第13話 おおかみがなかまになった!
光り輝く獣は、私のあずかり知らぬ理由で怒り狂っているようだった。
そしてその巨体を宙に踊らせて、一飛びに私の目の前までやってきた。
突然距離を詰められて、余りの迫力に私は後ずさることも出来ない。全身が恐怖で震え、歯がカチカチと音を立てていた。
––– グルルルルルルル……
と、私 ––– と言うより私と一定の距離を保って浮いているガラス球 ––– を鼻先に据えて、今にも食らいつかんばかりに唸り声をあげる獣。そこだけ妙にグロテスクに濡れた歯肉とずらりと並んだ鋭い牙が、手を伸ばせば届く場所でてらてらと光っている。めくれ上がった唇は何層にも深い皺を刻んで、その怒りを表しているようだった。光る身体は、気の高ぶりに同調してか更に強く輝いている。四つの眼球は瞳孔が開き、獲物を逃すまいと瞬きすらしない。
その迫力に、飲み込まれそうだった。
『忌々しい……ああ忌々しい!忘れるはずもない、その匂い!さぁその姿を現せ!そして我が牙の餌食となるが良い!』
ガアアアアッ、と目の前で吠えられ、轟音と共に強い風に襲われる。その余りの衝撃に、私はとうとう意識を手放してしまったのだった。
********
気がつくと、暗闇だった。
いや、細かい網目の隙間から、細く光が漏れている。
……んん?なんかごわごわしたものに覆われてる?
明らかに肌触りの悪いものが全身に被せられていて、居心地が悪い。おまけに横になっているのは硬く冷たい床だ。
突然不快感を実感して、私はもぞもぞと身を起こした。
『起きたか、オトカよ。』
被さっていたものを跳ね除けて声の方に目を向ければ、あの獣が元の台座に伏せていた。そうだ、私は気を失って……。怖くて失神とか、ほんとに起こるんだな。そんな乙女要素があったんだ、私。
それにしても、私に被さっていたこの埃だらけの麻袋は一体……。
『その格好ではちと肌寒気だったのでな。人間は毛皮が無くて不便だのう。お前たち、眠る時は布にくるまって眠るものなのだろう?』
「あ、有難う御座います……。」
どうやらこの獣がわざわざ被せてくれたようだ。……お詫びのつもりなのかな?さっきの荒れようが嘘みたいに落ち着いてるし。
確かにくるまって眠りますけどね?でもこんなごっわごわの麻袋じゃなくて、ふかふかのお布団なんですよ、オオカミ様。ご存知無いと思うのでお礼は言っときますけど。
『さて、どうやらお主の言ったことはどれも本当だったようだ。』
獣はそう言いながらよっこいしょ、とばかりに身を起こし、前足だけを台座の下に下ろすと、後ろ足を台座の端に引っ掛けてうーんと伸びをした。いやぁ可愛いっ♡こんなに大きくても仕草がわんちゃん♡♡
更に私のそばまで歩み寄ると、今度は床に前足を突っ張って前半身の伸びをする。あっ、
そのまま後ろ半身も床に下ろし、伏せた形になった。きゃーっ片方のあんよ折り込んでるっ♡ちょっとにゃんこっぽい♡♡
『……つくづく可笑しな娘よな。』
ふん、と鼻で笑われて、ひとり身悶えていた様子を見られていたことに気付く。うう、だって今まで近づきたくても近づけなかったもふもふを一気に浴びてるんだもん……平静じゃいられませんて。
『気をやるほと恐ろしい思いをしたと言うのに、けろっとしておる。これほど身の丈も違いながら気後れする様子も無いとは……我の姿がそんなに好ましいか。』
「そ、そぉっれはもうっ!」
めちゃくちゃ気合の入った私の反応に、獣は口をがぱりと開けて豪快に笑った。おおっ、ちゃんと笑った顔だ!目を細めて楽しそう。
『ハッハッハッ!良い。お主自身が創造神とさほど深くは通じておらぬ事はようく分かった。あの丸い玉も、どうやらお主の言った通り単なる意識の破片で間違い無いようだ。我の問いかけには反応しないうえ、お主が倒れても特に何もせず、暫くのちに消えおったからな。』
「はぁ……信じてもらえて何よりです。」
そうか、ガイドちゃん、私の身の安全には無頓着なんだった……。これでもう少し気を使ってくれるものだったら、もっと可愛いし心強いのになぁ。
『とは言え、だ。』
獣は、ずい、と鼻先を私の前に突き出して言った。ち、近い♡
『やっと見つけたあの創造神への手掛かり、そう簡単には解放してやれぬ。』
「……へ?」
手掛かり?
獣は、元の位置に鼻先を戻すと、ふーっとひとつ、ため息のような息をついた。
『我はずっと待っていたのよ……あの創造神が再び我の前に姿を現すのをな。お主はあの創造神と直接言葉を交わし、その加護を得た身。この世に置いて、再びあの創造神と
「えええ……そうですかねぇ……。」
しかめっ面で疑いの言葉を投げずには居られない私。だってあの神さますっごい適当な気がしたし……なんかもう既に忘れ去られてる気がしないでも無いんだけどなぁ。
『つべこべ言うでない。お主がなんと言おうと、逃しはせぬ。やっと掴んだ手掛かり、みすみす手放してなるものか!』
がぁっ、と強い口調で詰め寄る獣。ああんもっと♡もうこの距離感、ご褒美でしかない♡
『我が近寄る度に、顔をみっともなく緩ませるのは止めよ。気色悪くて敵わん。』
「あ、す、すみません……。」
ジト目で言われ、私は口の端から垂れかけていたヨダレを拭いて姿勢を正した。
「あの、に、に、逃がさない、なんてそんなプロポーズみたいな♡……じゃなくてですね、えと、具体的に、どうされるおつもりで……?」
『……お主はただ好きなようにするが良いと、そう言われたのだな?』
「はぁ。あの神さま……創造神サマに直接じゃないですけど、ガイドちゃんに間接的に言われましたね。」
『ならばお主はそのようにするが良い。我は、お主を常に見張ることにしよう。』
「見張る?」
『うむ。万が一、あの創造神が再びお主の前に姿を現わした場合に備え、我は常にお主のそばについていよう。』
なんと!
異世界に来て早々、なんと言う幸運!
こんなビューティフォーな生き物と生活を共に出来るなんて!
神さま有難う!
私は思わず、無言ガッツポーズを決めたのだった。
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