第15話 君に決めた!
「おお〜、ぴったり!」
宝物庫の隅に置かれていた絢爛豪華な金縁の姿見に自分を写して、私ははしゃいだ声をあげた。
私が見つけたのは、空色の地を細い金の刺繍が覆っているワンピースだった。表地はスカートの前が開いているので、下に丸襟、長袖で丈の長いスモックっぽいものを着る形になる。こちらは腰と手首を紐で留める形になるので、ある程度の丈の調整は可能だ。ワンピースは厚地でごわごわしているので、ぴったりのサイズでないと浮いてしまう。この空色のものは、運良く私に丁度良いサイズだった。
……他のドレスの作りと比べると明らかに子供用なんだけどね……。まぁ、仕方ない。ぶかぶかの服を無理して着るよりはいいだろう。
「本当に貰っちゃって良いんですか?」
『良い。我には不要なものだ。この部屋にあるものは自由に使うが良い。』
「ありがとうございます!助かります!」
お言葉に甘えて、他に何着かのワンピースと、シャツとズボンっぽいもの、それにスモックのスペア数枚、ショールらしきものも数枚を頂いて、新たに作った時空にしまうことにする。
残念ながら現代的な下着は見つからなかったが、上はワンピースがかなり厚手だし、シャツだけでもショールをすれば気にならなそう。……そもそもそんなに出っ張ってませんしね、ハッハハー。
下は薄手のガウチョみたいのを見つけたので、これを使おう。中世西洋のドロワーズ、って呼んだ方が近いかな。実物見たことないけど。
これであとは洗濯さえ出来れば、当面の服の心配はしなくて済むようになった。何という安心感!身に纏うものがあるというのは、なんと心強いことか!現代人には必須よね……服、大事。
「それにしても、こんなに沢山の服や宝物……何故ここに置きざりになっているんですか?」
神殿の奥深くにある部屋を埋め尽くす財宝や箱の山を見渡して、私は聞いた。
見たところ、ここにあるのは服や盃など明らかに獣姿の神様には不要そうなものばかりだ。箱どころか神殿全体が厚いホコリをかぶり朽ち果てかけているところを見ると、人間は長い間ここに足を踏み入れて居ないのだろう。
『さぁな。我が数百年ほど眠っている間に、噴火でもあったのかもしれん。寝て起きたらこの有様であったからな。全く、人間どもは軟弱で困る。』
如何にも不服げに答える狼に、口の端をひきつらせる私。ス、スケールがでかい……。噴火でも起きないとか……。流石は神さま。
『神殿が出来たのは、我がここに降り立って一千と五百年を過ぎた頃だったか。我を崇め、栄えた人間どもはここに富を集め、都を築き、宮殿を建てた。まぁ、欲深い一握りの人間が見栄を張り、権力を見せつけ、贅沢を極めるのが一番の目的であったろうがな。
しかし歌や音楽や舞でおだてられるのも悪くはない。我も年に一度はあの祈りの間に降り立ち、祭りに付き合ってやっていたのよ。奴らにすれば、この地に富をもたらす我の存在は絶対だ。ご機嫌取りに必死にもなる。
……しかしまぁ、静かな寝床としてもここは悪くはないのでな。目覚めてからは我はここに留まり、侵入者は許しておらぬ。お主が現れるまではな。』
「なるほど……。」
ここに眠る金銀財宝は、もともとこの土地を治めていた支配者達のもの。その都が噴火か何かの自然災害のせいで滅び、人は居なくなった。その後はこの神さまが寝ぐらと決め込んだため、宝物は荒らされずに済んでいる、というわけか。
……その割にこの神殿にガイコツとか見当たらないのだけど……寝起きのご飯になったとかっていうオチじゃないといいな……。っていうか噴火、神さまが寝ちゃったからとかなんじゃ……うん、聞かないでおこう。
神さまが毎年恒例のお祭りに来なくなってさぞかし慌てたであろう今は亡き一族に、私は頭の片隅で冥福を祈った。
「よしっ!完了!」
ついでに装飾性は低くて実用性の高そうな道具も拝借して時空にしまい、私はその入り口を閉じる。そこにあった大きな箱を使えばよかったので、時空への格納は簡単だった。やっぱり文明は偉大。便利。人の技術万歳。
『つくづく興味深い能力よのぉ。』
私の作業を興味深げに眺めていた狼が呟く。人間見たのすら久しぶりだから、面白いのかな。しっぽゆらゆら揺れてるし。
「なんかまだ使いこなせてない気がしますけど……なんでこの能力が私に合っているのかも分かってませんし。」
『ほう?ではそれが分かるのを楽しみにしよう。この後どこに向かうかは決めておるのか?』
「取り敢えずは人が暮らしてる場所に行こうと思ってます。生活用品を色々揃えたいですし……。商業が盛んな場所があれば良いんですけど。」
『ふむ。ではせいぜい励むがいい。我は高みの見物とさせてもらおう。』
そこで私は、ずっと気になっていたことを聞くことにした。
「あの、私を見張るって言ってましたけど……えと、そのお姿で私の後をついて来られるおつもりで……?」
こんなでかくてピカピカしてる生き物を連れていたら、まず間違いなく私の考える人間たちは近寄らせてくれないと思うのだが……。そうなると私の文化的な生活が遠くなってしまう可能性が高い。私を見逃すつもりはなさそうなので、遠隔で見張るとかっていう能力があるいいなと良いと思っていた。神様なんだし。
『まさか!小娘一人のために、我が自ら足を運ぶわけがなかろう。』
そう笑いながら言うと、狼は、す、と顎を上げて四つの目を閉じた。
『
呼びかけるようなその声に反応するように、もぞりと、狼の左上の目から何かが這い出した。
もぞもぞと蠢く何本もの足はか弱く細い。それが必死に身体を引き出し、ついには全身が狼の瞼から外に出る。しなびた布のような部分はゆっくりと扇のように開き、やがてそれは巨大な蝶々の形をあらわにした。
世界中のあらゆる鮮やかな色を、絶妙な配色で並べたような美しい蝶だった。
それは昆虫独特のあの唐突な動きで狼の額から飛び立ち、ひらひらと予測できない方向に飛んだ後、私の近くにあった木箱の上にとまる。
その様子にあっけにとられていた私は、更に息を飲んだ。
その閉じたり開いたりしている羽の一枚に、すう、と一本の線が現れたかと思うと、ぐわっとそれが開いたのだ。
狼の金色の目が、そこにあった。
探すように方々を見渡した後、その眼球は私に焦点を合わせる。
背筋にぞくりと何かが走った。
『
再度の声がけに対し、今度は右側の上下両方の目から何かが這い出てくる。大きな塊と、細長いもの。
鳥と、蛇だった。
焦げ茶と黒の、立派な鷹のような鳥は水浴びでもしたかのような様子で、濡れた翼をばたつかせながら一度床に飛び降りた。ぶるぶると身を震わせ、その場で羽づくろいを始める。ようやく全身が出てきた蛇がその後ろにぼとりと落ち、ちろちろと舌を出しながらゆっくりとこちらへ這い寄ってきた。真っ白な身体に青い瞳の蛇だった。
その二匹の額に、つう、と縦に一本の線が入る。
それが割れて現れたのは、やはり金色の目だった。
『さあ、選ぶがよい。』
ひとつだけ残った、左下の目だけを開けて、狼は言った。
『この中の一体を、お前の元に使わそう。好きに選ばせてやるのだ。有り難く思うがよい。』
何も言えない私の頭の中を支配していたのは、たったひとつの言葉だった。
グッッッッッッロッ。
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