第12話 貴方もどうか落ち着いて


 突然、前方からびゅうと強い風が吹いてきて、私は両腕を顔の前にかざして目をつむった。



 それが収まると、全身が奇妙な清涼感に満たされている。


『これで少しは落ち着いたろうよ。オトカとやら、我の神気を浴びせてやったのだ。光栄に思うが良い。』

「あ……。」


 頭の中もお腹の中もスッキリしていて、全身が軽い。まるで空でも飛べそうな気分だ。どうやら目の前の獣が何かしてくれたらしい。


「あ、ありがとう、御座います……?」

『うむ。あのままでは煩くて敵わなかったからな。これより先は、節度と言うものを心得るが良いぞ。』



 偉そうに獣が言っていたことから推測すると、恐らくあの紫と白のさくらんぼみたいな木の実には興奮作用があったのだろう。カカオとか緑茶とか、コーヒーみたいな感じかな。酩酊作用は無かった気がするから、アルコールとは違うみたい。


 私はそれを知らずに食べ過ぎて、ハイになっていたと言うわけだ。


 流石ジャングル。他にも漢方みたいに心身に作用する植物がたくさんありそう。



 ……しかし冷静になってみると、自分の行いが物凄く恥ずかしいな。


 人と同レベルかそれ以上の知能を持つ存在の前で、この格好のまま舞台俳優気取って愛の告白もどきをかますとは。


 いやそのくらい感動してたのは確かなんだけどね?でもシラフなら絶対あそこまではしゃがない。


 私は自分の身なり(ぱん(以下略))と振る舞いを省みて、足を揃えて縮こまった。




『さて、オトカよ。』

「はいっ!」


 威厳のある声に、私はしゅぱ、と正座をして背筋を伸ばした。何をどう見ても私よりも強く賢い存在を前に、畏まらざるを得ない。


『あの実には幻覚作用や錯乱作用は無い。つまり、お前の言ったことは誇大されていたとは言え、嘘は無いわけだ。』


 光る獣はそこで、グッグッグッ、とくぐもった音を出しながら身体を震わせた。……笑ってる?


『……全く珍妙なものよ。我を見て恐れもせぬとは……。お主はその格好を抜きにしても、同族とは随分変わった存在のようだ。』


 ぐぅっ、やっぱりこの格好はナシですよねそうですよね。同族とは変わった、のくだりも身につまされる要素が多過ぎて何も言えん。知ってますよ、わかってますよ。私はもし持病が無くて健康体だったら、動物に全てを捧げた変態(褒め言葉)でしたよきっと。



『オトカよ、我はお主に興味が湧いた。お主の生い立ちと、どうやって、何のためにここに潜り込んだのかをとくと聞かせるが良い。』



 さぁ語れ、とばかりに、獣は伏せていた体制から、ごろりと下半身を横に倒した。前足だけで無く、後ろ足までも乗っている巨大な台座からはみ出している形になる。そして顎を組んだ両足の上に置く。ああ、なんて煽情的な御姿!


 ……あ、やば、見惚れてた。ダメだ、ハイじゃ無くてもあんまり変わってないわ私……。


「か、畏まりました……。」



 こほん、と喉を鳴らして、私は正座をしたまま概要を話し始めた。




 元の世界での生活と、そこからどんな風にこの世界に来たか。ドラゴンに遭遇して、どんな風に逃げ切ったか。私のスキルがどんなものか。そして、どうしてこの場所に足を踏み入れたかを。




 ********



「……そんな訳でして、私は不要になった衣服を探していただけで、貴方様の住処を荒らすつもりは微塵もありませんでした……。結果的にそのような状況になってしまいましたが……。深くお詫び申し上げます。」

『……。』


 話が終わり、私が三つ指ついて頭を下げる様子を、獣は何も言わずにただじっと見ている様子だった。


 ……大丈夫かな。聞いたはいいけど別に面白く無かったなとか思われて無いかな。ここまで何となくフレンドリーな感じがしてたけど、用済みだとか言って食べられちゃったらどうしよう……。ひええ、今になって怖くなってきたぞ。やだー!せっかく便利なスキル貰ったんだから活用して生存し続けたい!



『オトカよ。』

「はいっ!」


 やっと口を開いた獣に、私は身を起こして再度背筋を伸ばした。


『お主の話はちと突飛が過ぎる。』


 えっ、そっち⁉︎ ぶっ飛び過ぎてて信じられないってこと⁉︎


『お主が、創造神にこの世界へ連れてこられたという証拠は何かあるのか。』

「し、証拠と言われましても……。」


 どうしよう、なんかあんまりご機嫌がよろしくなさそうだぞ。これは私がデタラメ並べてバカにしてると思われてるのか。そんなつもり無いのに!確かに突拍子も無い話だけど!


 証拠って言われても、あの神さまに貰ったのはスキルだけだし……。ならここで実演して見せれば……。



「あ……!」



 いや、そんなことよりも。



「ガイドちゃーん!」

『はーい。』



 ぱ、と私の上方斜め前方に現れるガラス球。あの神さまの分身だって言うこの子なら!



「えっと、この子はですね、神様がスキルの取得の為に私につけてくれた……らしく……。」




 説明の途中で、私は口が回らなくなってしまった。



 目の当たりにしている光景に、恐れ慄いたからだ。





 光り輝く狼の姿をした獣は、いつのまにか立ち上がり、ぬらぬらと光る牙と歯肉をむき出していた。


 敵を前にした戦士のように、すきあらば飛び掛かろうと身を屈めて。


 ––– ルルルルルル……


 あのエンジン音のような唸り声が、祈りの間全体を揺るがすように響き渡っていた。



 全身の毛、特に背中の毛が逆立ち揺れる様子は、まるで白い炎。


 横になっていても大きかった身体は今や天井に届きそうなほど高く大きくて、その口は私を簡単にひとのみに出来るのが明確なほど裂けていた。


 4つのぎらぎらと光る目は、きっ、と開かれ私を射抜かんばかりに睨みつけている。


 大きな両の耳は何一つとして聞き逃すまいと、ぴしりと私の方に向けられていた。



「あ、あの、その……。」


 突然の変貌ぶりに、私は震えて狼狽えるばかりだった。





『見つけたぞ……。』



 唸り声に、同じくらい低く忌々しげな声が重なる。



『見つけたぞ!我をこんな場所に追いやった憎っくき創造神め!』



 があああっ、と、全身を貫くような激しい吠え声に、私は腰を抜かした。




『忘れたとは言わせぬぞ!我が父の名はフルヴィトニル!誇り高きフェンリルの王!我の名は……『我ら』の名はスコールにハティ!貴様にこの地に降り立った!』




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