

「なんだか持っているだけで怖いもの。元の場所に戻してくれていいわ。ありがとうね。」

「そ、そうですか……。」


 ダニエラさんから、殆ど押し付けるように返された木の実を受け取って、それを改めて眺める。


 まだぴちぴちの木の実は、窓からの光を跳ね返してツヤツヤと輝いている。これがそんなに高価なものだったとは。開かれたままのダニエラさんの本の記述をざっと読んだ感じ、味の言及も確かにそのものだ。これがソーレの実で間違い無いのだろう。万病を癒す薬……。


 少し考えてから、私は冷蔵庫用時空からの冷気を遮断するために一度閉じていた木箱の箱を開けて、その木の実をしまった。それをダニエラさんに返す。ダニエラさんは、木箱を元あった棚の上に戻した。



「はぁ……まさかあんな物を見せてもらえるなんて……とにかく、これであなたの能力についてはよく分かったわ。」


 椅子に座りなおしながら、ダニエラさんが言う。アントーニオさんも、何だか疲れた様子でため息をつきながら腰を下ろす。……なんかすみません……。そう言えば、お店は開かなくて良いのだろうか。



 不意に気配を感じて下を見ると、私を救った白蛇ちゃんがするすると移動してきて、私の膝上を経由してテーブルに上がってきた。


 実は今まで家の中をウロウロしていたようなのだが、探索が終わったのだろうか。人の生活空間が珍しかったのかな。……もしかしてネズミとか探してたりして……。そう言えば、神さまの分身は食事は必要なのだろうか?


 私から離れることは無いと思って放っておいたのだけど、ダニエラさんとアントーニオさんは全く気にする様子が無かった。足元這ってても無反応で跨ぐし。いやもう、絶対飼ってたことあるでしょ?


 何とは無しに蛇ちゃんのツルツルの身体を撫でてやると私の前でとぐろを巻いて落ち着いた。んんんかっわいいなぁもうっ♡いい加減名前考えないとなぁ。




 ダニエラさんとアントーニオさんは、しばらく無言で考えているようだった。そしてお互いと視線を交わすと、納得したように頷き合う。ダニエラさんが、こちらに向き直って言う。



「オトカ、あなたを魔女の元へ案内するわ。」



 魔女。



 この世界には、魔女も存在するのか。



「彼女はとても優秀な魔女なの。必ず、あなたを正しい方向に導いてくれるわ。私たちが保証する。とても遠い所で、馬車と馬を乗り継がなくちゃいけないのだけど……是非一緒に来て欲しいの。どうかしら?」

「は、はいっ、もちろんです!」


 食い気味に返答する。ここまで来て断る理由など無いのは勿論だが……馬に反応してしまった……。だって夢だったのよ!馬車とか馬に乗るの!ついに!遂にあの背中に乗れるのね!馬のお尻を拝みながら、馬車に揺られる事が出来るのね!っきゃーーーーテンション上がるーーーー♡ああっ!異世界ってなんて素晴らしい!



「決まりね。よーし、それじゃあ準備しなきゃ。大荷物になるわね。トーニー、あなたの予備の鞄、借りられる?」

「ああ。」

「じゃあオトカの荷物はそれに入れて……買い出しにも行かないとね。マニュエラさんには何て説明しておこうかしら……。」

「あ、あの。」


 何だか大袈裟なことを言い出した気がして、私は思わずダニエラさんの独り言に割り入った。そんなに多くの荷物が必要となると –––


「その、目的地まではどれだけかかるんですか?」

「片道で5日よ。」

「い、いつかぁ⁉︎」


 馬に乗って5日⁉︎一体どれだけ距離があるの⁉︎ 流石に馬嬉しーとか言ってられない……。ひっくり返った声で思わず繰り返した私に、ダニエラさんは楽しそうに笑った。


「魔女は孤独を好むの。そう簡単に人が入ってこれる場所には住まないわ。大丈夫よ、私たちは何度も往復したことがあるの。迷ったりする事は無いから安心して ––– 」

「そんなに遠い所、案内してもらうわけには行きません!」

「?どうして?」

「だ、だって、そんなに長い間お世話になる訳には……。それにお店だって……。」


 困った子ね、とでも言いたげに、ダニエラさんは首を振って見せた。私の肩に手を置いて私を宥めるように言う。


「あなたはそんな心配をしなくていーの。これは大事な事だもの。私たちはあなたを助けたいのよ、オトカ。」


 ……うう、ダニエラさんが優しい……。ほんとに、何でこんなに優しいんだよう。泣けてくるじゃんか……。



 あ。



「だったら!」


 既に準備に取り掛かろうと背を向けた二人を、私は呼び止めた。


「あの、私のスキルで移動出来ませんか?」

「……あなたの?」

「そうです!私は、時空内からなら条件に合う場所を見つけてその場所への出口を作れるはずなんです。だから、その場所の特徴を教えて頂ければ……。」


 また顔を見合わせる二人。どうなんだろう。時空内に入るの、怖いかな。……冷静に考えればそうだよなぁ。私だったら絶対不安になる。でも最低でも合計10日も二人の時間を奪う訳には……。



「……私たちは良いけれども、その空間内は、私たちも通れるの?」

「あ。」



 そうか……どうなんだろう……。試してないから分からない。神様の分身は、多分また違うよなぁ。



 そんな時は。



「……えっと、ちょっと確認が必要なので……お二人とも、に何か出てくるので、驚かないで下さいね?」


 と、前置きをしてから、私は呼んだ。


「ガイドちゃーん。」

『はーい。』

『ッシャーーーーーーーッ‼︎』

「っきゃーーーーーーーっ⁉︎」


 お馴染みのガラス球が空中に現れたかと思うと、とぐろを巻いていた白蛇ちゃんが摩擦音を発して飛び上がった。



 飛んだ……。蛇が、飛んだ……。



 悲鳴をあげたが何とか動くのは耐えた。だって、動くと絶対追いかけてくるからだ。あのガラス球は。そしてそのガラス球に、白蛇ちゃんは繰り返し飛び上がって牙を剥き、噛み付こうとしている。何度も何度も。めっちゃカッツカッツ言ってる……噛めなくて。硬くて丸くてツルツルだもんね……。



 ……怨念も受け継いどんのかい……。



「あの、これはこの子の個人的な事情なので、あまりお気になさらず……。」


 びょんびょん飛び上がる蛇の向こうで呆気に取られてこちらを見ている二人に、私はしどろもどろ説明を加えたのだった。



 恥っず。




 スコルティ様のばかー。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る