第19話 ヒミツはもてないタイプです


 一人なのか、他に共は居ないのかという問いに首を振って答えると、女性は私を店の奥にある小さなテーブルに誘導してくれた。


 表に駆け出していった男性は程なくして帰ってきた。怪しい人物は逃してしまったらしいが、付近にはもういないことを確認してくれたらしい。逞しい男性が居てくれて、さらに心強い。



 この世界に来て初めて他の人間の庇護下に入り、その安心感のせいで、私はなかなか泣き止むことが出来ない。


「ああもう、ほら、大丈夫だから。よしよし、怖かったのね。大丈夫よ。ここは安全だから。私たちがいるわ。」


 私が持っていた手巾をぐしゃぐしゃにしてやっと泣き止むまで、女性は私を抱き締めたり頭を撫でたり、優しく宥め続けてくれた。



「私の名前はダニエラよ。ダニーって呼んでちょうだい。こっちはアントーニオ。私の弟よ。私はトーニーって呼んでるわ。」


 暖かいお茶らしき液体の入った杯を私の前に置いてから、女性は自己紹介してくれた。


 マグカップのように取っ手のついた大きめの杯からは、緑茶とも紅茶とも違う、植物を煎じたような匂いが香ってくる。その温かい匂いを嗅いで、私はまた緊張がほぐれていくのを感じた。そう言えばこの店舗の中、いい匂いでいっぱいだなぁ。何を売っているのだろう。奥に連れてこられたので、店の表の方で何が売られているのかはよく見えなかった。



 因みに私の命の恩人(蛇)ちゃんは、テーブルの上でとぐろを巻いて寛いでいる。時々舌をちろちろと出すが、緊張した様子もなく周りを眺めていた。早く名前を考えてあげなきゃな。


 テーブルの向かいに座ったダニエラという女性は、蛇に怯む様子は微塵も無かった。まるでそこにいるのが見えていないようである。……え?見えてない?もしかして私にしか見えない仕様?でもさっきの暴漢見えてたはず……。それとも蛇ってペットとしてポピュラーなのか?



 彼女の姿は、これぞ女性美、と言ったものだった。華奢さの無いグラマラスな体型に、緩やかにウェーブする焦げ茶の長い髪。縁をビーズで飾った服は襟ぐりが広く開いていて、ふくよかな胸元が強調されていた。う、羨ましい……。髪と同じ色に輝く瞳は長い睫毛で縁取られ、ふっくりとした唇には紅が塗られていた。彫りの深い迫力美人である。くっ、優しい笑顔が眩しい……女神かな?


 女性の後ろに立つアントーニオと呼ばれた男性は、これまた男らしい逞しさを持った体型だった。背が高くて身体が厚く、がっちりとした筋肉が服の下に浮いて見て取れる。短く刈り込んだ髪と目の色は、ダニエラさんと同じようだ。ただし、こちらはお姉さんと対になるような険しい顔つきで腕を組み、こちらを見ている。……蛇を警戒してるのかな。


 二人とも、年齢は二十代後半から三十代前半といったところか。……この世界の寿命も、地球の人類と同じか分からないけど。




「……乙叶です。助けて頂いて、本当にありがとうございました。」

「良いのよ。当然のことをしたまでだわ。オトカ、って珍しい名前ねぇ。初めて聞いたわ。」

「この地方の者では無いので……。」

「あらそうなの?出身はどこ?」


 そう聞かれてしまって、返答に困る。


 この世界の地理も文化も知らない私は、この世界で生きていく上でのをまだちゃんと考えていなかったのだ。


「異世界から来た」なんて言って、話が通じる状況なのかも分からない。





 私は戸惑うだけで、何も言うことが出来なかった。




 私が困っているのを察したのか、女性は慌てて言った。


「いいのよ、無理して言わないで。ごめんなさいね、探るようなこと聞いて。気にしないでちょうだい。」


 私を助けてくれた恩人に、そんなことを言わせていることが心苦しかった。本当なら、全部話してしまいたいのに。


「とにかく無事で良かったわ。この辺は比較的治安は良い方なのだけど……何処にでも、良くないことを考える人間は居るものなのよ。用心するに越したことは無いわ。この地方には、来たばかりなの?」


 やっと答えられる質問に、私は首を縦に振った。


「そう。じゃあ裏道や路地は気をつけた方が良いわ。特にあなたみたいな小柄な子じゃあ、特に、ね。なるべくならひとりで出歩かない方が良いのだけど……あ、ひとりじゃなかったわね。」


 と、白蛇ちゃんに視線を移す女性。見えてたのか。余りにも自然にスルーしてたから見えていないのかと思った。


「綺麗な蛇ねぇ。本当に真っ白!……まぁ、水晶みたいな目をしてるわ!連れて歩くなんて、あなたに良く慣れてるのね。」

「はい、とても……さっきは、この子が助けてくれたんです。この子が居なかったら、私は今頃……。」



 思い出してしまって、震えが戻って来そうになった。



 本当に、この子が居てくれなかったら一体どんな目に会っていたのだろう。スコルティ様には感謝してもし切れない。



「まぁ!じゃあお手柄ね。英雄さん、良くやったわ。」


 言いながら、ダニエラさんは人差し指でツンツン、と蛇の鼻先をつついて見せた。白蛇は、特に動じずに無の表情のままである。……ダニエラさん、本当に平気だなぁ。慣れてるのかな?もしかして自分も飼ってるとか?……似合うな、きっと。




 私を慰めて励ますために、意図して明るい口調で喋ってくれているのが分かって、じんと胸が熱くなる。


 ああ、この人たちに嘘はつきたく無いなぁ。


 だけど言っても、信じてもらえるわけが……。



 ……だとしても、誰にも何にも言わずに、一体どこまでやって行ける?


 八百屋さんとのやり取りみたいに、当たり障りの無い話しをひたすら繰り返して周りの情報を拾い続けるのか?気の遠くなるような話だ。


 それだったら、頭がおかしいと思われても良いから全部話して、色々と教えてもらった方が早いんじゃ無いか。せっかく誰かと腰を据えて話す機会が出来たのに。


 ……私の能力も、異常な物だと決まったわけじゃ無い。もしかしたら、この世界では普通の事なのかもしれない。聞いてみないことには分からない。



 ……もし全て話して、捕まってしまったとしたら?


 この世界の人たちにとって、危険な存在だと思われてしまったら?





 怖いけど、その時はその時だ。





 このまま、自分の立ち位置を知らずに居るのは耐えられない。こんなに良い人に出会えたのもチャンスだ。





「あの、」




 意を決して、私は二人に語りかけた。




「もしかしたら信じてもらえないかもしれないんですけど……私の話を聞いてもらえませんか。」




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