第20話 異世界はそうこなくっちゃ


 私はスコルティ様に話したように、私に起こった事を順を追って話し始めた。


 本当なら掻い摘んで話せれば良いのだが、話をまとめられるほど私の頭が整理できていない。起こったままを話していくしか無かった。



 ダニエラさんとアントーニオさんは、目をぱちくりしながら聞いていた。



 当然である。


 彼らはスコルティ様のような神様ではなく、ただの人間なのだから。


 うう、表情が硬かったアントーニオさんまで……。分かりますよ、そりゃそうですよ。コイツ何言ってんだってなりますよ。私だってまだ良く訳が分かってないですもの仕方ない。うん。



 文字通り異世界人でも見る目で見つめられる中、私は何とか話し切る。


 ダニエラさんとアントーニオさんはまだ目をぱちぱちさせながら、お互いの表情を伺っている。いや間違ってませんよ。二人とも正しいですよ、その反応。


「……う〜ん。」

「……うーむ。」

「……信じてもらえなくても仕方がないと思ってます。ただ、本当に私、この世界のことが分からなくて……この先、どうしていけば良いのかも……。」


 ついついポロリと不安をこぼしてしまって、口をぎゅっとつぐむ。


「……私は、何とかしてこの世界でやっていきたくて……この先の身の振り方を決めるために、どうかこの国のことだけでも教えて頂けないでしょうか……。」


 申し訳なさすぎて、徐々に声が小さくなってしまう。うう、涙出そう……。



 私は何て孤独で弱くてちっぽけで情けないんだろう。



 不意に、手元にショールの包みが無いことに気付く。


 売ろうとしていたあの木の実の残りと、私がこの世界で初めて稼いだ硬貨8枚が入ったものだ。


 あの男に襲われかけた時に、落としたんだ。



 これで私は、また一文無しに逆戻り。




 ほんの僅かだけど、せっかく怖い思いをして手に入れたのに。




 頑張ったのに。





 心細さと怒りとで、また涙が溢れてくる。





「ああもう、泣かないで?ね?……あなたの話は、ちょっとにわかには信じ難いけど……あなたが本当に困ってるのは分かるから。あなたをひとりで放り出したりしないから、安心して?ね?」


 身を乗り出して、テーブル越しに私の腕をさすってくれるダニエラさん。ゔゔゔゔや゛ざじい゛よ゛ゔ……。なんて親切な人!ありがとうありがとう!こくこく頷きながら、すでにびしょびしょの手巾でまた涙を拭く。なんかもう搾れそう。



「オトカ、あなた今夜は行く宛があるの?」



 その質問に、私はまた即答出来なかった。


 あると言えばある。だけどそれは何も無いあの真っ白な空間だ。


 人の温もりが感じられる、明らかに手作りの調度品に囲まれた今、あの場所に戻るのは心細すぎた。考えるだけで更に涙が溢れてきそう。



 私が戸惑っているのを察したようだ。ダニエラさんは、私をふくよかな胸に抱き込んで頭を撫でてくれた。や、柔らかい……これが大人のオンナの包容力っ。


「いいわ、オトカ。あなた、今夜はここに泊まっていきなさい。これからの事はまた明日話しましょう。まずはゆっくり休んでから。そうしましょう、ね?」



 私は相当追い詰められていたようだ。



 その言葉を聞いて、私はまた泣き崩れてしまった。



 今まで住んでいた場所から連れ去られ、暮らしていた環境をまるごと奪われ、持っているのはおかしなスキルのみ。誰も知らない、何も分からない、国の保護などもちろん無い。そんな状況に置かれていた私の神経は、思っていた以上にすり減っていた。


 宥められながらベッドのある二階の一室に案内され、柔らかな寝具に腰を下ろした途端、私は崩れ落ちるように横たわった。そしてそのまま、現実逃避するように眠りに身を預けたのだった。







「オトカ……オトカ、朝よ。」

「……ん〜?」


 ……だれ?……母さん?


