第21話 無知って恐ろしい


 ご馳走になったご飯はとても美味しかった。


 文化的な生活が出来るか否かすら定かではなかったところからの、お粥らしきものと野菜と肉のスープである。異世界に来てからの初めての調理済みの食事。その有り難みは推して知るべし。また涙で視界がぼやけるところだった。


「美味しい?」

「はいっ!とっても美味しいです!」

「よかった。たくさん食べてね。お代わりはあるから。」

「ありがとうございます!……本当に、色々と感謝してもし切れません。」


 食後にはまたお茶を頂いた。昨日貰ったのとは違う、もっと濃い色のもの。割とコーヒーに似てる気がする。これもとてもいい匂い。




「オトカ、あなたが私達のところに来たのは、何かの縁だと思うの。」



 丸い小さなテーブルを私とアントーニオさんと囲んでお茶を飲みながら、ダニエラさんは言った。


「弟とも話したのだけど、私達、あなたの力になれそうな人を知っているの。……いえ、むしろあなたはその人の所に行くべきだと思っているわ。」


 行くべき。断定的にそう言ったダニエラさんは、真剣な表情だった。


「私達が頼めば、きっとその人はあなたを守ってくれると思うわ。だから、私達にあなたの能力のことをもっとよく教えて欲しいの。どうかしら?」

「……もちろんです。」



 全てが不確定な状態から、急速に方向性が定まっていく感覚だった。単なる私のカンだが、この二人は信頼できる。平均的な人より人付き合いが少なかった私だが、その辺の判断力はバグっていない筈だ。


 この二人は、私のことを真剣に考えてくれている。


 それは、私の能力の真偽如何いかんでは、私はこの世界で大きな影響力を及ぼす可能性が有るからなのだろう。




 彼女たちに概要を話した私の能力は、持つ人によっては政治や流通に利用しまくれるものだ。


 世界中のどこにでも行ける仕組みは各国の諜報部がこぞって欲しがるものだろうし、大規模に展開しようものなら様々な商品の輸出入の常識がひっくり返る。この世界が私のいた世界と同じ政治的仕組みなのだとしたら、利権を握る富裕層には震え上がるほど脅威となるものだ。無限に作り出せて時間や環境を管理できる時空は、食料や製品の貯蔵に使えることを考えるとそれも治世者には利用価値が高い。


 うすうす感づいてはいた。


 私の能力は、危険視、最低でも注視されて当たり前の物なのだ。


 二人の真剣さから察するところ、それは魔法が常識の世界でも変わらないのだろう。



 大きな力には、大きな責任が伴うと言う。


 私には、それだけの能力を使うだけでなく、『制御』するモラルが求められるのだ。



 でなければ、他の誰かが私を『制御』しようとするだろう。その手段に関わらず、だ。


 力のある国なら、私を危険と判断して消そうとしてもおかしくはないと思う。



 私の目の前にいる二人には、誠実に向き合う他はない。そしてそれが最善の手だと確信が持てた。


 いち早く正しく導いてくれる適任者を見つけなければ、他の人が私を利用しようとするだろう。


 これは、願っても無いチャンスなのだ。


 まさにその適任者を知っているというこの二人に出会っていなかったとしたら、私がその人を自力で見つけられる保証は無かったかもしれない。




「お見せするのが、一番手っ取り早いと思います。」

「そうね。ぜひ見せて欲しいわ。」

「……あの箱をお借りしても良いですか?」

「?あの茶箱?」

「はい、中身はそのままで良いので。」


 キッチンの棚に入っているクッキー缶ほどの大きさの木箱を受け取って、テーブルに置く。……なんかマジシャンの気分だな。まぁ、正にそんな能力なんだけど。


 木箱を前にして、目を閉じる。目的の時空を、思い浮かべる。


 そのイメージが収縮した瞬間、目を開けた。ダニエラさんとアントーニオさんが固唾を飲んで見守る中、私はそれを開けて、中に手を差し入れる。



 明らかに箱の高さより深く沈む私の腕に、二人が目を見開き息を飲む。



 そして私は、一粒の木の実を取り出した。



 私がムロの実と名付けた、あの紫と白の実。



 ダニエラさんとアントーニオさんは立ち上がって、箱の中を覗き込む。二人とも驚きに声を上げ、ダニエラさんの方は口元を覆った。



「……それは……。」

「名前は分からないんですけど……食べ物を探しに行った森で見つけたものです。次にいつ食べられるか分からなかったので、なるべくたくさん摘んで保存していたんですけど、興奮作用があると狼の姿の神様が言っていて……。」

「……もしかして!」


 ダニエラさんが突然、身を翻して走り去る。姿が見えなくなったと思ったら帰ってきたその手には、女性の体には大き過ぎる分厚い本が抱えられていた。


 どすん、とそれをテーブルに置くと、ダニエラさんは素早くページをめくる。


「あった!これよ!」

「……そんなバカな。」


 私とアントーニオさんが見えるように本が回されると、アントーニオさんは信じられないと言った口調で声をあげた。……昨日からぜんっぜん喋ってなかったのに。


 見せられた薄黄色くて縁がギザギザのページには、確かに白と紫の木の実の絵が描かれていた。その他にも蔓や葉っぱの絵もあり、植生が詳しく説明されている。この本は図鑑なのかな?


 だけど、何故二人がそこまでこの木の実に驚いて居るのかがいまいち分からない。なんか私の能力自体より驚いてない?単に珍しいからだったら、なんか驚き方のテンションが変な気がするなぁ。




 この時私は、この世界の言葉を聞いて理解出来るだけではなく、文字も読めていることに初めて気が付いた。すごい!スラスラ読める!


 ホントにどーなってんの?このチート。どーゆー仕組みでぜんっぜん違うはずの言語を見たり聞いたり喋ったりしてるのよ……。リスニング、スピーキング、リーディングと完備かよ。これでライティングも出来たらコンプじゃん。まったくもって都合が良過ぎる。


 ……これ、他の国の言葉も出来るんだったら翻訳者としても大活躍出来ちゃうじゃん。更に私の諜報員としてのポテンシャルが上がっちゃうじゃん。やだやだいらないそんなの。わたしゃー野心なんか持ってないのよ。頼むから静かに暮らさせてくれ。




 私の内心の葛藤などをよそに、ダニエラさんは興奮するばかりだった。


「信じられない!まさか本物を目にする日が来るなんて……。それもこんなに新鮮なものを!」

「あの、この木の実ってそんなに珍しいものなんですか?」


 私はその実をダニエラさんに手渡しながら聞いた。


「珍しいなんてもんじゃないわ!ソーレの実、幻の果物よ!これ一粒で、一体いくらになるか……乾燥したものは、貴族の間で高値で取引されてるわ。万病を癒すと信じられてるの。もちろん私たちは粉末ですら本物を飲んだことは無いけど……身内が病気になると、貴族たちは冒険者相手に、この実に懸賞金をかけるのよ。本物を手に入れて献上したものには、一生かけても使い切れないお金をやる、って言ってね。これが原因で戦争になった歴史も……あなたこれを、一体何処で……。」

「何処と言われても……たまたま訪れた森に沢山なっていたので……。」

「……信じられないわ……。」


 そ、そんな大層なものだったのか……。


 ど、どうしよう、私、お腹いっぱい食べちゃった……。



 っていうか一山8枚で売っちゃった……。




 ……黙っとこ。





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