第16話 これからどうぞよろしくね
眩しい日差しに、一瞬目がくらんだ。
それが終わると、ガラガラと騒がしく回る車輪が目の前を通り過ぎる。
目で追って見ればそれは大きな荷馬車で、綱で何重にも巻かれた積荷が、ぐらぐら揺れながら遠ざかっていく。
その周りには、人が沢山歩いていた。
私が六畳間の時空から扉を開けて足を踏み出したのは、色とりどりの3階建ての建物に挟まれた、石畳の通りだった。
建物の一階は、全てそれと見てわかる何かしらの店舗になっている。望んだ通り、商業の盛んな地域のようだ。
怪しまれないうちに、私の時空へと繋げた扉を後ろ手に閉める。そのすぐ後に前から来た男性がその扉を開けた時には、中は既に元の店舗へと戻っていた。窓のないその場所は、チラリと見えたおびただしい数の瓶が並ぶ様子から察するに、酒屋のようだった。
扉の前から離れて、改めて周りを見渡す。私が指定したのは、比較的治安が良くて、人が多くて、商業の発展した街だった。
「人が多くて」を条件にわざわざ入れたのは、その方が多種多様な人物がいる可能性が高いからだ。もし私が多少この世界のスタンダードと離れている見た目だったとしても、きっと紛れ込みやすいに違いない。
実際に通りを歩いている人たちは、見たところ地球の人類とさほど変わらない。手足は2本ずつで、二足歩行をしていて、服を身に纏っている。髪の色は茶色だったり黒が大多数のようだ。
今のところはケモ耳や人外っぽいひとは見当たらない。……ちょっと期待してたんだけどな……。ちぇっ。でもまぁ、これなら私もそれほど目立たなそうだから安心か。
……やっぱり私、背は低い方みたいだけどな……。
荷馬車の他に小さい馬車も走っていた。
……っていうか馬ぁあああーーーーーっ!!
馬、ウマ、うまぁあああああああっ‼︎
っきゃーーーー地球の馬と殆ど一緒じゃん!この世界、もしかして地球のパラレルワールド⁉︎ 面長首長足長たてがみ尻尾フッサフサの馬が歩いてるぅうううっ‼︎
ああっ、その巨体の躍動感!密に生えた毛皮の下に動く筋肉の質感よ!その重みを支える足の美しさと逞しさ!特に胸板とむっちりした太ももがたまらん!そして石を蹴る蹄の音の軽やかさ!ああっ、優雅に揺れる長い尻尾もグーーーッド!そして極め付けはそのつぶらな瞳とふにふにの唇、そしてぴこぴこ動くお耳……
と、うっとりしながら脳内でひたすら目の当たりにした生馬への賞賛を連ねていた私の耳元で、何かが動く。
ちろちろ、と、舌を出してあたりを伺う蛇の頭だった。
「ひゃっ⁉︎ だっ、ダメだよ!出てきちゃダメ!お、お願いだからまだ隠れてて?ね?ね?」
私が小声で促すと、白い蛇はしばし爬虫類特有の無の表情で動きを止めた後、スルスルと背中のショールの中に引っ込んで行った。
お利口さんで助かる。私はほっと胸を撫で下ろした。
神さまの目から這いずり出てきた生き物たちからお供を選ぶという、史上最もグロいゲーム序盤三択を迫られた私が選んだのは、蛇だった。
目ん玉を分身として他の生き物に変えるとか、北欧神話じゃ無かった属性ぶっ込んできたな……。この世界に来てから取得したの?っていうかここの神様、分身作るの好きね。
さて、正直に言おう。私の推しは哺乳類がトップ。次席は鳥類である。もふもふは正義。
当然、出来れば鷹を選びたかった。
しかしあの立派な鳥は、かなり大きかったのである。私の肩に乗せて歩いたら片側だけ肩が凝りそうだし、何より目立つ。隠して運ぼうとしたら、それだけで荷物が一杯になりそうだった。
携帯性を考えて、蛇を選択した訳である。
この白い蛇もそこまで小さい訳ではなかったが、なんせ手足のない細長い身体な上、柔軟性が高い。丸めたり隙間に入ったり、一緒に行動する上で一番便利だと思ったのだ。最悪、服の中に隠れてもらうことも出来そう。……針と糸がもし手に入ったら、ワンピースの内側に専用のポケットでも作ろうかな。