 なんで……病気が治って……退院したの?



「オトカ、おはよう。」

「……ダニエラさん……。」


 私を覗き込む彼女の顔を認識して、私は夢うつつから覚醒する。目の前にいるのは異世界の恩人で、何年も前に亡くなった私の母親ではなかった。




 ここに来たのは、夢などでは無かったのだ。




 寝過ぎたのかまだぼーっとする頭をふり、目をこすりながらようやく挨拶を返す。


「お早うございます……。」

「よく寝れた?良かったら一緒に、朝ご飯はどう?昨日も夜ご飯も食べずに寝ちゃったから、お腹が空いているんじゃない?」


 ご飯。


 その言葉に反応したのかしなかったのか、完璧なタイミングで私の腹が鳴った。固まる私と、吹き出すダニエラさん。


「準備万端みたいね!こっちにいらっしゃい。まずは水場に案内するから。」



 このひと、どうしてこんなに優しいんだろうなぁ。


 そんな風に考えながらダニエラさんの後をついて行くと、辿り着いたのは風呂場だった。



 ……風呂‼︎



 見てそれと分かるふろ‼︎ お風呂‼︎



 異世界にはお風呂がある!やったーーー‼︎



 そこにあったのは、カラフルなタイルで覆われた作り付けの風呂釜だった。すごい!色味が可愛い!大きい釜と小さい釜が並んでいて、それぞれがなみなみと水を湛えている。……と、ト◯ロの世界……。高い位置にある明かり取りの窓はステンドグラスになっている。こちらも可愛い!


 私の驚きが明白だった為か、ダニエラさんは丁寧に説明してくれた。


「このタイプのお風呂は初めて?」

「は、はい……。」

「そう。こっちのお湯は熱いから気をつけて。こっちがぬるいようなら、桶ですくって足すの。石鹸はここ。パルバの香りがするものよ。ほら、いい匂いでしょ?お店でも売ってるのだけど、私のお気に入り。お肌がすべすべになるわ。着替えは……ちょっとサイズが合わないかもしれないけど、これを使ってね。袖と裾をまくれば何とか着れるんじゃないかしら。下着は新しいものがあったから、遠慮なく使ってね。」

「……ありがとうございます!」


 何から何まで、なんと至れり尽くせりな!感謝してもし切れない!


 ああ、それにしても、お風呂に入れるなんて!



 風呂場にひとり残され、服を脱いで、木で出来た桶でお湯を被る。鳥肌が立つほど気持ちが良かった。思えば走ったり運んだり歩き回ったり冷や汗だったり、汗もかいたし埃まみれだった筈だ。……いつもお風呂に入ってから眠る派なんだけど、あんなに熟睡したって事は相当疲れてたな私……。



 しっかり身体と髪を洗ってからお湯に浸かる。確かに石鹸の甘いお花っぽい匂いはとても良い匂いだった。……っはーーーーー!きーーもちーーーーー!お風呂最高!幸せ‼︎ これがあるだけでこの先もやっていける気がする!なんかちょっと元気が出てきたぞ。



 ゆっくり浸かって心身の疲れを癒したいのはやまやまだが、朝ご飯を待たせては悪いと思い、私はほどほどにあったまったところで湯船を出た。



 その瞬間だった。



 ぶお、とつむじ風が巻き起こり、私を包み込んだ。



「ひゃっ⁉︎ ……きっ、きゃあーーーーーー‼︎」



「オトカ⁉︎ どうしたの⁉︎」


 私の悲鳴を聞いて飛んできたらしいダニエラさんの胸に、すっぱだかのまま縋り付く。


「き、急に風が!」

「……?風魔法がどうかしたの?」

「……ま、まほう⁇」



 戸惑いの表情を見せた私を見て、ダニエラさんも同じような表情になる。



「あなた、本当にこの世界の人間じゃないのね……。」


 信じられないといった表情でしみじみと言うダニエラさんに、私はなんと返して良いか分からなかった。





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