第10話 レッツ探索!


「おおお……。」


 その場所に足を踏み入れて、私は再度の感嘆の声を上げた。


 天井近くにあるガラスの無い窓から僅かに差し込む光のもと、浮かび上がるように見えているのは自然に飲み込まれかかっている文明の遺産だった。



 壁一面、カーブを描く天井まで、石の彫刻の装飾で埋められていない部分が無い。


 等間隔に並ぶ柱は獣らしきものの彫刻を上に支え、床さえも色違いの石で精緻に飾られている。窓や崩れた壁の隙間から足を伸ばし、そこかしこを絡みとるように覆う木の根や蔦と、床に堆積する土に還った枯葉の層がその年月を物語っていた。


「すごーい……。」


 硬質な内壁に反響する自分の声を聞きながら、私は当初の目的も忘れてその中を歩いた。



 こんなに美しく飾られて長期間残るようなしっかりとした神殿、かなり発展した文明が無きゃ出来ないに違いない。かなり巨大な都があり、大勢の人がこの建設に携わったはずだ。この壁の彫刻ひとつ掘るのに、一体どれだけの時間を要しただろう。



 人間ひとりでは、決して作ることの出来ない技術と情熱の結晶。



 いつも、いつか見てみたいと思っていた。



 テレビで見る、世界遺産の映像を見るたびにいつもそう思って、同時に絶望を感じていた。


 私には、そんなチャンスは絶対に訪れないのだと。



 この場所は私が知ってるどの場所とも違うけど、だけど同じだけ美しく素晴らしいものに違いなかった。


 私は今、恐らく何百年も、下手したら何千年も昔の人たちの生きた証拠を、目の当たりにしているのだ。その息吹すら、聞こえて来そうだった。




 一番奥の、祭壇らしき場所にたどり着く。



 当たり前だが、ここの装飾が一番凝っている。壊れた天井の一部から差し込む光で、逆に神々しい雰囲気が増していた。


 本来ならその中心に崇める対象であるものの偶像が飾られていそうだが、そこには大きなステージのような石の台以外には何も置かれていなかった。


 盗まれたのか、それともそういうものなのか。


 あれかな、日本の神社みたいに、普段は奥に御神体をしまってるのかな。



 後ろを振り向くと、そこは恐らく祈りの間だ。


 月日を経て薄汚れてはいるけど、そこには綺麗に磨かれた石の床がある。ここに跪き、一体どれだけの人が、何を願って祈ったのだろう。








『小娘、何処から入った。』







 突然響き渡った重い声に、私は振り向いた。







 そして息を飲む。









 あの何も無かった祭壇に、巨大な獣が鎮座していたのだ。








 それは、金色の後光に包まれた光り輝く白い狼だった。



 それ自体が発光しているかのようで、じっと見つめてしまうと目がくらみそうだ。目を細めてよく見ると、首回りや尾の毛並みは燃え盛る炎か水に揺れる藻のようにゆらゆら揺れている。長い前足は優雅に組まれて、その先端は台座の端からはみ出して嫋やかにぶら下がっている。


 そして、そこだけ光を発さずに生々しく光を跳ね返している、透き通った鈍い金色の瞳は、二対揃っていた。



 左右に二列並んだ目は、瞬きもせずにじっと私を見つめている。





 その目が不快なものを見たかのように、ぐっと細められる。


『珍妙な格好をしておる。我が神殿に何処から潜り込んだ、人間の娘。』


 その言葉には、低いエンジン音のような唸り声が重なっていた。







 私は絶叫した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る