因みに言うと蝶々さんは軽そうだったが、羽の損傷が怖くて持ち歩く勇気がない。……神様の分身だからそこら辺大丈夫なのかもしれないけど。まぁあっちもでかいし目立つからな。綺麗だったけど。
そんな訳でお供になった白蛇さん、風呂敷みたいにショールでくるんで背中に斜めに背負わせて貰っている。単身だと蛇っぽいものが入っているのがあからさまなので、別のショールもクッションがわりに入れている。ゆくゆくは専用のバッグみたいなものを何処かで手に入れてあげたいな。……私のお胸があと数ミリ大きければ胸元に隠れてもらえた気もするが、残念だ。うむ。
動きもそこまで早くないし、割と大人しく隠れていてくれるので助かる。当然だがこちらがハンドリングしても威嚇してこない。素直に指示に従ってくれる。地球で言うところのベタ慣れレベル。その様子に既に私は胸をキュンキュンさせていた。
誤解のないように追加しておくと、私は第一志望が哺乳類なだけであって、爬虫類だって全然志望圏内である。一部の不幸な遺伝子を受け継いだ人間のようにニョロニョロに恐怖を感じたりはしない。むしろ可愛い。一緒にいれて嬉しい。
艶々の鱗に覆われた、しなやかで優美な身体。震えながら出入りするか細い舌。滑らかな頭部のフォルム。笑みの形に凍った口元。感情の読めない視線。この子においては、その瞳は美しいアイスブルーである。
はっ!私たち、色味がお揃いじゃん!(白と青と金(閉じてるけど開くと金色のひとつ目))やだもう既に仲良しさん♡……ほら、私ったらもうメロメロ……。
それに、蛇を連れて歩くとか、ちょっとこう、危険なオンナ的な雰囲気ありません?ちょっとだけ、何というか、厨二病的な優越感があるというか……。ゴホン。
そう言えば、この子にはまだ名前をつけてあげてない。一緒に居ることになるのだから、呼んであげる名前くらい考えてあげないと。
ふと、ついさっき別れたこの子の本体、光り輝く狼との会話を思い出した。
「ところで、貴方のことは、なんとお呼びすれば良いですか?」
『……ふむ。なんとでも好きに呼ぶが良いが、この地に住んだ人間どもは大仰に「光の君」と呼んでおったな。』
なんだその私の故郷の古典みたいな呼び方は。と、思った私は、右側の上の目だけを瞑ったままの狼に提案した。
「じゃ、スコルティ、とかどうですか?もともとスコールとハティ、だったわけですし。」
狼は、しばらく動かなかった。
「あ、あの……?」
気に触ることを言ったか、馴れ馴れしすぎたかと途端に不安になった私だったが、狼はすぐに表情を和らげた。
獣の姿でも、そうと分かるような明らかな微笑みだった。
『気にするな。その名を聞くのは久し振りだからのぅ。良い。お主の好きなようにせよ。』
「はぁ……。」
なんだか訳もわからずそわそわして、それでは行ってきますスコルティ様、と言った私を、狼は優雅に尻尾を振って見送ったのだった。
「神様も、昔を懐かしがったりするのかなぁ……。」
人混みをゆっくりと歩きながら、私は呟いた。
ま、あんだけ創造神を恨んでるんだから、過去に執着があるのは当たり前か。ははは。
何はともあれ、である。
私の当面の目標は、生活基盤の確立。
そのためには、まずは通貨を手に入れねば。
これだけ商業が発展している社会、きっと私の知っている通貨に近いものが運用されているに違いない。それを手に入れれば、今度は私が必要なものを買い集められる。
私は、手に持っていた別の風呂敷包みをそのままに、ぐっと拳を握って気合を入れたのだった。
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